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12/32

12.1日が始まります

 レーヌは昨日寝る前に、朝は穏やかに起きられますように、と願った。

 だが、それが叶っていないことをベッドの中で悟る。


「おはよう、ハニー、起きて?」

 昨日も体験したことがレーヌに再び起きているらしい。

 レーヌは目を開けたくないな、と正直に思ったが、相手はランメルト王国の第一王子という王族に連なる方である。

 たかたが一貴族の娘であるレーヌは王族に逆らうなどできるはずもない。

(よし!)

 心の中で気合をいれて薄く目を開けると、やはり昨日と同じ、左手の上に頭を乗せ、レーヌを見つめている金色の瞳が見える。

(ふぁぁぁぁぁ)

 レーヌは心の中でもやもやとしたものを呟くとかけ布団に顔を半分隠し、上目遣いでテオドールを見て、恐る恐る声を出す。

「あの、殿下?」

「何かな? ハニー?」

 嬉しそうに返答するテオドールを半目で見つめるレーヌ。

「あの、ですね、その、女性の寝顔を見るのはやめていただけませんでしょうか?」

「却下」

 レーヌが精いっぱいの勇気を振り絞りお願いしたのだが、テオドールは言葉にかぶせて拒否を示す。

「今日はまだ起きないのかな? じゃあ、口づけてもいいかな?」

 テオドールのその言葉にレーヌは布団の中で脱力していた体に無理やり力を入れるとベッドの上に上半身を起こした。


 昨日と同じく、ベッドから降りるとテオドールに右手を握られ引きずられるように窓際に置かれているテーブルに向かう。

 ただ、昨日と違いテーブルにはすでに食事が置かれている。

 まじまじとテーブルを見ながら、レーヌは首を傾げる。

(いつの間に準備をしていたのかしら?)

 それが顔の表情に出ていたようで、テオドールはにっこりと笑顔をレーヌに向ける。

「ああ、これは僕とリアムで準備しました」

 テオドールの話にレーヌは入口を振り返ると疲れた表情を浮かべているリアムが立っていた。

 レーヌは労いの意味も含めて会釈すると、リアムは何かを感じたのか苦笑いしながら会釈を返した。


「さあ、座って?」

 テオドールが椅子を引きながらレーヌに話しかけるので、椅子に座ると、テオドールは移動して真向かいの椅子に座る。

 テーブルの上は、サラダ、パン、コンソメスープとソーセージと目玉焼きという、定番の朝食メニューが並んでいる。

「では、食べましょうか」

「はい」

 食事は始まったが、今日もレーヌは寝間着姿で、恥ずかしい思いがある。

「あの、殿下?」

 恐る恐る対面に座っているテオドールに声を掛ける。

「何かな?」

 にこ、と笑う顔は窓から入る光との相乗効果で、いつもよりきらきらと輝いてみえる。

「あの、恐れながら……」

 レーヌが話し始めたとたん、テオドールがむっとした表情になる。

「婚約者なのだから、2人でいる時はもっと気さくに話して?」

 テオドールの話にレーヌはカトラリーを持ったまま固まる。

「あ、あの、確かに、私は婚約者という役目があるのですが……」

 そう話し始めると、テオドールはさらに機嫌の悪い顔になる。

「役目と考えていたら、雰囲気で周りに偽の婚約者だとバレるでしょ? だから、正式な婚約者として普通に接してほしいな」

 テオドールの無茶ぶりにレーヌはめまいを感じる。

「はい、では、あの、そのように、周りにバレないように頑張ります……」

 レーヌは段々と声が小さくなり、ひきつった笑顔で答えると、テオドールは一瞬にしてまぶしい笑顔を炸裂させる。

「うん、そうしてくれると嬉しいな。それと、2人でいる時は、テオ、って呼んでほしいな」

(王族を愛称呼びするなんて、無理ぃぃぃぃ!!)

 レーヌは心の中で大きく叫ぶが、目の前にいるのはこの国の第一王子。

 王族の願いを拒否したら、どんなことになるのか想像がつかなくて、ひきつった笑顔で頷く。

「あの、それでは、テ、テ、テオ様に……」

 頑張って名前を呼ぶが、その瞬間にテオドールが手を伸ばし、レーヌの両頬を横に引っ張る。

「ちゃんと、テオ、って呼んで?」

 ひきつった笑顔を浮かべながらテオドールは愛称呼びを要請する。

「ひゃ、ひゃい……」

 頬を引っ張られる痛さで目に涙を浮かべながら返事をするレーヌにテオドールはにっこりと笑顔になると、やっと両頬から手を離す。

 頬がジンジンとしているのを感じながらレーヌは口を開く。

「あ、あの、テオ……」

 レーヌが頑張り、テオドールの愛称を呼ぶと、ぱあっと輝きを増した笑顔を浮かべる。

「何かな?」

 嬉しそうに返事をするテオドールに、レーヌはまた心の中で気合を入れる。

「ええっと、あの、その、朝なのですが……」

 しどろもどろになりながら話していたけど、テオドールは最後まで聞かずに話をかぶせてくる。

「あっ、そうだ、まだ言っていなかったけど、今日からここで一緒に朝食を食べることにしたから」

(嘘でしょう!!!!!!!!!)

 レーヌは心の中で盛大に喚くと天を見上げる。

「毎朝、ハニーの寝顔を見に来るからね」

 レーヌの様子などお構いなしにテオドールが話を進める。

「あっ、食事途中だったね。食べようか?」

 テオドールの衝撃発言の数々に、レーヌは頭が真っ白のままこくこく頷き、食事を再開させた。


 食後の紅茶は、テオドールが1人で準備をしている。

 レーヌは一口紅茶を飲むと、ティーカップをソーサーごとテーブルの上に戻し、先ほど話せなかったことを話そうと口を開く。

「あ、あの、テ、テオ」

 レーヌは緊張で若干声が震えながら、テオドールに話しかける。

「ああ、そうだ、食事の時は僕のことばかり話してすみません。ハニーは何か言いたいことがあるのかな?」

 にこにことレーヌの目を見ながら聞いてくる。

「あ、はい。あの、朝なのですが、さすがに寝間着で会うということが恥ずかしいので、あの、その、なので、朝、準備をする時間を……」

「却下」

 部屋の入口方面から、微かなため息が聞こえてきて、リアムがいることを思い出す。

「僕は一度執務に入ってしまうと、こちらにくる時間の調整ができません。唯一、朝のこの時間だけは自由になるので婚約者となった貴方のことを1分でも1秒でも早く知りたくて会いにくるのです」

 テオドールはティーカップの乗ったソーサーを手に持ったまま真面目な顔でレーヌをひた、と見つめてから、却下の理由を語る。

 レーヌは朝食時のやり取りでだいぶ疲れていて、とっさに反論が思いつかなかったのでふぅ、と息を吐く。

「そうですか……」

 それだけ言うとテーブルに置いたティーカップを持ち、紅茶を一口飲んだ。


 しばらくは沈黙が流れていたが、ふと思い出したようにテオドールが口を開く。

「ああ、今日から妃教育が始まるそうです」

 その言葉にはっとして、テオドールの顔を見る。

「今までに貴方も貴族女性としての教育を受けていたことかと思いますので、今日の午後からカリキュラムを組むためにレベル確認を行うと、昨日侍女長から聞きました」

「わかりました」

 レーヌはこくんと頷いた。


 再びの沈黙のあとにリアムがタイミングを見計らい、ドアから離れ窓際のテーブルに近づく。

「殿下」

 リアムは慇懃な声でテオドールに声を掛ける。

「そろそろ、時間になります」

「ああ、もうそんな時間なのか」

 テオドールは落胆が混じる声でリアムに返すと、レーヌを見つめる。

「それでは、今日はここで失礼します」

 そう話すと椅子から立ち上がる。レーヌも見送りに立とうと思い椅子から立ちあがる。

「ああ、レーヌ嬢はここにいてください……離れがたくなるので」

 最後の言葉は小さな声だったので聞こえなかったが、入口まで行かなくていい、ということなのでその場でテオドールとリアムを送る。

「それでは、また明日」

 今までの笑顔と違い、寂しさの混じる笑顔を浮かべ、リアムと共に部屋を出て行った。


 ドアが閉まる音が聞こえた途端、疲れがどっと出てベッドに近寄る。

 ベッドの上に寝転ぶと左手首に着けているブレスレットの存在を思い出す。

 王城に籠ってからは、湯あみの時以外、ずっとつけているブレスレット。

「リュカ……元気かな?」

 体を起こし、左手のブレスレットを見る。

(そういえば、イニシャルを入れている、って言っていたわよね)

 突然思い出し、ブレスレットの剣モチーフを探す。

 剣モチーフは留め金の近くに1つだけあり、注意深く見てみると、小さな刻印を見つけた。

 その刻印をよく見てみると、レーヌのLはわかったのだが、もう1つはTになっている。

(なぜTなの? リュカならRだと思うんだけど……)

 それを確認する相手は遠くに行き、すぐに会えない。

(そういえば、領地に帰ると言っていたけど、どこなのかしら?)

 あの時、なぜしっかりと確認しなかったのだろうか。

(リュカは私が第一王子と偽りの婚約者になったこと、なんて思うのかな?)

 なぜか、リュカのことばかり思い出し、いつの間にか涙が溢れていた。

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