↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今度の人生では、我慢しません  作者: ねむけもの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/21

第十三章 いいものと、届くものは、違う

 そこからの二か月が、セレナの人生で一番濃い二か月だった。


 やることは単純だった。原価を半分以下に落とし、それでも「今の倍以上もつ」性能を残す。単純だが、簡単ではない。


 セレナが削り、ハロルドが探した。


「この耐熱陶片、金貨の三割食っとる。他のもんで代用できひんか」

「素焼きの厚いものなら安く上がりますが、割れやすいです」

「割れたらどうなる」

「動かなくなります。危険ではありません」

「ほな、割れてもええ。修理に来てもらえばええだけや」


 ハロルドは即断した。


「修理代を取れる。それはそれで商売になる」

「壊れるものを売るのは……」

「壊れんもんは高いねん」


 彼は帳面を叩いた。


「風呂屋のおやじにとって、二年もつ金貨二枚と、一年もつ金貨一枚と、どっちがええと思う」

「……一年のほう、でしょうか」

「そや。今日明日の話やからな」


 セレナは、素焼きの陶片で作り直した。原価が銀貨九枚下がった。



  ◇



 言い合いも、何度もした。


「この安全弁、外せへんか」

「外せません」

「なんでや。原価が銀貨四枚も食っとる」

「外すと、水がないまま加熱したときに破裂します」

「水入れずに使う馬鹿がおるか」

「います」


 セレナは、きっぱり言った。


「毎朝二十回、同じ作業を繰り返す人が使うんです。忙しい朝に、一度でも水を入れ忘れる人が必ず出ます」

「……」

「そのとき破裂したら、その人が怪我をします。安全弁は外しません」


 ハロルドは、しばらく黙っていた。それから、頭をかいた。


「わかった。外さん」

「ありがとうございます」

「けど、別のとこで銀貨四枚探すで」

「はい。一緒に探しましょう」



  ◇



 逆に、セレナが折れたこともある。


「この表面の仕上げ、要らんやろ」

「見た目が悪くなります」

「風呂屋の裏に置く道具やで。誰が見るん」

「……使う人が見ます」

「毎日見るもんが綺麗なほうがええ、いうんはわかる。せやけど、それに銀貨三枚出す価値があるか?」


 セレナは、試作品の表面を撫でた。丁寧に磨いた面だった。作った本人としては、ここを削られるのは辛い。


「……三枚は、高いですね」

「そや」

「一枚でできる方法を考えます。研磨を粗くして、油を塗るだけなら」

「それでええ」


 ハロルドは笑った。


「あんた、最近ほんまに商売人みたいなこと言うようになったな」

「褒めていますか」

「褒めとる」



  ◇



 試作は七回作り直した。


 六回目で、原価が金貨一枚を切った。だが持ちが八日まで落ちた。今の湯沸かしの五日から見れば一・六倍。悪くないが、狙いには足りない。

 七回目で、十一日になった。原価は銀貨五十五枚。売値を金貨一枚に設定して、粗利が銀貨四十五枚。


「これや」


 ハロルドは、帳面に数字を書き込みながら言った。


「十一日。今の倍以上。金貨一枚。分割にしたら月々銀貨十枚。風呂屋のおやじが払える」

「……売れますか」

「売れる」


 彼は即答した。


「今度は自信ある。理由を言おか」

「はい」

「あんた、最初の着火具のとき、わしに何て言われた?」


 セレナは、思い出した。


「……『客が知りたいのは、これを買ったら暮らしがどう変わるか』」

「そや」


 ハロルドは、試作品を持ち上げた。


「これを買うたら、風呂屋は店を開けられる。閉めとった半分を開けられる。売上が倍になる。金貨一枚は、二か月で回収できる」


 彼は、にやりと笑った。


「わし、それを言いに行くだけや」



  ◇



 完成した夜、セレナとハロルドは工房で向かい合って座っていた。


 作業台の上に、七台の試作品が並んでいる。焼けたもの、割れたもの、動かなかったもの。そして最後の一台。


「長かったな」

「二か月と、四日です」

「数えとったんか」

「はい」


 セレナは、最後の一台を見た。表面は粗い。陶片は素焼きで、いつか割れる。見た目は美しくない。

 初めて作った着火具のほうが、よほど丁寧に仕上げてあった。


「ハロルドさん」

「うん」

「わたくし、初めてお会いしたころは、いいものを作れば売れると思っていました」

「そやったな」

「今は、違うことを考えています」


 セレナは、試作品に手を置いた。


「いいものと、届くものは、違うのですね」

「そや」

「それが、少し寂しいです」


 言ってから、自分でも意外だった。ハロルドは黙って聞いていた。


「でも、届かないものを作っていても、誰の暮らしも変わりません」


 セレナは顔を上げた。


「だから、これでいいと思います」


 ハロルドは、しばらくセレナを見ていた。それから、こう言った。


「セレナさん。ひとつ言うとくわ」

「はい」

「あんたの言う『いいもの』な。あれは死んでへんで」

「え?」

「十九日もつやつ、覚えとるやろ。あれ、捨てんかったやろな」

「……取ってあります」

「それでええ」


 ハロルドは、椅子の背にもたれた。


「今は誰も買えん。せやけど、この不足が終わって、みんなの財布に余裕が戻ったら、あれが売れる日が来る」

「……」

「あんたが前に言うたやろ。『要らないと言われるものを、これからも作ります』って」


 セレナは、覚えていた。着火具の三段階調整を「いらん」と言われた日のことだ。


「あのとき、わし答えたよな。客が変わったら要るようになる、って」

「はい」

「今度も同じや。時期が来る。取っとけ」


 セレナは、うなずいた。



  ◇



 ハロルドを送りに、扉の外まで出た。夜の平民街は暗かった。


 街灯は三本に一本しか点いていない。窓の灯りも少ない。みんな魔石を惜しんで、日が落ちたら寝ている。

 ハロルドは、その暗い通りをしばらく眺めていた。


「セレナさん」

「はい」

「この街、来年の今頃は、もうちょい明るいと思うで」


 セレナも、通りを見た。

 三本に一本の街灯。その光の下を、ひとりの女が籠を抱えて足早に歩いていく。


「そうだといいですね」

「そうする、や」


 ハロルドは歩き出した。


「明日から売りに行く。忙しなるで」


 その背中が見えなくなってから、セレナは工房に戻り、二階へ上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。