17.テオドールからの贈り物
名前を呼ばれたような気がして、レーヌは目覚める。
灯りも消えていて真っ暗な部屋、時間を知りたくてベッドから体を起こすとカーテンの隙間から入るわずかな光を頼りに窓へと向かう。
「……真っ暗だわ」
カーテンを少しだけ開けて外を見たら、空には星が瞬き、丸い月が白い光を放ち、濃い藍色の空に浮いていた。
「うたた寝のつもりが、普通に眠ってしまったのね」
レーヌは自分のうかつさに苦笑いする。
妃教育初日の夜。ヨランドが部屋から出て行ったあと、レーヌはベッドに横になった。
「裏があれば表もある。それは王族でも変わらないのね」
そう呟くと、あくびをした。
レーヌが覚えているのは、そこまでだった。
ふと、カーテンを持っている腕をみると、昼間きていた薄いグレーのワンピースではなく、寝間着に着替えていた。
「エステルかセレストが着替えさせてくれたのね。朝になったらお礼を言わないと」
そう呟くとレーヌはカーテンを閉めて、ベッドに戻ると、再び夢の中へと旅立っていった。
レーヌが二度寝の後に目を覚ますと、カーテンが閉まっていても物の判別がつく位、部屋の中が明るい時間になっていた。
布団の中で大きくのびているとセレストの心配そうな声が聞こえてくる。
「お目覚めでしょうか、レーヌ様」
その言葉にレーヌはベッドの上に上半身を起こすとセレストに顔を向けて頷く。
「おはよう。着替えさせてくれたのは、セレストかしら?」
元気そうなレーヌの顔を見たセレストは、ほっと、したような表情を見せる。
「はい。何度かお声を掛けたのですが、起きる気配がありませんでしたので、エステルと一緒にお召替えさせて頂きました」
セレストの話にレーヌはきまりの悪さを感じる。
「もう少しお眠りになりますか?」
レーヌの様子を見守りながらセレストは優しい声で問いかける。
「いいえ、起きるわ」
「わかりました。テオドール殿下からご伝言と贈り物があります」
「テオドール殿下から?」
セレストは頷くと、部屋の入口にあるワゴンに向かう。
レーヌはセレストを目で追いながらワゴンの上を見ると白い花が見えた。
セレストは白い花とカードを手にしてレーヌの元に戻る。
「これを」
そう言ってレーヌに白い花とカードを手渡すが、レーヌはその花を見て驚く。
「アングレカムとアスター?」
レーヌは小さな声で呟く。
白い花が2輪、金色で縁取られている緑色のリボンで軽く結んでいる。
「疲れているだろうから、今日の朝食は一緒にせずゆっくりとしてほしいとおっしゃり、この花とカードを受け取りました」
セレストは優しく微笑みながらテオドールからの伝言を話してくれる。
レーヌはその花を見て、リュカと最後に会った時のことを思い出し、涙が溢れそうになる。
(永遠にあなたと一緒、私を信じて……)
心の中でアングレカムとアスターの花言葉を呟くと、カードに目を通す。
『親愛なるレーヌ嬢
昨日はお疲れ様でした。慣れないことで疲れたことと思います。
朝、貴方に会えないのは悲しいのですが、レーヌ嬢の身体のことを考えると無理を言うわけにはいきません。
顔を合わせなくても、いつでも、貴方の側にいて、支えています。それを忘れないでください』
「テオドール殿下、直筆のメッセージです」
セレストはぽつりとこぼす。
その言葉にレーヌはもう一度メッセージカードに目を向ける。
白地のシンブルな手のひらサイズのカードに綺麗な筆跡で綴られたメッセージ。
(執務で忙しいはずなのに、丁寧に書かれている……)
レーヌは心がじんわりと温かくなるのを感じる。
「ありがとうと伝えてください」
カードから顔を上げ、セレストに伝えると静かに頷いた。
妃教育が始まり、1週間が経ったが、テオドールは毎朝アングレカムとアスターの花、メッセージカードを侍女に託すだけで、朝食を共にすることも、顔を合わせることもない日々が続いている。
(テオドール殿下は執務が忙しいのかしら……)
レーヌは部屋でひとり、朝食後の紅茶を飲みながら、対面の空いている椅子を眺めてため息を吐く。
「レーヌ様? 体調が悪いのですか?」
ティーポットを持ったセレストが心配そうに声を掛けてくる。
「あ、いいえ。体調は大丈夫です」
レーヌは自分でも驚くほど、落ち込んだ声でセレストに返事をしていた。
「ただ、テオドール殿下は忙しい方なので、体調が心配です」
レーヌはベッドサイドのテーブルの花瓶を見ながら、ぽつりと呟く。
そこには、今日まで贈ってくれたアングレカムとアスターが花瓶にいれられ飾られている。
「レーヌ様」
セレストの穏やかな声にはっとしたレーヌは椅子に深く腰掛けなおす。
「すみません、ぼんやりとしてしまいました」
そう言うとレーヌは紅茶を一口飲むとソーサーごとテーブルの上に戻す。
「ヨランドがくるまで、昨日学んだことを復習しますね」
レーヌは椅子から立ち上がると、書棚から1冊の本を取り出し、1人掛けのソファーに座ると、本を開いた。




