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ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢  作者: 駒野沙月


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20/25

4-2

 ルーカスの手を借りながらも、彼女は店主に促されるままにカウンター席に腰掛けた。

 彼女には少々高い椅子の上でぷらぷらと足を揺らしていると、目の前におしぼりとお冷のグラスが出される。


「先程は大変失礼いたしました。私、店主のデリエルと申します」


 ─どうぞ、以後お見知りおきを。切れ長の目を細め、店主は彼女にそう告げた。


 再び丁寧な仕草で腰を折った彼は、男にしては長い黒髪を一つに束ねており、その顔立ちや仕草にどことなく気品があった。

 伯父も含め、『貴公子』と呼ばれるような人物を見慣れている彼女から見ても、この店主は一介の料理人にしておくには勿体ないと思わせるほどの美丈夫だった。


「ところで、こちらのお嬢さんはどちら様かな。ギルド長殿」

「実はこちら、迷子のシリル坊を見つけ出した御仁でございまして」

「それはそれは…でしたらおもてなしをしなくてはなりませんね」


 初めて間近で見た店主の姿を眺めているロッテをよそに、二人の男は気安い口調で話を始めた。

 どこかわざとらしい、芝居がかったやり取り。手慣れた様子すら感じさせるそれからは、彼らの間のある種の信頼関係が見えてくるようだった。


「…ルカ、知り合いか?」

「そんなとこ。ガキの頃からの付き合いだから…もうちょいで20年か」

「…もうそんなになるか」


 通りで息が合っている訳だ、と納得するロッテの前に、コトリと陶器のカップが出される。

 演劇の台詞のような会話をしながらも、いつの間にか用意していたらしい。


「紅茶でよろしかったですか、お嬢さん」

「…あ、ああ」


 湯気の上がるカップを手に取り、ひとくち口に含む。次の瞬間、彼女は目を軽く見開いていた。

 フルーティな香りと深いコク。品種はダージリンだろうか、その味は普段侍女や家族が淹れてくれるものと大差ない一杯である。

 なるほどこれは一級品だ、と彼女は息をついた。


「おい、酒くれよ」

「断る。お前にやる酒はないと言っているだろう」


 偉そうにテーブルに肘をついて酒を注文したルーカスに、店主は「お前はこれでも飲んでろ」とアイスコーヒーのグラスを出した。これもまた、いつの間にか用意していたもののようだ。

 ちえ、と不満そうに口を尖らせつつも、ルーカスは出されたグラスに口を付けた。


 ふと、彼女は店主の言葉に疑問を抱いた。

 店内には大量の酒の瓶がある。それに、ルーカスがいつの間にか引き寄せていたメニュー表にも、ドリンクのページには様々な酒の一覧が表記されているのが見える。

 店主の言葉からするに、昼間だからというわけではないようだが、なぜ酒を出さないのだろうか。


「…こいつに早々と死なれちゃ困るからですよ。ただでさえ煙草で肺がイかれてるっていうのに、肝臓まで悪くしちゃ尚更まずいでしょう」


 彼女のちょっとした好奇心に、店主は忌々しそうな顔をしながらも答える。そのほっそりとした長い指は、素知らぬ顔でコーヒーを啜るルーカスをまっすぐ指していた。


「相変わらず心配性だなあ、お前は。人間そんなすぐ死なねえっての」

「馬鹿言え。俺の所為で早死になんてさせようもんなら、お前の両親に合わせる顔がないだろうが」

「んな心配しなくていいだろ。親父ならきっと笑って迎えてくれるさ」

「…お袋さんを泣かす気か」


 仲の良い友人というよりは、お気楽な兄と心配性の弟のような。そんな気の置けない会話に、彼女の口元が緩む。

 生まれてこの方ひとりっ子で、きょうだいという存在に憧れを抱いている彼女にとって、二人の会話はどこか羨ましさすら感じさせるものだったのである。


「そなたらは仲が良いのだな」

「…失礼ですが、どこら辺からそうお見えになるのか教えて頂いても?」


 あまりにも心外といった様子の店主と、「そーかあ?」とニヤニヤするルーカス。

 そんな彼らを交互に見ているうちに、ロッテは笑ってしまうのを堪えられなくなっていた。

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