3話
石橋は、強い息苦しさを感じて目を覚ました。
まるで水底から勢いよく顔を上げ、一気に酸素を肺へと落とし込んだような感覚だった。
じっと手を見る。
「緑だ………」
手も足も腹も、腰ミノ以外は緑色の肌だった。
「ゴブリンーーーーーーーーーだ!やっぱりゴブリンだ、ゴブリンだよ、なんでゴブリンにするんだよ、ゆるせねぇ、許せねぇよ!!」
ひとしきり喚き終わってから異変に気が付いた。
「……夜になってる」
身を起こした石橋は、周囲を見回して呟いた。
ここに来た時には、木々の隙間から日光が燦々と降り注いでいたはずだ。それが今は、薄暗い月明かりが森を照らしているだけだった。
(……多分俺は、あの時死んだんだ)
ロキという名の神の顔が脳裏に浮かぶ。
そうだ。俺はアイツに騙されたんだ。転生させてくれなんて一言も頼んでいないし、そもそもゴブリンになるなんて聞いていない。
にこやかで完璧なイケメンの面先を思い出し、脳内でボコボコに叩きのめしてから、石橋は再び思考を巡らせた。
『チート魔法をあげる』
あいつは確かにそう言っていた。そして教えられたのは、特殊魔法『100万回生きたねこ』――死ねば死ぬほど強くなって蘇る、という代物だった。
つまり、俺は死んだ。そして、蘇った。さらに分かるのは、死んでから蘇るまでにはタイムラグがあるらしい、という事。
「……死にたくない」
矢で額を射抜かれた時、別段強い痛みを感じたわけじゃない。強めのデコピンを食らった程度、一瞬の衝撃だった。
だが、その直後に襲ってきたのは凄まじい嫌悪感だった。意識が途切れ、真っ黒な渦の中に丸ごと呑み込まれていくような、恐ろしい感覚。
(ああ、そうだ。トラックに跳ねられて死んだ一番最初にも、同じものを感じたんだ)
これで二回目だ。事実上、俺はすでに二度死んでいる。
「もう……嫌だ、死にたくない……っ」
石橋は、自分の膝がガクガクと震えていることに気がついた。
今までの自分は、赤信号を絶対に守ってきた。賞味期限の切れた食材は絶対に口にしなかった。肉が大好きなのに我慢して、野菜中心の健康的な生活を徹底していた。
俺は慎重な男だ。……けど、分かっている。その本当の理由は、ただ「死にたくなかった」からだ。健康で、少しでも長生きがしたかったのだ。
それなのに――『死ねば死ぬほど強くなる』?それはつまり、これから死ぬことを前提にした魔法じゃないか。
再び、ロキに対する激しい怒りが胸の底から湧き上がってきた。(もしかしてあいつ、わざとこの魔法を渡してきたんじゃ……?)
にこやかで明るく、一見すると親しみやすい雰囲気を醸し出していたあの神。その一方で、こちらの言い分など一切聞かず、何から何まで一方的に押し付けてきた。
「ねぇ君、何してるの?」
予想外の場所から声をかけられ、殺された時の恐怖が一気に蘇った。石橋は反射的に振り返る。
緑色の肌。耳元まで裂けた口。残虐そうな顔立ち。小さく痩せた身体。
「ゴブリンだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
走った。夜の森の中を、必死の思いで駆け抜けた。
(遅い……!)
思っているよりも、全然景色が流れていかない。自分の肉体でありながら、感覚がまるで噛み合っていないのだ。まるで夢の中で足を必死に動かしている時のような、もどかしさだった。
「何で急に走るの!? 敵がいたの!?」
振り向くと、後ろからさっきのゴブリンが慌てて追いかけてきていた。しばらく夢中で走り続けた後、石橋はハッと我に返った。
(……そうだ、俺もゴブリンだった)
急激に体から力が抜け、石橋は走るのをやめた。
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