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59.背中を見つめ続けた者



 どうして私は、いつも何も出来ないのか。


 手当をしていく間にも、耳障りな爆発音や火竜の咆哮は聞こえ続ける。


 リルやお父さんの息遣いの荒さを私の胸に刻まれた紋章が教えてくれる。

 お父さんはかつての力を今は使えないと言っていた。

 それでも強いはずだった。

 そんな二人が苦戦している。


 ドラゴンを相手にすることがどういう意味を持つのか、場慣れしていない私でも理解している。


 本調子でない今、逃げなきゃいけないはずなのだ。

 だけど、目の前で胸を押さえて苦しんでいる人たちが居る。

 逃げるわけにはいかない。


 火傷の手当も終わった。

 けれど、あの火竜が倒されない限りこの人たちの胸の苦しみは止まらない。止められない。


 結局――私は何も出来ていないのだ。

 噛みしめた唇から血の味がする。


『私がごしゅじんとお姉ちゃんを……!』


「おい、リルよせっ!」


 切羽詰まった声に意識を戻す。

 何かあったの。


 様子を窺ったまさにその時。

 吹き飛ばされたあの子の身体が、炎に包まれて――。


 真っ白な視界。

 リルの悲鳴だけが聞こえる。


 光が収まった時にはもう、彼女の焼かれた身体が狼の姿から人間の姿へ戻っていた。


「嘘、嘘っ……!」


 堪らず駆け出していた。

 そんな訳ない、あの子が負けるなんて。

 死んじゃうなんて。


「リルっ!」


 お父さんの腕の中のリルは、あちこち焼け爛れて酷い傷だった。

 本当に死んでしまったのではないか――。


「ああ、リルっしっかりして」


「大丈夫だ、クレニ。まだ生きてる――」


 安堵する。

 私たちと一番深く繋がっている人が言うのだから間違いは無かった。

 けれど、お父さんの顔は引き攣っていて、そして、火竜の方を見る。


「――だからリルを頼む……!」


「ちょ、ちょっとマスターはどうするのよ」


「どうにかする!」


 そう言って、お父さんはアーツを放って火竜の注意を引きつつ、この場を離れてしまう。


 一番強いのは、リルだったはず。

 リルが倒されてしまった今、戦えるのはお父さんしかいない。


 だけど、二人で倒せなかった相手。

 一人では無茶も良いところじゃない。


「……おねぇ、ちゃん……がふっ、ごほっ」


 考えていられない。今はこの子の手当をしなきゃいけない。


「リル、喋らないで……これ頑張って飲んで」


 もしものためにと渡された、即効性の回復薬(ポーション)


 ビンの中身をリルの口にゆっくりと注ぐ。

 それから、火傷の手当を。

 酷いところから……でもこんな怪我じゃどこからやれば。


「……あ、りがと……ごしゅ、じんのところ……いかなきゃ」


 あろうことか、リルは私の腕を掴んで起き上がろうとしていた。


「馬鹿言わないでっ、死にかけなのよ!」


「でも……まも、らなきゃ」


 掴む腕の力はこんなに弱いくせに。

 あちこち火ぶくれして、全身噴き出した血も乾くくらい燃やされたくせに。

 

 どうして、この子の目はまだ、こんなに。


「……ごめん、ね、おねえちゃん……酷い、こと言って」


「何よいきなり……あれは私が悪かったのよ……」


「わたし、は戦う、こと……しかできない、けど、クレニ……お姉ちゃんは、色々作れる、から」


 激しく咳き込み始めた。


「辛いなら喋らなくていいってばっ」


「だから……おねえちゃん、は……っ、わたしに、できないことを」


 リルが言いたいことは分かっている。

 ずっとリルは戦わなくていい、無茶をしなくていい、と私に言ってくれていた。


 適材適所。

 前の私は戦わないこと、装備を作って支援するのが仕事だった。

 リルが戦う事しかできないのなら、私はそれしか出来ないから。

 

「……おねえちゃん、と、ごしゅじんは私が……」


 彼女の目が段々焦点が合わなくなって、そして、掴んでいた腕の力が抜ける。

 気力の限界で気を失ったのだ。

 かひゅう、と荒いながらも意識が規則正しいものに落ち着き始めている。


「分かってる、分かってるわリル。よく頑張ったわね、もう休んでなさい」


 私の力じゃ、背の高いリルを引きずるくらいしかできない。

 だから、その場に横たえる。

 背中痛くなっちゃうだろうから、私のコートを下敷きにする。


 立ち上がる。

 ヤスリかけしていくように、じりじりと熱気が肌を焦がしていく。

 羽毛に慣れた私には、このつるりとした人間の肌はどうにも合わない。


 お父さんの気配を探して、走る。



「……いつもこうよ、私は」


 出来損ないと生まれた時から蔑まれつづけたあの里には、居場所なんて無かった。

 甘えらえる相手も、叱ってくれる相手も、友達も、誰もかも。

 

 色違いのこの身体。欠落した鍛冶師の才能。

 何をやっても駄目――私は自分自身に失望し、そして、自信など持てなかった。

 

 でも、お父さんが私を拾い上げてくれた。

 最初は怖かった。元々居場所なんてなかったけれど、本当に追い出されたのだと怖くて。

 人間なんて初めて見たから恐ろしかった。姉たちも大きくて恐ろしくて。何もかもが怖かった。


 それでも、お父さんは私に懸命に声をかけてくれた。

 怯えた私を慰めて、少しずつ距離を縮めて。


 私には別の才能があると教えてくれたあの時、初めて作ったバングルを褒めてくれた時、本当に心から嬉しかった。

 

 それから、私にはようやく家族が出来た。

 大好きなお父さんと姉たち、そして私よりも随分と大きい妹と一緒に過ごした日々を忘れることはない。

 今もキラキラした宝石のように鮮明に焼き付いている。


 だからこそ――私はずっと悔しかった。

 

「っ、はあっ、おとう、お父さんっ……!」


 やっと見つけた。

 火竜の攻撃を紙一重で躱しながら、反撃に出るのが見えた。

 竜の頭に岩や木材が殺到して叩きつけられる。


 凄いと思う。リルだけじゃない、お父さんもまったく怯まない。


 だけど、お父さんの反撃に怒り狂った火竜が何度も何度も火炎弾を放つ。

 でたらめに撃たれるせいで、お父さんは身動きを封じられてしまう。


「あっ……!」


 飛んできたうちの一発がお父さんの近くで爆発した。

 衝撃で身体が吹き飛ばされて、お父さんはついに倒れてしまう。


「お父さん、おとう、さんっ!」

 

 声を張り上げても届いていない。


 立ち上がろうとしている。

 だけど、膝が崩れて立てていない。


 私が助けなきゃ。


「アクア……!」


 アーツで援護しようとした時、目の前の光景があの時と重なってしまう。


『クレニ、危ないから下がってろ! クソっ、これは流石にまずっ……しまった――』


 大量の魔獣に囲まれて、お父さんを庇い次々と倒されていく姉。

 私を庇って、目の前で倒されるお父さんの姿。

 取り囲む魔獣たちの恐怖と、そして、悔しさと無力感。


 どんな時でも、私は皆の背中を見ることしかできない。

 大切な家族が傷つくのを見ているだけしか出来ない。


 そして、私は最後。

 一人で敵を前に、悔しさを噛みしめて、それで。

 憎い相手に噛みつきの一つでも食らわせることができない、非力な身体。


 それがずっと嫌だった。

 皆、同じ場所に居るはずなのに。

 私だけどこか距離があって、でも誰も責めたりはしない。


「っ……あ、アクア……!」


 ――本当に私のアーツが通用するの思っているの。練習したって無駄だったじゃない。


 魔力が上手く制御できずに発散していく。

 イメージが余計な思考でかき乱される。


 火竜はもう、お父さんに狙いを定めている。

 炎が口の中に溜まっていく。

 大きい。一撃で焼き尽くすつもりなんだ。


 目の前で、またお父さんがやられてしまう。


 悔しい。

 出来ることが増えるって、教えてもらったのに。

 悔しい。

 アーツだって覚えたのに。

 悔しい。

 結局、この身体でも私は、何も、何も。


 ――……おねえちゃん、と、ごしゅじんは私が……


「――っ」


 思い出される、リルの言葉。

 意識すら朦朧としていて、死にかけてるのに。

 あの子は、それでも。


「……違う」


 どれだけ相手が強かろうが、関係ない。戦って必ず勝つ。

 あの子はそれだけ考えていた。

 もし、とか、たらればの話も、そもそも自分の力を信じるかどうかなんて考えていない。


 硬く手を握りしめる。人間の、私の手を。 


 今、あの攻撃から守れるのは私しかいない。

 そして、昔と違うのは、私にはアーツがある。

 初歩の知識だろうと戦う力がちゃんとある。


 術式を、構造を、編み上げろ。

 ありったけの魔力を注ぐんだ。

 暴走してこの身がどうなろうと構わない。


「違う……!」


 違う。

 暴走などさせない、漏れなく全量の魔力をぶつけてやる。

 そして、必ずあの火竜の攻撃を防いでみせる。

 

 火竜が吐き出すその瞬間、私のアーツも編み上がった。

 

「――アクア・ジェミバレット!」


 一部の隙もなく限界まで密度を高めた水の砲弾が、火炎弾に激突する。

 激しい音を立て、蒸気が辺りに立ち込める。


 そして、その靄のむこう。

 私が守りたい人は、確かにそこに居た。


 私のアーツで守れたのだ。私の力で。

 安堵と――そして、無力感が激しい怒りに転化する。 


「アクア・ジェミエッジ!」


 こっちの番。

 その気に入らない赤い鱗をズタズタにしてやる。

 ギロチンのような水刃で一太刀に切り裂く。

 火竜の身体が横転していく。 


 魔力を一気に使った反動が来る。

 引き付け起こしたみたいになって、呼吸するのが苦しい。


「……よくも私の大事な家族をやってくれたわね……絶対に……絶対に、許さない……!」


 でも、こんなんじゃ収まらない。この気持ちは。

 もう、私の家族に指一本でも触れさせなんてするものか。


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