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57.熔竜アグニ・サラマンドラ


 兵士を脅して鉱山の場所だけ聞き出す。

 すぐに奴らは、主人を置いてハイリヒから離脱してしまった。


 あの様子からして、助けを呼んでくれるのか……正直、期待は薄い。

 しかし、あれだけ脅しておいたのだ。

 誰か一人くらいイルガルタに一報入れて、騎士団を引っ張り出してくれるかもしれない。


 それにレンブラントの名前も出したのだ。少なくとも巻き込める。


 だが問題なのは――騎士団が来ようが来まいが、火竜をどうにかしなければならないということ。


 やっとの思いで鉱山の前に辿り着き、火竜の姿を捉える。


「あいつは……!」


 火竜の正体――それは、熔竜アグニ・サラマンドラ。

 攻略推奨は確か……Lv.65程度。レイドボス。

 

 名前上は竜となっているものの、正確には亜竜。ワイバーンのような位置づけ。

 四足歩行の蜥蜴や恐竜というフォルムで、羽根は退化しているため飛ぶことはなく地を這うのみ。


 背中の剣山のようなヒレに沿い、二つの溶岩のラインが走る。

 それが口まで繋がっていて、体内に溜めた火炎を吐き出すための経路になっている。


 戦うには、耐火装備が必須。

 ところどころから生えたパイプのような物が攻撃の度に反応して炎を吹き出し、ダメージを与えてくる。

 そして、物理・アーツ耐性――低位といえどドラゴン種としての最低限のスペックは秘めている。


 はっきり言って、今の段階で戦っていい相手ではなかった。

 

 しかし、そんな火竜を相手に、逃げることの許されないハイリヒの人たちが焼かれていく。

 この死屍累々の惨状を見過ごすわけにはいかない。


「リル、行くぞ!」


「わ、私はっ」


「クレニはここの人たちの手当を頼んだ!」


 銀狼姿のリルと共に、戦闘に飛び込む。

 火竜は突進しながら村人たちを蹴散らそうとしていた。


「チェーン・バインド!」


 巻き付く銀鎖で突進の勢いを削ごうとして、すぐに破壊されてしまう。

 魔力でしっかり編み上げているはずなのに。

 これは……単純なパワーだけじゃない、この焼き尽くすような奴の熱量で鎖を焼き切られている。


 続いてリルが体当たりをしかけるも、多少仰け反っただけでビクもしない。 


『うぅっ……』


 リルの呻き。HPが僅かに減少。

 体当たりした部分が焦げていた。


「あ、貴方達は」


 俺たちの加勢に村人の一人が反応する。


「ここは引き受けるっ、早く逃げろ」


「だ、駄目なんです、私たちここから動けなくて……!」


「分かってる! 辛いと思うが、せめて岩場の影くらいには隠れてくれ!」


 胸を押さえながら村人たちが脇に退避してくれる。

 視界にちらつく、減り続けるHPゲージ。リルの時間稼ぎも限界がある。


「フレア・ボルト!」


 爆炎弾。

 リルに口を向けようとしてきたところ、その目に向かって炎弾を弾けさせる。


「効くわけ、ないよな……!」


 そう。火竜に火属性アーツなんて当然効くわけがない。

 しかし、注意を引く分にはいい。

 鬱陶しいと言わんばかりに奴が吼えて、俺に狙いを定めてきた。


『どうするの、ごしゅじんっ』


「せめて弱らせないとどうにもならんっ、アーツを使え、魔力は気にするなっ」


 グレーターオーガの戦闘を経験してからというもの、マナポーションはこつこつと買い貯めてきてある。


「我、ハルの名において理に求める。縁の鎖で繋がれし魔狼――」


 短期決戦で勝負を決めなければ、後ろに控えたハイリヒの人たちも限界が来てしまう。


「――その秘めし力の軛(くびき)を解き放ち、祝福を与えよ! 限定解除(リミテッド・ブースト)!」


 出し惜しみは、していられない。

 攻撃に関わるステータスの制限を一時的に解除。


 そして、リルの<疾風爪閃>。

 アグニ・サラマンドラの硬い外皮をリルの爪が切り裂き、噴き上げる血潮。


「よし、効いてる……!」


 装甲を貫(ぬ)けるなら、まだ勝ち目はあるはずだ。

 リルは続けざまに、露出した竜の肉に食らいつこうとする。

 その瞬間、傷口近くの噴出孔から巻き上がる炎がリルを襲う。


「避けろ!」


 炎で怯んだところに、今度は太い幹のような尻尾が飛び込んでくる。

 尻尾の薙ぎ払いをどうにかバックステップで回避するリル。


 こちらに戻ってきたリルの身体が少しバランスを崩しかける。

 炎によるダメージがしっかり入ってしまったようだった。


「いけるか?」


『大丈夫……まだやれる』


 もうリルのHPは、グリーンからイエローに差し掛かりつつあった。

 掠っただけでこれか。手数でも押しにくい。


 今度は火炎弾が俺たちを狙ってくる。

 俺たちは左右に飛んで回避。

 息もつかせぬ間に、今度は俺に向かって突進。

 攻撃のテンポが速い……!


「ちっ!」


 転がって間一髪で避ける。

 しかし、ここまで接近してしまったせいで膨大な熱量が俺の身体を焦がす。


「ぐっ、ううう……」


 自分の身体の焼ける音が耳元で聞こえる。目を開けているのも辛い。

 不用意に近づきすぎれば、火が点いてしまいそうだった。


 それでもすれ違いざまにメイスを振り抜く。

 硬い。しかし、鱗に傷をつけることは出来ている。

 そのまま突進した竜の巨体が岩壁に激突し、剥がれるように岩肌がぐらつき始めた。


「チェーン・バインド!」


 こんなもの真正面から相手にしていられない。

 その体を地面に縛り上げ、落石から逃げられないようにする。


 目論み通り、無数の大岩が巨体に叩きつけられ、その下敷きになったことで呻き声を上げた。

 

「これで……!」


 刹那、岩石の中から赤い光が溢れ――爆炎と共に岩石が銀鎖ともども四散する。


 あちこち血を流してダメージは入っているようだった。

 しかし、俺たちを睨みつける爬虫類特有の眼光は、未だ鋭く強いまま。


「リル、来るぞ!」


 顎を上に向け、溜める様なモーション。火炎弾か?

 口から吐き出されたのは、火炎弾ではなくブレス。

 ――直線攻撃ではなく、扇状に広がる火炎放射。


 範囲攻撃では、逃げ道がない……!


『風鎧ッ!』


 展開される風の鎧へ、膨大な熱量が殺到する。

 ある程度の炎が風によって防がれるが、火炎の量が尋常ではなかった。


 押し広げるように次々と炎が鎧を食い破らんと迫る。

 その炎と熱風に蒸し焼きにされるような形で、俺とリルのHPが減っていく。


『はっ、はぁっ、くうっ……』

 

 頭に響く、リルの苦悶。

 耐えきった時には、お互いの身体から煙が上がっていた。


 遠距離は火炎弾、近距離は噛みつきや尻尾の薙ぎ払い、中距離は火炎放射による範囲攻撃。

 しょぼい攻撃ではダメージはほとんど通らない装甲。

 接近して攻撃すれば、全身から噴き出す炎のカウンター。


 グレーターオーガのように、再生やゴブリン召喚などの絡め手を持っている訳ではない。


 相手の距離に依存しない豊富な攻撃手段と高いスペックで正面からねじ伏せる、王道。

 亜竜といえど、竜にであることに違わぬシンプルな強さ。


 ゲームだったら歯ごたえのある、やりがいのある敵だと思える。

 しかし、今この状況で相手をするには、苛立つことこの上ない。


 どうやって倒す。

 手数で攻めるにもあのカウンターでじわじわと削られて行って、とどめを刺される。

 今の俺たちのアーツ属性では相性も悪い。

 それでも考えろ、陽之――。


『私がごしゅじんとお姉ちゃんを……!』


「おい、リルよせっ!」


 風鎧を展開したリルが突撃する。

 奴の首目掛けて再び、爪で引き裂こうとして――竜の巨体がいきなり飛び上がった。

 

「なっ――」


 見たことのない回避モーション。

 退化したはずの羽根を使って風を大きく巻き上げジャンプしたのだ。

 そして――出来てしまった、致命的なリルの隙。 


 その首が真下のリルに狙いを定めた。

 不味い。火炎弾でもブレスでも、今のリルでは直撃は耐えられない。


「その秘めし守りの軛を解き放ち、祝福を与えよ!」


 編み上げ発動している<限定解除>。

 その術式の構成を無理やり捻じ曲げ、攻撃特化から防御特化に切り替える。


 酷い頭痛。

 属性変化に失敗した時のように体内の魔力が暴発しかけ、反動で吐血する。


 直後。

 アグニ・サラマンドラの口から圧縮された炎が光線となって、リルの身体を包んだ。



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