60.かけなければいけない言葉
「クレニ、お前……」
「助けに来たの、ほら立って」
駆け寄ってきたクレニの手を取る。
リルは一体どうしたのか、と聞こうとして、ようやくHUDのステータスに意識を向けることが出来た。
相変わらずレッドゾーン。だが多少回復しているようだった。
「お前、さっきのアーツ……」
「中級アーツ。作動原理は勉強してたから。けど上手くいかないから止めてたの」
ジェミ系と呼ばれる中級アーツ群。
俺はまだ初級しか使えないというのに。
いつの間に中級を独学でマスターしていたんだ。
それだけじゃない。
威力が桁違いに高い。弱点属性だけでは説明がつかない。
驚異的な魔力運用とアーツ構築で独自にアレンジして威力を高めたものにしているに違いない。
シャリアの言っていた天才とは、こういうことだったのか。
「話は後にしましょ。アイツ、ぶち殺さなきゃ、リルもここの人たちも助からない。そうでしょ」
「え、ええ……ああ」
クレニの強い眼差しに内心の戸惑いが強い。
リルを介抱している間に何かあったのか――竜の咆哮で思考は中断する。
起き上がった巨体には、クレニによってつけられた大きな裂傷。
身体の熱気も大量の水を浴びせかけられたことで、弱まっているような気がする。
しかし、まだその戦闘意欲は高く見える。
あるいは、どちらかが死ぬまで逃げることもしない、そんな気迫か。
「クレニ、アーツまだ使えるか」
「大丈夫、マスターからの魔力があれば何発でも」
頼もしい返答。
底を尽きかけていた魔力をマナポーションで回復させる。
「俺が囮になる。攻撃は任せた」
「ええ……ええ、任せなさいマスター!」
クレニの頷きに、俺はあえて前に突っ込む。
まだ狙いは俺に付いたままらしい。大顎が開く。
火炎弾……いやブレス攻撃が来る。
「アクア・ジェミウォール!」
一面焼くような火炎を、水の防壁が受け止め打ち消し合う。
焦がすような熱量はもう無くなりつつある。
これなら――攻撃と攻撃のぶつかり合いで生まれた間隙を縫い、一気に懐に飛び込む。
「ブロウインパクト!」
魔力を力に変換。
奴の頭――潰した方の目、刺さったままの破片もろともメイスで殴りつける。
出来た弱点部位を放っておくわけない。
砕くような勢いで殴りつけた破片は奴の視神経まで根深く刺さり、火竜は堪らず仰け反る。
しかし、前足の爪が俺に反撃しようと迫る。
「アクア・スパイク!」
噴き出すような間欠泉。
激流が伸びてきた爪をかち上げ、攻撃の軌道を大きく逸らされる。
クレニの奴、師匠と同じく器用なアーツの使い方をする。
その間に仕切り直すべく俺は下がろうとする。
だが、それでも火竜は食い下がってきた。
火炎弾のモーション。
狙いは俺じゃない、クレニだ。流石にタゲが移ってしまったか。
「させるか!」
<チェーン・バインド>発動。銀鎖を首に巻き付ける。
俺だってアーツの構築の練習はやってきたんだ。
クレニが頑張ってくれているのに、俺もやらなくてどうする。
「このっ、野郎……!」
鎖の力で引き付け、強引にその首の角度を変えさせる。
発射直前にズレてしまった火球はクレニから逸れた。
「これで……! アクア・ジェミエッジ!」
追い打ちするべく、クレニが再び奴に一番深手を負わせたアーツを発動する。
水の刃が迫るが――今度は飛び上がって回避してきた。
流石に不味いと理解したのか。
学習能力も高くて本当に厄介だ。
「左に飛べ!」
カウンターが来る。俺はクレニ目掛けて走る。
飛ぶ力が残っていたとは思っていなかったんだろう。
クレニの身体が固まっていた。
彼女に飛び込んで、そのまま地面を滑る。
火炎弾がクレニの居た位置に飛んできたのは、その直後。
「ご、ごめ――ひゃあっ」
「舌噛むなよ……!」
地面に寝てる暇は無い。
起き上がり、クレニを抱えたまま一旦走る。
半拍遅れて火竜が突っ込んでくる。
俺たちに当たらず、その四つ脚がブレーキをかけた。
急制動で俺たちを再び狙おうとするのだが――突然、右後ろ脚がガクついてバランスを崩した。
斬られたダメージがかなり入っているらしい。
それでも立て直すというのだから、このアグニ・サラマンドラの生命力は凄まじい。
背ビレの赤いラインが発光し、全身から炎を噴き出し始める。
「やっぱり私のアーツ……」
「大丈夫、効いてる。決め手に欠けてるだけだ」
もう執念で俺たちを食い殺そうとしている。
ドラゴンはプライドが高い。
リルやクレニのように高い知能を持っているかはさておいて、餌風情が、とは思っているに違いない。
だから、一撃でねじ伏せない限り倒れないはず。
こちらの魔力残量はポーション分と合わせても、フルゲージ一本分。
もう余裕はない。クレニのアーツは強力な分、消費が激しい。
このままスタミナ勝負をやり続けていれば、魔力切れになる。
そして何より、致命的なダメージは受けてないとはいえ、体力と精神力にも限度というものがある。
特にクレニの限界が近いはずだ。
彼女の表情には、疲労の色が濃い。
ボス級の魔獣との戦闘に慣れていない状態で、アーツのコントロールと同時並行で戦闘を意識するのは酷。
むしろよくやってくれている。
「クレニ、一撃で仕留めたい。思いつく手はあるか?」
「……ある。でも、私ひとりじゃ出来ない」
「分かった、俺はどうすればいい」
「いいの? 私……」
「さっきまでの自信はどうしたよ、お前のアーツに俺は救われたんだ」
少しクレニは戸惑って、俺の見間違いか顔が赤かった。
「……じゃあ、私にリルに使ったアーツと時間をちょうだい、三十秒あればいい」
「分かった」
三十秒か。中々無茶を言う。
だけど、唯一まともなダメージを与えられたクレニが策があると言ったのだ。
俺は信じて死ぬ気でやるしかない。
「行くぞ……!」
僅かな睨み合いの後、俺たちと火竜は動き出す。
「チェーン・バインド!」
先制。火竜の身体を、その口を、一気に鎖が締め上げる。
かなり削ったお陰で、この状態を維持出来そうだった。
しかし、油断するとすぐに破られる。
――さらに俺はここから、もう一つのアーツを発動する。
「我、ハルの名において理に求める、縁の鎖で繋がれし鳥人――」
浮かび上がる契約印。
<限定解除>と<チェーン・バインド>の同時展開。
それぞれのアーツのイメージを、術式を、構成を、並行で構築。そして魔力を流し込む。
「うぐぅっ……」
脳を捻じ切られるような頭痛。目の奥まで圧迫され、熱い。
しかし、苦痛に構う余裕などない。
どちらへの集中も欠ければ、即座に魔力暴発して内側から破裂する。
今必要なのは、クレニのアーツ威力を極限まで高めること。
違う、それでは足りない。シャリアの言葉を思い出せ。
必要なのは、自分がどうしたいか。どういう結果を望むのか。
そう、俺が望むのは、クレニが強いアーツを放つことではなく、クレニのアーツが竜を屠ること。
それくらい当然の威力を持っていると世界に刷り込み、焼き付ける……!
「――その秘めし魔力の軛を解き放ち、秘奥を授けよ! 限定解除!」
クレニとの縁の鎖が一際輝き、彼女の身体に光が満ちる。
リルの時とは違ったエフェクト。
そして口から出た別の詠唱句。
「流水牢!」
クレニの叫んだアーツの名は、俺の知らないものだった。
縛り上げられたアグニ・サラマンドラの身体が激流に飲み込まれ、巨大な水球の檻に閉じ込められる。
あれは……アーツ練習でやっていた水桶の。
窒息させる攻撃に火竜はもがき、鎖が軋み上げる。
「お願い、これだけだと破られる! あと少しだけ……!」
「任せろ……!」
火竜はさらに中から炎を噴き上げ、内側から水に拮抗する。
水の中に炎が溢れるというあり得ない光景。
奴を完全には閉じ込め切れてはいないのだ。
それでもクレニの操る水は、蒸発してもすぐに補充されていく。
比例して魔力がかなりの勢いで消費されていく。このままでは。
その時だった。
俺たちの間のパスを通じて、クレニの思いが流れてくる。
『今……私がやらなきゃ、あの頃の私に出来なかった分、今は』
そうか。
クレニがずっと抱えていたのは、戦えない申し訳なさや罪悪感。
そして、自分が戦えたらパーティは全滅しなかったかもしれない、という無力感と自身への責任感。
積極的に前に出ようとしたことも、一人練習に励んでいたのも。
『もう、誰かの背中を見ているだけなんて絶対に……!』
けれど、生い立ちや今までの積み重ねが、彼女の自信を、意志を固めるのを妨げている。
シャリアの言っていた、足りないピース。
かけなければいけない言葉が、俺にはある。
「今、俺やリルの背中を預けてるのは――クレニ、お前だ! お前しかいないんだ!」
びくん、と小さな背中が跳ねた。
水の檻が一気に炎を押し返し、火竜の身体を潰す密度まで高まる。
「属性変換・氷――杭刺!」
水球の中に無数の氷の杭が現れ、火竜の全身を滅多刺しにしていく。
針の筵になった火竜から大量の血液が噴き出すが、それすらも急速に氷つく。
「凍って砕け散れ!」
水球が氷塊へと変わって――けたたましい音を立てて一気に爆ぜた。
砕けた氷の中から現れたのは、全身穴だらけにされた火竜。
何をされてもこちらに向かってきたはずの火竜は、ピクリとも動かない。
直後、膨大なXPが入ったことをHUDが教えてくれる。
――ようやく、勝ったのだ。
「クレニ……?」
しかし、クレニは腕を構えたまま動かない。
静まり返った中で彼女の荒い息遣いが響く。
そして、ぐらり、と彼女の身体が横に倒れそうになった。
「おい、大丈夫――」
受け止めようとして、結局クレニと一緒に倒れてしまう。
魔力はほとんど空になっていた。
アドレナリンの引いた身体は、忘れていた気怠さやあちこちの激痛、そして火傷の熱を訴えてくる。
俺もまた限界を迎えていたらしかった。
「……ねぇ、お父さん」
背を向けたままのクレニがぽつりと呟いた。
「なんだ」
「私……ちゃんと出来たかな」
空が白み始めていた。
辺りに溢れていた火竜の炎のせいで分からなくなっていたが、俺たちはそれなりの時間をかけて戦っていたらしい。
「見てみろよ、クレニ……あれ」
動かすのも辛い右腕を使って、指を指す。
陽光に反射した霜付いた火竜の亡骸。
「お前があの竜を倒したんだ。いや、お前だから倒せた、かな。よくやったよ」
右腕をクレニの手が掴んで引き寄せる。
彼女は肩を震わせ、しゃくりあげる。
「クレニ、こっち向いてくれよ」
「だめ……いまっ、ひどい顔して」
肩を掴み、こちらにぐるんと方向転換させる。
「確かにひどい顔だな」
「だから言ったのに、ひくっ、うぇえ……だって、だってぇ……うううううっ!」
本当に、なんて顔をしているのか。
顔をくしゃくしゃにさせて泣いている。
彼女が泣き止むまで、俺はずっと頭を撫で続けた。




