23.死への誘い
レーヌは痛さで目が覚める。
(ここはどこだろう……?)
少しずつ目を開けながら確認していくと、灯りもなく薄暗く、わずかな凹凸の影で石造りの壁のあるところだとわかったが窓がないため今の時間がわからない。
徐々に体の感覚が戻ってくると自分の体は全身を縄で縛られ、手足を動かすことができない状態で冷たい床の上に左側を下にして横たわり、口は布を噛まされているのがわかった。
レーヌは状況を確認しようと部屋から出た時のことを少しずつ思い出していく。
朝早く、テオドール殿下の側近のエドメに呼び出されて、テオドール殿下の執務室に行く途中の廊下で、突然目の前に甘い匂いのする液体を吹きかけられ、意識を失った。
そこまで思い出してはっとする。
(意識を失ってどのくらい経っているの?)
そう思った瞬間、静かにドアが開き廊下から光が漏れてくるがレーヌは真っ暗な部屋の中にいたので、少しの灯りでも刺激を受けて目が痛い。
少しずつ目を開けながら、誰がドアを開けたか確認すると見覚えのある女性が立っていた。
「あら? やっとお目覚めになったのね。そのままずっと眠っていてもよろしかったのよ?」
憎しみ交じりの声で話しかけてきたのは、テオドールの婚約者だったアデールでその顔は慰労会で見た時よりも怖い顔をしていて、レーヌをにらみつけている。
部屋の灯りをつけ、ドアを後ろ手に閉めるとかつんかつんと音を響かせながら真っ直ぐに向かってくると、右足でレーヌのお腹あたりを踏みつける。
「……!」
声が出なくて息が漏れるような音しかでない。
アデールはしゃがみこむとレーヌを睨みつけたまま胸のあたりを結わいている縄を掴むと体を起こし、ぱんっ、と頬を思いっきり叩く。
その衝撃で体が横に動きそうだったが、アデールはしっかりと縄を持って動かないようにすると反対の頬も同じように思いっきり叩いた。
「私のテオドール様を奪おうなんて、許さないわ! テオドール様の横には貴方のような醜女なんてふさわしくないのよ!」
アデールは激高しているようで、さらにレーヌの頬をぱんっ、と叩くと立ち上がり、座らせているレーヌの胸を思い切り蹴る。
レーヌは一瞬呼吸が止まったが、アデールが蹴った衝撃で後ろの壁まで飛ばされ、壁にぶつかるとまた一瞬呼吸が止まった。
レーヌはぐったりとして体を丸くしながら呼吸を整えていたが、追い打ちをかけるようにアデールが思いっきり右頬を蹴ると床に転がり、再びお腹のあたりを踏みつける。
レーヌは抗う術もなく、アデールのなすがままになっていたが、その時、部屋のドアを開ける音が聞こえた。
「アデール、レーヌの様子はどうだ?」
聞き覚えのない男性の声が聞こえてくる。
「お父様! 目覚めたようですわ!」
アデールは喜々とした声を上げると、男性の方に体を向ける。
(あれが、イアサント宰相なのかしら?)
レーヌは全身を襲う痛みで意識がもうろうとしながら目の前の光景をぼんやりとみていた。
「毒薬はもう作りまして?」
「ああ、できた。今度はかなり強力な毒薬を作れたぞ」
アデールの質問にイアサント宰相はまた喜々とした声で返事をしている。
(毒薬? なぜ?)
痛みが全身を襲っていて、しっかりと考えることのできないレーヌにイアサント宰相は近づくと、気味の悪い笑顔を浮かべる。
「初めまして、レーヌ・アストリ様。私はこの国の宰相を務めています、リシャル・イアサントと申します」
丁寧に挨拶しているが、その顔は喜びに満ちた笑顔でレーヌを見下ろしていた。
「私がこの国の地位を強固にするためには娘をテオドール殿下に嫁がせないといけないのです。そのためには貴方が邪魔なのですよ」
リシャルは、くつくつと笑いながらジャケットの懐から細いガラスの容器を取り出す。
「貴方に傷をつけたくないので、2つの選択肢を用意しました。1つ目はテオドール殿下の婚約者を辞退し、速やかに王城から去ること。2つ目は……」
リシャルはそう言うと後ろを振り返り、テーブルの上に置いてあったティーカップを手に持つ。
にや、と楽しそうな笑顔を浮かべてガラスの容器をレーヌに見せる。
「これはアデールにつきまとっていた男性を殺したのに使った毒薬でしてね」
そう言いながら、ガラスの容器から液体をティーカップに垂らしていく。
「その男性を殺した犯人はいまだ捕まっていません。なので、あなたが犯人として、同じ毒薬をのんで自害したことにするのです」
それと、と懐から封筒を取り出すとレーヌに見せつけた。
「この手紙には、貴方が男性を殺し自害したと書きました」
ふふ、と嬉しそうに笑うリシャル。
「さて、どちらがいいですか、レーヌ嬢?」
その話に返事をしたのはアデールだった。
「お父様、私に恥をかかせておいて、生きて帰すなんてありえませんわ!」
アデールは怒りの混じった声でそういうとレーヌの口から乱暴に布を取り、イアサント宰相からティーカップを奪い取ると口元に持っていき、レーヌに飲ませようとする。
レーヌは顔を左右に振り、何とか逃れようとしているが、イアサント宰相が後ろからレーヌの頭を押さえつける。
アデールは恍惚とした表情を浮かべ、レーヌの口元にティーカップを押し付ける。
(ああ、もうこれまでかしら)
覚悟を決め、目を瞑ると涙が一筋流れてきた。
(さようなら、お父様、お母さま……リュカ様)
レーヌが心の中で呟き口を開こうとした瞬間に荒々しくドアを開ける音と、男性の声が聞こえてくる。
「イアサント宰相、そこまでだ!」
レーヌは目を開け声が聞こえたほうを見ると、リアムが立っていて、その後ろにテオドールが立っていた。
テオドールはリアムをよけながら部屋に入ると驚き固まっているイアサントの近くに寄る。
「イアサント宰相、私の婚約者に何をしているのだろうか?」
今まで聞いたことのない低い声でイアサントに話しかけた。
「ああ、これはテオドール殿下、ごきげんよう」
テオドールの声を聞いて我に返ったイアサントは引きつった笑顔を浮かべながら挨拶をする。
「挨拶は結構だ。何をしているのか聞いているのだが?」
テオドールの声はさらに低くなりイアサントを追及していく。
「ああ、王城の廊下で気を失い倒れている、レーヌ嬢を発見しましたので、こちらの部屋に運び入れ、気付け薬を飲ませようかと思っておりました」
「ほう。見ている限り、我が婚約者は気付け薬が必要な状況ではなさそうだが?」
テオドールが黒い笑顔を浮かべながらイアサントを問い詰める。
「失礼しました。愛しい殿下の声が聞こえたので意識を戻したのでしょう」
イアサントは落ち着いた声で言い返す。
「そうか?」
テオドールは腕を組んで考えこんだあと顔をあげ、イアサントににっこりと笑いかける。
「その薬は気付け薬といったな? せっかく作ってきたのが無駄になってしまったな。そうだ、イアサント宰相、その薬を飲んでみてくれないか? 効果がはっきりとわかれば、王城御用達として発売しよう」
テオドールの言葉に怯えの色を顔に浮かべるイアサント。
「いえいえ、無駄になっても問題ありません。レシピはありますので大丈夫です」
「いや、飲んでみてくれ。どのような効果があるのか目の前で確認したいのだ」
「いえいえ、対象者がいなければ試しようがありませんよ、テオドール殿下」
「なぜ、そんなに飲むことを否定するのだろうか、イアサント宰相? ああ、親が拒否するのなら、娘に飲んでもらおうか?」
イアサントは脂汗を浮かべながらテオドールを睨む。
テオドールは座り込み固まっているアデールから持っているティーカップを奪い取ると、アデールの口元に持っていく。
すかさず、イアサントは右手でティーカップを払い、中身をその場にぶちまけた。
「必要ない、と言っているのだ、テオドール殿下」
イアサントは声を震わせ、怒気を含め大声でテオドールに話す。
「ほう。そうか。ならば、それが本当に気付け薬なのか、この部屋にいる者に聞くとしよう」
テオドールが合図をすると、部屋のクローゼットから2名、隣の部屋から1名、男性が現れた。
「この部屋にイアサント宰相が出入りしていると情報を聞き、王城の中でも優秀な諜報員、3名を忍ばせておいた。その証言によってその薬の正体もわかるだろう。そして、アデール嬢。あなたのやったこともすべてわかっています」
そこまで話すと、リアムを呼び、騎士が数人部屋に入ってきて、呆然とするイアサントとアデール親子を拘束して部屋から連れていく。
レーヌは2人を見送ると体から力が抜けていくのを感じた。
異変に気付いたテオドールがとっさに腕を伸ばすと左手首に着けているブレスレットがちらっと見える。
そのブレスレットはレーヌが着けているのと似ているような気がしたと思った瞬間にある人の名前が浮かぶ。
「リュカ……」
愛しい人の名前を小さく呟くと、レーヌはそのまま意識を失った。




