24.テオドールの怒りと後悔
テオドールは部屋の中でイアサント親子が騎士団によって連れて行かれるのを見送ったあと、レーヌに声を掛けようと体を向けた瞬間、床に倒れそうになるレーヌが目に入り慌てて近づく。
床に倒れる直前に何とかレーヌの体の下に手を入れることができて、テオドールはほっとしたが、あまりの軽さにぞっとした。
その時、レーヌが小さな声で“リュカ”と呟いた気がして、テオドールは複雑な気持ちになる。
背後では、リアムが近くにいる騎士に向かい、医者の手配とレーヌの部屋の準備を指示している声が矢継ぎ早に聞こえて、騎士達がバタバタとしていた。
医者の手配はリアムに任せ、テオドールはレーヌを抱えなおすと懐から小型のナイフを取り出す。
右膝を立ててレーヌの体を横たえると後ろ手に結わかれた縄、体、膝、足首の縄とすべて切っていくと体を仰向にした。
テオドールは気になっていたレーヌの左手首に付けているブレスレットが壊れていないか確認しようと、少し袖をまくりあげる。
ブレスレットは壊れていないものの、細い腕には縄とブレスレットの後がはっきりと残っていて、思わず目を細めてしまう。
(ここまできつく縛られたのなら、痛みも相当あっただろう)
袖をもとに戻しお腹の上に左手を置き、改めてレーヌの顔を見ると両頬が赤くなっていて、強い力で叩かれたことを想像させて心が痛い。
「ひどい目に合わせて、ごめん」
テオドールはレーヌの赤く腫れあがった顔を撫でながら謝罪すると、自分への怒りが込み上げてきたが、感情を押し殺してレーヌを医者に診せるため横抱きにして、部屋を出た。
テオドールがレーヌの部屋に入るとすでに医者と侍女長と3人の侍女が待機していて、主の姿を見るとてきぱきと動き始める。
リゼットはレーヌの姿に泣きじゃくっていたが、エリーゼに背中を撫でられ、頷くとレーヌのベッドに近寄るとかけ布団をまくりあげた。
布団の準備ができたことを確認するとテオドールがベッドに近づき、静かにレーヌを下ろす。
テオドールはレーヌの髪を撫でていたがセレストに声を掛けられる。
「すぐに着替えさせ医者に診させますので、テオドール殿下は執務室に戻っていてください」
レーヌを医者に診せないといけないのはわかっているが、離れがたい思いもある。
テオドールは寄り添いたい気持ちを押し殺し、ぐっと下唇を噛むとセレストに顔をむける。
「よろしく頼む」
それだけ言うと、後ろを振り向かずに執務室に戻った。
執務室に戻ると、決済していく書類を確認していくが、どうしてもレーヌのことが気になり、集中できない。
書類に視線を落としながら、思い出すのは、レーヌがいなくなった時のことだった。
一昨日、レーヌがいなくなったと聞いた時に真っ先に浮かんだのはイアサント宰相だが、裏で糸を引いているという証拠がなければ問い詰めたところでレーヌについて知らないと言い張るのは目に見えていた。
ならば、連れ去ったエドメを問い詰めようと王城以外にも屋敷や王都の中の行きつけの店など、考えられるところは全て探したが見つからず。
確実にイアサント宰相とレーヌが接触した事実がほしい、そう思っていたところ、警護団のアルシェからリアム経由で情報提供があった。
アルシェは文官をしている父親の忘れ物を届けにきた時に偶然イアサント宰相を見かけたが、そわそわと落ち着きのない様子を見て、こっそりと後をつけていくと、王城の奥まった部屋の前で警戒しながらドアを開けて中に入っていく。
アルシェもまた、あたりを警戒しながらドアの前に立つと中の会話に耳を澄ませるとレーヌ、という単語が聞こえてきて、不思議に思ってさらに会話を聞こうとしたが、人が動く気配を感じてドアから離れ近くの柱に慌てて隠れる。
部屋のドアを見張っているとイアサント宰相が先に出て、そのあと娘のアデールがあたりを警戒しながら出てきた。
2人の様子にアルシェは胸騒ぎを感じて目で追いながらリアムに急いでテレパシーを送り、場所を伝えると、テオドールとリアムがすぐに駆け付けてくる。
そのまま3人はイアサント宰相が戻ってこないかしばらく柱に隠れていたが、戻ってこないと判断すると、リアムがドアノブを握り、ドアを押すと簡単に開けられた。
アルシェをドアの前に残し、テオドールとリアムの2人が部屋の中に入ると、壁際のベッドの下に何かが横たわっている姿がみえる。
灯りを点けられないため、ドアから零れる廊下の灯りを頼りに目を凝らすと、レーヌが全身を縄で縛られている姿だと確認できた。
2人とも痛々しい姿に視線を逸らすが、レーヌは起きる気配がない。
心配になったリアムは屈みこみ、レーヌの口元に耳を持っていくと呼吸音は聞こえたのでそのことを報告するとテオドールはほっとした表情を見せる。
だが、テオドールはここで選択を迫られる。
ここでレーヌをすぐに開放してしまえば、イアサント宰相の犯罪の証明ができなくなる。
かと言って、レーヌに似た体形の女性を用意するのは時間的な猶予が少ない。
イアサント宰相の犯罪を証明するためには、テオドールは心を殺してレーヌをこのまま放置するしかない。だが、この部屋にまた戻ってくるであろうイアサント宰相の会話を聞くために諜報員を配置することをリアムに指示する。
薄明りの中、部屋を確認するとドアが3つあり、まず近いところにあるドアはクローゼットで奥にあるドアは隣の部屋に続くドアということがわかった。
そこで、クローゼットに2人、隣の部屋に1人と諜報員を配置することを決め、交代制でイアサント宰相の証言を取る作戦を実行する。
今はその証言をもとにイアサント宰相を追い詰めているはずだ。
ドアをノックする音で現実に戻ると、リアムがドアを開けているところが見える。
ぼんやりとその様子を見ていると、すぐに会話が終わりドアを閉めると、表情をひきしめたリアムがこちらに向かってきて机の前に立つ。
「レーヌ嬢を診た医者の診断を侍女長が伝えにきました」
テオドールはリアムの顔を見て覚悟して頷く。
「全身の打撲のみで骨折の疑いなし。命に関わる怪我もなく2週間ほどの安静と栄養のある食事を摂らせるようにとのことです」
リアムはほっとした表情を浮かべ診断結果をテオドールに伝える。
「そうか」
テオドールはほっとした気持ちと申し訳ない気持ちが入り混じりながら頷いた。
「もう目覚めているか?」
「いえ、まだ目覚めていないそうです。目覚めたのなら連絡するように侍女長に伝えてあります」
リアムが話し終わった後にテオドールは左の袖をまくると手首に着けているブレスレットを見る。
「正体を言わないといけないだろうな」
テオドールは覚悟を決めてそう話すとリアムは頷く。
「レーヌ嬢はイアサント宰相の件が片付けばここを出て行くことになっていますから」
「そうだな。目覚めて話しができるようならすべて打ち明けよう」
テオドールはブレスレットを見つめたまま、レーヌが1日も早く目覚めるよう願った。




