↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今度の人生では、我慢しません  作者: ねむけもの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/21

第七章 生きていけるのと、生きていくのは、ちゃう

 組んで最初の三日で、着火具は十二個売れた。


 ハロルドが宿屋と飯屋を回り、実演し、「ひと月で魔石一個」と言って、その場で売った。一か月で一個しか売れなかったものが、三日で十二個。


「なんで売れるんですか」


 工房の作業台で、セレナは呆然としていた。


「相手が違うからや」


 ハロルドは椅子に逆向きに座って、背もたれに顎を乗せている。行儀が悪い。


「あんたは、火が要らん人に火を売っとった。わしは、火が要る人に売った。それだけや」

「それだけ、ですか」

「それだけや。せやから商人は要るねん」


 悔しいが、その通りだった。


「次な。数を作れるか」

「どのくらいですか」

「ひと月で五十」


 セレナは、指を折って数えた。一個作るのに、今は半日かかる。


「……無理です」

「そやろな。作り方を変えなあかん」


 ハロルドは立ち上がって、作業台の上の道具を見た。


「あんた、一個ずつ最初から最後まで作っとるやろ」

「はい」

「あかん。分けろ」

「分ける、とは」

「金具の切り出しを十個ぶんまとめてやる。次に回路を十個ぶん刻む。次に組み立てを十個ぶん。同じ作業をまとめてやったほうが速い」


 セレナは、その場で試してみた。金具を十個ぶん、まとめて切る。慣れてくると手が勝手に動くようになった。刻みも同じ。組み立ても同じ。半日で、十個できた。


「……速い」

「そやろ」

「なぜ思いつかなかったのかしら」

「職人はな、一個の完成度を上げるほうに頭がいく。数を作る発想がないねん。それは悪いことやない。役割が違うだけや」



  ◇



 揉めたのは、二週目だった。


 セレナが新しい試作品を作った。着火具の改良版で、火花の強さを三段階に調整できるようにしたものだ。


「見てください。ここをこう回すと、弱・中・強と切り替わります」

「ほう」

「弱ければ紙に、強ければ薪に直接。細かい火加減ができます」

「なるほどな。原価は」

「……銀貨一枚と、銅貨四十ほどです」

「上がっとるやん」

「はい。部品が増えましたので」


 ハロルドは、しばらく黙って試作品をいじっていた。それから、こう言った。


「いらん」


 セレナは、手を止めた。


「……え?」

「この機能、いらん」

「なぜですか。便利ですよ」

「便利やけど、誰が使うん?」

「誰が、と言われましても」

「宿屋のおかみが、毎朝二十個の竈に火ぃ点けるときに、いちいち弱中強を切り替えると思うか?」


 セレナは、反論しようとして、口を閉じた。切り替えない。毎朝、二十回、同じ竈に。強のままだ。


「でも、細かい火加減ができたほうが」

「できたほうがええ、と、要る、は違う」

「同じでしょう」

「全然ちゃう」


 ハロルドは、試作品を作業台に置いた。


「原価が銅貨四十上がった。売値も上げなあかん。上げたぶん、買える人が減る。減ってまで届けたい機能か? それを聞いとる」

「……」

「もっかい聞くで。誰が使うん」


 セレナは、握った手を見た。悔しい。悔しいけれど。


「……使いません」

「せやろ」

「でも!」


 思わず、声が出た。


「でも、性能を上げるのは、悪いことではないはずです」

「悪ない」

「では、なぜ」

「悪ないけど、今やない」


 ハロルドは、椅子に座り直した。


「あんたの技術で、もっとええもんが作れるのはわかっとる。せやけど今は、あんたの工房の家賃が払えるかどうかの話をしとる。順番があるやろ」


 セレナは、黙って作業台の木目を見つめていた。

 前世でも、こういうことがあった。何かを提案して、それが通らなくて、私は黙った。黙って、引っ込めた。今回も、そうするのか。


 顔を上げた。


「ハロルドさん」

「うん」

「今は要らない、というのは、わかりました」

「おう」

「では、いつなら要るのですか」


 ハロルドが、片眉を上げた。


「……ん?」

「今は家賃の話をしている、とおっしゃいました。ではその段階を越えたら、この機能は要るようになるのですか。それとも永久に要らないのですか」


 しばらく、沈黙があった。それから、ハロルドが噴き出した。


「はは! ええな、それ」

「……笑うところでしょうか」

「褒めとんねん」


 ハロルドは身を乗り出した。


「答えるで。要るようになる。ただし客が変わったときや」

「客が、変わる」

「今の客は宿屋と飯屋や。数を捌く連中やから、機能は要らん。単純で丈夫で安いのがええ」


 ハロルドは指を一本立てた。


「けど、そのうち別の客が来る。菓子職人とか、薬師とか、細かい火加減が命の仕事や。そういう連中は、銀貨五枚出しても細かい調整が欲しい」

「……」

「そのときに、その試作品は要る。捨てんと取っとけ」


 セレナは、試作品を手に取った。捨てなくていい。今ではないだけだ。


「……わかりました」

「わかったか」

「はい。ただ、ひとつだけ申し上げます」

「なんや」

「わたくしは、これからも『要らない』と言われるものを作ります」


 ハロルドが、目を丸くした。


「そのときは、また今のように理由を教えてください。理由を聞けば、次はもっと良いものを作れますので」


 しばらくして、ハロルドは声を上げて笑った。


「あんた、ほんまに公爵夫人やったんか?」


 セレナは、心臓が止まりかけた。


「……なぜ、それを」

「王都で二年も商売しとったら、噂くらい入るわ。アシュフォード公爵夫人が静養に入った、いうてな」

「……」

「安心せえ。誰にも言わん。言うても得せえへんし」


 ハロルドは、あっさりと続けた。


「それにな、正直どうでもええねん。あんたが元公爵夫人でも、元パン屋でも、作るもんは同じやろ」


 セレナは、しばらく黙っていた。それから、小さく笑った。


「……はい。同じです」



  ◇



 ふた月が経った。


 最初の月の締めは、銀貨十五枚だった。暮らしに要るのは、家賃に十二枚と食費に八枚で、ひと月に二十枚。五枚足りない。足りないぶんは、残っていた金から出した。

 それでも、その前までは丸ごと持ち出しだったのだ。五枚で済んだ、と思うことにした。


 二月目に入って、着火具は月に六十個売れるようになった。宿屋の女将が別の宿を紹介してくれて、そこからまた注文が来た。家賃は払えている。食事も三食とれている。

 セレナは、朝から晩まで工房にいた。手は傷だらけで、髪はいつも適当に束ねているだけ。爪は短く切って、煤が入り込んでいる。

 ある日、水を汲みに出た井戸端で、近所のおかみさんに声をかけられた。


「セレナさん、あんた最近顔つき変わったねえ」

「……そうですか?」

「来た頃はさ、なんか幽霊みたいだったよ。今は、まあ、汚れてるけど生きてる顔してる」


 セレナは、水桶に映った自分を見た。髪はぼさぼさ。頬に煤。目の下に隈。それでも、屋敷の鏡に映っていた「公爵夫人」より、ずっとましな顔をしていた。



  ◇



 その夜、ハロルドが帳面を持って工房に来た。


「今月の締めや」


 彼は作業台に帳面を広げた。売上、原価、利益。全部書いてある。数字は汚い字だが、きちんと合っている。

 先月は、この帳面を見るのが怖かった。今月は、少し違った。


「売上が金貨一枚と銀貨二十枚。原価が銀貨六十。差し引き銀貨六十が利益。半分こで銀貨三十や」


 ハロルドが革袋を置いた。じゃら、と重い音がした。

 セレナは、それを見つめた。銀貨三十枚。家賃が十二枚。食費が八枚。残るのは、銀貨十枚。


 残る。生活して、残るのだ。

 先月は五枚減った。今月は十枚増える。差は十五枚しかないが、減るのと増えるのは、まるで違うことだった。


「あの」

「うん」

「わたくし、生きていけますか」


 自分でも間の抜けた質問だと思った。

 ハロルドは、帳面を閉じながら答えた。


「今のままなら、生きていける」

「……そうですか」

「けど、それだけや」


 セレナは顔を上げた。


「今のままやと、月に銀貨十枚しか残らん。病気したら終わりや。歳とったら終わりや。工房の炉が壊れても終わりや」


 ハロルドは、椅子の背に肘をかけた。


「生きていけるのと、生きていくのは、ちゃうねん」


 この人は優しくない。でも。


「どうすればよいのですか」

「そう来ると思た」


 ハロルドは、にっと笑った。


「品数を増やす。着火具一本足打法やと、流行が終わったら終わりや」

「何を作りましょうか」

「そこはあんたの領分や。わしは何が売れるかは言えるけど、何が作れるかは知らん」


 セレナは、作業台に肘をついて、考え始めた。

 暮らしを楽にするもの。毎日使うもの。庶民が買える値段になるもの。

 前世の記憶が、頭の隅で光った。湯を沸かす道具。保温する道具。物を冷やす道具。照明。乾燥。前の世界には、全部あった。でも、あのままは作れない。仕組みが違いすぎる。この世界の魔石と回路で、同じことができないか。

 紙を引き寄せて、書き始める。ペンが止まらない。


 ハロルドが覗き込んだ。


「なんやそれ」

「湯沸かしです。魔石で水を温める」

「もうあるで、そんなもん」

「知っています。貴族の屋敷にあります。でも、あれは魔石を一日一個食べます」


 セレナは、ペンの先で回路図を叩いた。


「回路を単純にして、温度を上げすぎないようにすれば、消費はずっと減らせるはずです」

「……ひと月一個、みたいな話か」

「そこまでは無理でしょう。でも、五日に一個くらいなら」


 ハロルドの動きが、止まった。彼は、紙をじっと見ている。


「セレナさん」

「はい」

「それ、ほんまにできるんか」

「わかりません。試したことがありませんので」

「……」

「でも、理屈の上ではできるはずです」


 ハロルドは、しばらく黙っていた。それから、ぼそりと言った。


「あんた、自分が何言うてるかわかってるか」

「え?」

「貴族の屋敷にしかない道具を、平民の家に持ち込む話やぞ」


 セレナは、まばたきをした。そうか。そういうことになるのか。


 工房の窓の外で、風が鳴った。


 ハロルドは椅子から立ち上がって、上着を羽織った。扉の前で振り返る。


「材料、なんぼでも仕入れたるわ。作ってみ」

「はい」

「言うとくけど、たぶん最初は失敗するで」

「はい」

「そんで、たぶん高すぎて売れへん」

「……はい」

「それでもやるか?」


 セレナは、紙の上の回路図を見た。それから、顔を上げて答えた。


「やります」


 ハロルドは、満足そうにうなずいて、扉を開けた。


「ほな、また来るわ」


 扉が閉まる。工房に、セレナひとりが残った。燭台の火が、紙の上でゆらゆらと揺れている。

 セレナはペンを握り直し、線を一本、引いた。


 今度の人生は、私が決める。何を作るかも、誰と組むかも、全部。


 夜は、まだ長かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。