9話
大急ぎで洞窟の奥へ駆け付けると、棒切れを手にしたサンゴと、巨大なサソリの魔物が対峙していた。
「逃げよう!」
イシバは迷うことなく声を張り上げた。
二本の大きなハサミに、威嚇するように揺れる鋭い毒針のついた尻尾。一目見ただけで悪寒が走るような禍々しさだ。
体躯も大きく、サンゴの1.5倍ほどはある。おまけに全身を覆う甲殻は、戦国時代の甲冑のように強固そうだった。
サンゴは腰が引けつつも意地で立ち向かおうとしていたが、どう見ても勝ち目はない。
「でも、こいつは前にも来たんだ! その時は逃げたけど、今度は戦うって決めたんだよ!」
「死んだら終わりだぞ!」
「うっ……!」
サンゴの体が露骨に怯んだ。
イシバは足元の石ころを拾い上げ、サソリに向かって思い切り投げつけた。
(俺は最悪死んでも生き返るが、サンゴは死んだら終わりだ。ここまで親切にしてもらったんだから、何としてでも助けないと! 死ぬのは死ぬほど嫌だけど、やるしかない! サンゴが逃げる時間を少しでも稼ぐんだ。こいつの注意を俺に引きつける……!)
「シャーーーーッ!」
石が見事に命中し、作戦は大成功した――成功しすぎて、サソリは猛然とイシバに向かって突進してきた。
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
イシバは即座に踵を返して逃げ出したが、地面の窪みに足を取られて盛大に転倒した。迫り来るサソリの影。
その時、洞窟内に大声が響き渡った。
『スピンキックだ! イシバ!!』
サンゴの声ではない。ここにいるはずのない、誰かの声。
だが、その声のおかげでパニック寸前だったイシバは正気を取り戻した。そして喉が引きちぎれんばかりに叫ぶ。
「スピンキック発動!! 食らいやがれサソリ野郎!!」
その瞬間、倒れていたイシバの身体が強制的に高速回転しながら飛び上がり、サソリの頭部に強烈な蹴りを叩き込んだ。
「いけーーーーっ!」
サソリの巨体が大きくよろめいたのを見て、サンゴが歓声を上げる。
「スピンキック発動!!」
よろめきながら着地したイシバは、再び必死に魔法を唱えた。
「んぎょ!?」
どこか間の抜けた悲鳴とともに、サソリの頭部がサッカーボールのように吹き飛び、洞窟の岩壁に激突して転がった。二度目のスピンキックもクリーンヒットしたのだ。
「す、す、すごいよぉおおおおっ!!」
棒切れを投げ捨てたサンゴが、大興奮で駆け寄ってきた。
「あぶなかった……それに、めちゃくちゃ怖かった……」
イシバはその場に力なくへたり込んだ。
「すごかったよ! すごかったし、すっごく格好良かったよ!」
サンゴはイシバにしがみつき、背中を何度も撫でまわした。
「ありがとう……」
胸の中で、信じられないほど激しく心臓が跳ね開いていた。
(なんだ、この感覚は……)
達成感、充実感、そして――命を拾ったという生存の歓喜。その全てがごちゃ混ぜになって、イシバの身体は震えていた。
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