58.窮地
あまりの熱量が光に変換され、視界が白く染まっていく。
絹を裂くようなリルの悲鳴。
猛烈な勢いで減少するリルのHP。
耐えろ、耐えてくれ。
遠のきそうな意識を束ねて、魔力をリルに注ぐ。
そして、光が収まった時、リルは宙に投げ飛ばされていた。
「リル!」
黒煙を上げた銀狼の身体が光に包まれ、人間態に強制解除される。
地面に叩きつけられる寸でのところで、どうにか彼女の身体をキャッチすることに成功した。
「おい、リル、リルっ、しっかりしろっ」
あちこち酷い火傷を負ったリルは、俺の腕の中で呼吸すら苦しそうに胸を上下させるだけ。
でも生きてる。良かった。
しかし、HPは数ドット分。瀕死の状態。
「ご、しゅ……じん……」
「喋らなくていいっ」
火竜が吼え、ハッとなる。
悠長にしていては駄目だ。誰かがタゲを取り続けていなければ。
リルを介抱している暇なんて与えてくれない。
「リルっ!」
村人と一緒に隠れ、手当をしていたはずのクレニがこちらにやってきていた。
「ああ、リルっしっかりして」
「大丈夫だ、クレニ。まだ生きてる。だからリルを頼む……!」
「ちょ、ちょっとマスターはどうするのよ」
魔獣態から人間態に戻ったことで、リルを見失った形になった火竜の狙いが俺に向いた。
不味い、このままだと三人ともまとめてやられる。
「どうにかする!」
手持ちで使えるアーツを奴に向かって撒きつつ、とにかく走ってリルたちから距離を取る。
「こっちに……来い!」
猛烈な突進で俺を追いかけてくる、火竜。
俺たちの距離はどんどん縮まっていく。
動きが遅いと言っても、竜の一歩と人間の一歩では限度があった。
このままでは踏みつぶされる。
何か使えるもの――精錬所らしき建物の煙突が目についた。
傾いてはいるが……これなら。
「くっ……これでっ!」
<チェーン・バインド>を煙突から展開し、俺の身体を縛り上げる。
グレーターオーガ戦で編み出した応用。
このアーツの欠点である、術者の移動制限。
あくまでも自発的に身動きが取れないだけで、外的な力によって動かされることは出来る。
鎖によって俺の身体が一気に引き上げられ、そのまま煙突に引き寄せられる。
その三次元的な動きで、間一髪のところで奴の突進を回避した。
拘束を解除し、再び距離を取る。
しかし、鬼ごっこをしていても奴を倒すには至らない。
反撃の手段を見つけないと何も状況は変わらない。
目に入ってくるものは、角材や切り出された石材、無数の建材たち。
落石でもダメージは入った。
接近して攻撃が難しい以上、だったら飛び道具で戦うしかない。
無数の銀鎖で建材たちを縛り一か所にまとめる。
そして、火竜の後方にある壁面から鎖を展開。
まとめた建材を一気に火竜側へ引き寄せる。
「これでも……食らえッ!」
ゴムパチンコの要領。
縛り上げ引き寄せるスピードは、今の俺ならある程度コントロールできた。
弾丸代わりの建材が猛烈な勢いで火竜の眼前に飛び込み激突する。
運を引き寄せたのか、滅茶苦茶に飛んでいった建材の一つが奴の片目に突き刺さる。
鳴き声を上げて、その身体は大きく仰け反り苦しむ。
ざまあみやがれ。リルの分だ。
しかし、つんざくような咆哮と共に、今度は火炎弾が四方八方に発射される。
「くそぉっ……!」
地面に立て続けに炸裂し、けたたましい爆発音。
回避しようにも、どこに狙いがついているのか分からない。
下手に動けば、逆に当たりに行くことに――。
一発の火炎弾が間近で着弾、炸裂。
その衝撃波が俺の背中を叩いて、大きく吹き飛ばされる。
「ぐあぁっ」
三半規管を大きく揺さぶられ、耳鳴りが酷い。
視界の中で揺れる地面。メイスを支えに起き上がろうにも叶わない。
駄目だ、動かなければ、動け。動けっ。
「――っ」
這いつくばったまま、俺は火竜を見る。
既にアグニ・サラマンドラの顎がこちらを向いていた。
度重なるダメージによって、完全にスイッチの入った火竜は怒り心頭という様子。
そして。
隻眼となったその眼には、しっかりと俺の姿が映っていた。
巨大な口の中に蓄えられる火炎弾。
回避は、できない。
防御も、無理だ。
身体を覆う盾でどうにか。腕のおまけみたいな盾では到底。
もう、駄目なのか。
死を直感。つい目を瞑ってしまう。
「――アクア・ジェミバレット!」
来るべき、火炎弾。
しかし、来たのは猛烈な蒸気だけだった。
目を開ける。一体何が起きた。
火竜も焼き尽くされたはずの俺が居たことで一瞬戸惑い、怯んだ。
「アクア・ジェミエッジ!」
続けざまに水の巨大な刃が火竜の身体を横から切り裂く。
悲鳴を上げたその巨体がなぎ倒される。
この声は、まさか――。
「……よくも私の大事な家族をやってくれたわね」
加勢してきたのは。
肩で息をしながら巨竜を睨みつける、クレニであった。
「絶対に……絶対に、許さない……!」




