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15.リュカへの想い

 王城滞在3日目の朝、レーヌは自然と目を覚まし、布団の中でわずかに体を動かしたが、すかさず幼い女性の声が聞こえてくる。


「レーヌ様、お目覚めになりましたか?」


 その声にレーヌは、はっとして、起き上がると思わず隣を見る。


「レーヌ様、おはようございます」


 幼い声の主はリゼットで、再び声を掛けてくる。


「おはよう、リゼット。今日、殿下はいらっしゃらなかったのね!」


 明るい声で話すレーヌにリゼットは苦笑いを微かに浮かべている。


「朝食をご一緒に、ということでしたので、これから参ります」


「ああ、そうなのね……」


 リゼットの話にレーヌは肩を落とす。その様子をみたリゼットは我慢の限界だったのか、侍女服のエプロンを両手でぎゅっとつまみ、俯いて声を出さないように笑っている。


「あ、あの、きらい、というわけではなくてですね……」


 レーヌはリゼットの様子に慌てて言い訳を始める。


「と、とりあえず、顔をお洗いください」


 リゼットは口びるを噛み笑いを堪えると、ワゴンから桶を持ってきてレーヌに差し出し、大きく息を吸い込むと、まじめな顔になる。


「リアム様より、今日からはレーヌ様の準備ができてからテオドール殿下と一緒にこの部屋にきます、と伝言を賜っております」


 リゼットの話にレーヌは再び肩をがっくりと落とすと、顔を洗い始める。

 その様子にリゼットはまた、声を出さないように笑っている。


 レーヌはテオドールのことを嫌っているわけではない。

 ただ、王族と話す、食事を共にする、というのが慣れなくて、粗相がないようにと気をはるので疲れる。


(一刻も早く、イアサント宰相の悪いことの証拠を見つけてほしいわ)


 心の中で文句を言いつつ、レーヌはため息一つこぼすと、リゼットの用意してくれた冬らしい、薄いグレーの飾り気のないシンブルなワンピースに着替え始めた。

 

 準備が終わったところで、侍女が廊下にいる騎士に伝言を頼むと、あとはテオドールがくるのを待つばかりとなる。

 

 ぼんやりとしながらソファーに座って待っていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 リゼットがドアの近くに行き、誰何したあと振り返り、テオドールが来たことを伝える。

 レーヌはソファーから立ち上がると、テオドールを迎えるためにドアに向かった。


「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」


 レーヌは軽く頭を下げているため、テオドールの顔は見られないが弾むような声が頭の上から聞こえてくる。


「おもてをあげて、レーヌ嬢」


 その言葉にレーヌは頭を上げると、テオドールが優しく微笑んでいる顔が見える。

 今日はすぐに執務に入るためなのか、深い緑色に金色の糸で刺繍を施してあるジャケットを羽織っていて、華やかな雰囲気がテオドールによく合っている。

 レーヌがその姿に見惚れているとテオドールが左手を差し出してきたので、右手をのせ、部屋の窓際にあるテーブルまでの短い距離をエスコートしてもらう。


 お互いに席に着いたところで、リゼットとセレストが朝食の給仕を始めるが、朝食をテーブルに並べ終えると、侍女たちは部屋のドア近くまで下がり待機する。


「それでは、食べましょうか?」


 テオドールの穏やかな声で朝食が始まる。


「そういえば、昨日、母と茶会を開いたと聞きました」


「あ、はい、あの、妃教育のレベルチェックを兼ねての茶会と伺いました」


「ええ。母もレーヌ嬢のマナーに合格点を出したと聞きました。そして、娘になる日が待ち遠しいと言っていました」


 テオドールはレーヌを見つめてにっこりと微笑むがレーヌはカトラリーを握ったまま、固まってしまう。


「あの、お言葉ですが、王妃様には偽の婚約者だと伝わっているのでしょうか?」


「ああ、細かいことは気にしないで」


 テオドールはさらっと流すと、少し眉を下げ、悲し気な表情になる。


「それと、妃教育のカリキュラムですけど、マナーは一通り大丈夫だから、国の歴史、王族の歴史、貴族の名前など、書物を使った教育が多くなると聞いています」


「そうですか……」


 レーヌは小さくため息をついてしまう。テオドールはそれに気づくとさらに悲し気な表情になる。


「こちらのわがままで、大変なことを押し付けてしまい、申し訳ありません。でも、辛いことがあれば、僕に話してください。話すことで少しでも気持ちが晴れると思いますから」


 テオドールは悲し気な表情から一転して、優しいまなざしをレーヌに向ける。


「あ、ありがとうございます、殿下」


 レーヌのその言葉にテオドールはがっくりと肩を落とし俯いてしまう。


「あ、あの、て、テオ、ありがとうございます……」


 レーヌは慌てて愛称で呼ぶとテオドールはぱっと顔を上げると眩しいほどの笑顔を浮かべる。


「さぁ、食事を再開しましょう!」


 にこにこと明るい声でいうと、朝食を再開させた。


 食後の紅茶は今日もテオドールが淹れてくれる。

 紅茶を飲みながら、ふと、昨日の疑問を思い出し、レーヌはテオドールの愛称を頑張って口にする。


「あ、あの、で、テオ……」


「はい、なんでしょうか?」


 にっこりと笑顔を浮かべ、レーヌを見つめながら返事をする。


「あの、警護団のことについて、リアムに尋ねたいことがあるのですが、どこにいますか?」


 レーヌの言葉に明らかにがっがりとした表情を浮かべているテオドール。


「部屋の入口にいますよ」


 そっけない口調でいうと入口に顔を向け、リアムを呼んだ。

 リアムはテーブルに近づくと、テオドールの近くに立つ。


「どうしましたか?」


「レーヌ嬢が警護団について聞きたいことがあるそうだ」


 テオドールの言葉にリアムはレーヌに向き直る。


「困ったことがありましたか?」


「困ったこと、というわけではないのだけれど、もし、呼び出しがかかった場合、ここからどうやって行けばいいのかわからなくて……」


「ああ、そうですね。呼び出しがかかれば、私が先に殿下に話し、その後こちらに迎えにきますので、準備をして待っていてください。ああ、そうだ、レーヌ嬢、馬の様子を見ますか?」


「ええ、ぜひ! こちらにきてから、全く会っていませんので、早く会いたいです!」


「では、なるべく早く会いに行けるようにスケジュールを調整しますので、お待ちください」

「ありがとうございます! ……あと……」


 レーヌは躊躇いがちにテオドールを見た。こころなしか、つまらなそうな顔をしてこちらを見ている。

 この場でリュカの話題を出せそうにないと思ったレーヌは首を横に振る。


「ああ、いえ、何でもないです! オレリーと会えるのを楽しみにしています!」


 無理やり笑顔を作って、話しを終わらせる。

 リアムは訝しげな表情を浮かべたが、すぐにその表情を消すとテオドールに顔を向ける。


「殿下、そろそろ時間になります」


「ああ、もうそんな時間か」


 テオドールは手に持っていたティーカップとソーサーを静かにテーブルに置くと立ち上がったのでレーヌもそれにならい、立ち上がる。


 その時、左手首に着けていたリュカからもらったブレスレットが落ちてしまった。

 レーヌが拾おうとするよりも先にテオドールがブレスレットを拾い上げてしまう。


「これは……?」


 テオドールは目を細めてブレスレットをまじまじと眺める。


「あ、すみません。あの、それは、遠くに行ってしまった方からのプレゼントで……」


 レーヌは全身から血の気が引くのを感じつつ、しどろもどろになりながら説明をする。

 テオドールはその様子を見ると声を低くしてさらに追及してくる。


「あなたの大切な人からのプレゼントですか?」


 レーヌはその言葉にはっとする。

 突然考えこんでしまったレーヌに少し怒りが混じった声でテオドールが更に問う。


「イニシャルが二つ入っています。思い合う人なのではないですか?」


 そこまで言われてレーヌはやっと自分の思いに気付いた。

 ――リュカは大切な人だけど、もう会えない人。

 このブレスレットをもらったあとに泣いてしまったのは、好きなのに、もう会えなくなると思って、悲しくて涙が溢れたのだ、と。

 その思いに気付くと自然と涙が頬を伝うのがわかった。


 テオドールは呆然として涙を流すレーヌの様子を静かに見ていたが、レーヌの左手をとり、ブレスレットを着けたあと、ためらいがちにレーヌを抱きしめる。


「レーヌ、泣きたいのなら泣いてください」


 いつもより少し低い声で優しく耳元で囁く。

 その声はリュカに似ているような気がする。そう思った瞬間、レーヌは小さく名前を呟く。


「リュカ……」


 テオドールはレーヌのとても小さな声が聞こえたのか、一瞬、腕の力が緩んだが、また強く抱きしめる。

 涙を止めなきゃと思いつつも、溢れてくる涙を止められずにいるレーヌをテオドールは抱きしめ、静かに背中を撫でていた。

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