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ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢  作者: 駒野沙月


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4-3

 一杯目の紅茶とコーヒーも飲み終わろうとしている頃、ルーカスはロッテに「姫さん好きなの頼めば?」とメニュー表を渡してきた。


「今なら誰もいねえから何でも作ってくれるぞ」

「誰もいないのはお前の所為だし、何でも作るとは言っていない」


 そういえば、時刻はそろそろ正午になろうとしているにも関わらず、店内には彼ら以外の客の姿はない。表の扉の札はCLOSEDのままであるのだから当然と言えば当然だが、飲食店としては掻き入れ時のはずだ。この時間に客がいないというのは少々マズいのではなかろうか。

 今の今まで話に夢中になっていた彼女は慌てるが、店主曰く本日は臨時休業にしたようだ。ただ、その口ぶりからすると元々は営業日だったようだが。


「お構いなく、いつもの事なので」

「…そうなのか?」

「割と多いぞ?半分はこいつの道楽みたいな感じの店だし、そこまで売り上げも気にしてないからな」

「7割くらいはお前の所為だがな」

「ほら姫さん、頼め頼め」


 ルーカスは話を変えるかのようにメニューを勧めてきた。だが、実際見てみたはいいものの、絵も写真も無いシンプルなメニュー表では知らない料理はどういうものか想像がつかないし、庶民的な相場はよく分からない。


「お好きなものを選んで頂いて良いですよ。全部こいつに払わせればいいですし」

「ツケでもいいか?いつも通り別口で還元しとくな」

「…もうルカが注文してくれ…」


 どうにも困り果てた彼女は結局、メニュー表をルーカスに返してしまった。苦手な食べ物もそこまでないし、常連らしい彼に任せてしまった方が早い気がしてきたからである。

 しかし彼は彼女の返したそれを開きもせず、店主に慣れた様子で声をかけた。


「んー…パスタって今なら何がいける?」

「なんでもいいが。ミートソースでもクリーム系でも」

「じゃお前の一番得意なやつ。俺ホットサンドで。チーズ多めな」

「はいよ」


 注文を受けた店主はすぐに調理を始める。

 魔法具が組み込まれているのであろう設備がうっすらと青や赤の光を放っている。魔法具の補助を受けた調理器具自体は一般市民の間にも流通しているものではあるのだが、普段調理風景を目にすることのない彼女には見慣れない光景である。


「そういえば、初めてお会いするお嬢さんですね。一体どちらから?」

「いつものだよ、いつもの」

「ああ、なるほど。では深くは立ち入らない方が良さそうですね」


 店主は何気ないように尋ねたものの、ルーカスの答えに平然と身を引いた。その様子が随分と手慣れていると彼女は感じた。

 数多くの貴人がこの街をお忍びで訪れている、という噂はどうやら本当のようだ。


「まあ、この街は基本、来る人拒まず去る人追わずの精神ですからね。お好きにいらして頂いてよろしいかと思いますよ。こいつが許しさえすればね」

「許すとか許さんとか、そんな偉そうなことした覚えはねえけどな」


 パスタを茹でているところだった店主は、友人の発言に「よく言うよ」と呆れたようだった。


「この店だって、お前が実質オーナーみたいなもんだろうが」

「え、そうなのか?」

「ええ。いきなりこの土地の権利書を渡されまして。初期費用も全部こいつが出してくれましたし、色々と手配してくれたので、準備には苦労しませんでしたね」

「…なんでそんな話してんだよ」

「このお嬢さんにお前が見捨てられないようにと思ってな」

「大丈夫だぞ、私がお前を見捨てることはないからな!」

「お前らなあ…」


 そんな話をしながらも、店主は手際よく調理を進めていた。


 その時ふと、彼女は微かな金属音を耳にする。調理器具の奏でるそれとはまた別のその音は、調理をする店主の動きに合わせてチャリチャリと鳴っている。

 何の音かと目をやれば、店主の首元に、シャツの襟に隠れるようにして細いチェーンが一本かかっているのが見えた。鈍い銀色に塗られたそれは恐らくペンダントか何かだろうが、そこに下がっているペンダントトップは服の中へと仕舞い込まれている。

 それほどまでに、大切なものなのだろうか?


 彼女が考えている内に、「お待ちどうさま」という声が響いた。


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