11.イアサント親子のたくらみ
リシャルは屋敷の執務室の窓から星の瞬く空を忌々しく思いながら見ていた。
「我が愛娘を大勢の前で婚約破棄させるなど、許せん!!」
体は怒りで震え、強く握りしめたこぶしで窓枠を叩く。
リシャル・イアサントはランメルト国の宰相としてアンリ国王を長年支えている。
娘のアデールをアンリ国王の息子、第一王子のテオドールと婚約させ、婚儀を執り行うのを指折り数えて待っていたのに。
つい、数刻前。
王都ユルバンの警護団の慰労会が王城の広間で開かれ、そこに愛娘のアデールもテオドール殿下の婚約者として出席していた。
ところが、アデールは泣きながら馬車から降りるとリシャルの執務室にずかずかと入ってきた。
全身から怒りの滲む愛娘をみるのは初めてのことで、リシャルは戸惑いながら部屋の中央にあるソファーに座らせる。
「何があったのだ?」
リシャルは問いかけながら、アデールの横に座る。
「婚約破棄されましたの!」
アデールは膝に置いたハンカチを強く握りしめると、くやしさを滲ませた声で驚愕の事実を教えてくれる。
「なぜ、そんなことになったのだ?」
受け入れがたい話にリシャルの声が上ずる。
「それが……」
アデールは慰労会で話された内容をリシャルに語る。
話を聞いたリシャルは、頭に、かっ、と血が上る。
「ありえない……!! 証拠など何一つ残してなどいない!」
リシャルの話にアデールは大きく頷く。
愛娘のアデールはイアサント侯爵家の大事な一人娘であり、リシャルの願望を叶えるために必要な人間でもある。
それはアデールが8歳になった時から始まる。
リシャルは宰相という立場なので、アンリ国王とその息子であるテオドール殿下に会う機会が多くあった。
ある日、リシャルはアデールより2つ年上のテオドール殿下に会わせる機会を作り2人を引き合わせた。
初めてテオドール殿下に会ったアデールは好印象を抱いたように見えた。
その帰りの馬車の中でアデールが、ぼそ、と、また、会いたいと、と顔を赤らめながら呟く。
その刹那、リシャルに微かな野望が芽生える。
アデールが王家に嫁ぎ、テオドール殿下との間に子が生まれれば王家と外戚関係となる。
そうなれば、王城での立場は強固なものとなる。
そう考えて、急いでアデールをテオドール殿下と婚約させようとしたのだが、アデールの男性関係が立ちはだかる。
リシャルがその噂を初めて聞いたのはアデールが12歳になった頃。
宰相として夜会に出席していた時に知り合いの伯爵家の長男から話があると言われたので、仕方なく付き合って会場のバルコニーの人目につかないところで話を聞くことにしたが、それは衝撃でしかなかった。
テオドール殿下とまだ婚約をしていなかった時、アデールは王城を頻繁に訪れていた時期があった。
美しく育ったアデールは王城に行く度に男性貴族から声を掛けられるようになり、アデールも満更でもないのか、言い寄ってくる男性達と付き合うようになったと噂になっていると。
その夜、急いで屋敷に戻りアデールを執務室に呼び確認したが、付き合っていない、ただ、話し相手をしてあげているだけだと言い放つ。
リシャルはその言葉を信じ、その話を聞かせた伯爵家の長男を痛い目に合わせて黙らせた。
それ以降、アデールの男性関係についての話を聞かなくなり安堵していた矢先に、アデールは深刻な顔をして相談があると言って屋敷の執務室に入ってくる。
ソファーに座ったアデールは、ある男性貴族にしつこく結婚を迫られていて困ると、しゃあしゃあと話す。
その話を聞いたリシャルは頭を抱える。
アデールにはなんとしても、テオドール殿下と結婚し、子を成してもらわなければならない。
それならば邪魔をするものは消してしまえと思った。と、同時にアデールにも反省を促す意味で1つの提案をする。
「庭にある花から抽出した液体をアルコールで割った毒薬を作る。その毒薬を男性に飲ませろ」
毒薬、という言葉にアデールはショックを受け、顔から血の気が引き、微かに震えている。
「自分が安易にとった行動の結果だ。その男性に一生付きまとわれ、テオドール殿下と結婚できなくていいのか?」
アデールはすぐに首を横にふり、結婚するのなら、地位のあるテオドール殿下がいい、と迷いなく言い切る。
「それならやるしかないだろう?」
アデールは青い顔に少し涙を浮かべ躊躇いながらも頷いた。
翌日の早朝、リシャルは庭に咲いているジキタリスの葉を大量に摘み、すりつぶして液体にしてからアルコール度数の高い酒で割り、原液を作る。
ジキタリスの葉は苦みが強いのでそれをごまかすために砂糖を混ぜたのをガラスの容器に入れてアデールに渡した。
アデールに毒薬を渡した日から2日後に1人の男性が酒に酔い、ユルバンを流れる川に落ちたと話しを聞いた。
その結果にリシャルはほっと胸をなでおろしたが、アデールは懲りずに、それからも同じような相談がありその都度、この毒薬を作り男性2名を殺した。
1日も早くテオドール第一王子の婚約者にしなければと思った矢先に、テオドール殿下が婚約したい女性を選んだという話が王城の中を流れる。
それはアデールが婚約者に選ばれなかったことを意味していた。
リシャルは慌てて情報の真偽を確認してみたが、正しい情報だった。
なんとしても、この婚約話を潰し、アデールを婚約者にしないと、と思った時に偶然にアンリ国王の弱みを握ることができた。
その弱みと引き換えに無事にアデールを婚約者として周知し、あとは婚姻を待つばかりとなっていた時の婚約破棄だ。
リシャルが過去を振り返っている時にアデールの金切り声が聞こえてきて現実に戻る。
「お父様、あのようなどこの馬の骨かわからない女がテオドール様の妃になるなんて、ありえませんわ!」
アデールは泣き腫らした顔に憤りの表情を浮かべている。
「テオドール様の妃になるために、邪魔なものを消していったのに……!」
アデールはきつく唇を噛みしめ、眉間にしわを寄せながら話す。
「私からテオドール様を奪ったあの女を殺してしまいたいですわ!」
「まて。今すぐに殺してしまえば、この家が疑われるだろう。計画をしっかりと立てよう」
アデールの過激な発言をリシャルは冷静な声で諫める。
「お父様、どうしますの?」
アデールが涙のあとが残る顔に期待のこもったまなざしをリシャルに向ける。
「ああ、その前に確認があるのだが」
「なんでしょうか?」
「テオドール殿下の新しい婚約者の名前は憶えているか?」
アデールは膝の上に置いたハンカチを握りしめ考えこむ。
「たしか、レーヌ・アストリ、と言っていましたわ」
リシャルは当然その名前を憶えている。
「そうか、アストリ公爵家の娘か……」
爵位で言えばアストリ家のほうが上である。通常なら立ち向かえる相手ではない。
「レーヌ嬢は警護団にいたな?」
「そのようですわね。詳しくは知りませんが」
アデールが冷たい声で返す。
「わかった。これから準備をする。できたのなら報告するからそれまで部屋で待っていなさい」
リシャルの話に素直に頷くと、アデールは執務室を出て行った。
アデールが部屋から出ていったのを確認したリシャルは本棚に近づき、1冊の本を取りだす。
その本は魔物と契約を結ぶ方法が記されている本なのだが、なぜこのような本がここにあるかわからない。だが今手元にあるのは僥倖だ。
リシャルはその本を何度も読んでいたが、もう一度読み直し、自分の身の回りに危害の及ぶことがないことを確認したあと、実行に移すために小型のナイフを懐に入れ、屋敷の北東側にある暗闇に向かう。
その場所で呪文を唱えながら、持ってきた小型のナイフを使い指先をわずかに傷つけ少量の血を流し大地に滴り落とす。
どのくらいの時間が経ったのか定かではないのだが、気づけば暗闇の中にうごめく何かを感じる。
「なぜ我を呼び出した?」
暗闇から声が聞こえる。リシャルはその声にはっきりと答える。
「この国の王家を潰すために」
リシャルの答えに暗闇の中から返答が返ってこない。
失敗したか? と思った矢先に暗闇の中から声が聞こえてくる。
「そなたの血は極上だ。その願い、しかと受け取った。我が一族を呼び出す場合、この魔法の書を使うがいい」
その声に反応するように暗闇の中から1冊の本が現れる。
「その書を開き、強く念じよ。そうすればどこでもそなたの呼び出しに答える」
そこまで言うと、暗闇のうごめきがなくなり、あたりが静まりかえる。
「感謝する」
リシャルは一言呟くと自室に戻った。
リシャルの計画をアデールに伝えたのは翌日、朝食後。
執務室のソファーで真向かいに座り、食後の紅茶を飲みながら計画を伝えた。
「しばらくは大人しくしておけ。時期を見てこの計画を実行する」
アデールは顔色を変えることなく、澄ました顔で紅茶を飲みながら聞いている。
「ほとぼりが冷めた頃、アデールと婚約を結びなおすようにアンリ国王に話す」
アデールはテオドール第一王子と婚姻できる希望が出てきたことに喜びを感じるが、公衆の面前で恥をかかされたことを思い出す。
「テオドール様にも何かお仕置きしたいですわ」
アデールは黒い笑顔を浮かべている。
「わかった。それについては調べておくからまかせてほしい」
リシャルの話にアデールは花の咲いたような明るい笑みを浮かべる。
「ふふっ、早く私だけのものにしてしまいたいですわ」
テオドール殿下のことを思っているのか、うっとりとした顔で呟く愛娘にリシャルは頼もしく見つめた。




