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61.姉妹


「ごしゅじん、やっぱりこれ」


「駄目だからな」


「駄目よ」


「わう……」


 俺たちの即答に、すっかりしょぼくれるリル。

 ベッドに横たわった彼女の怪我は全身におよび酷いものだが、一番酷いのは手足。


 すっかり爛れてしまった四肢には、軟膏をこれでもかと塗した包帯が厳重に巻かれている。


「でも痒い……それに臭いが強い……ううう」


「治りかけなんだから我慢しろ、治らなかったら困るぞ」


 うーうー唸って、ふさふさの尻尾がぱたぱたとベッドを叩く。

 

「まったくもう、こっちは三日も起きないリルを心配してたのよ」


 クレニが溜め息を吐いた。

 火竜と戦って、もう三日経っていた。

 大怪我を負って意識を失っていたリルは、この三日間目を覚ますことは無かった。


 一日目は仕方ない、と思っていたが、二日、三日と続いたのだ。

 で、今日も目が覚めないのかと思ったら、急に目を覚まして事の次第を聞き出し、そして、お腹が空いただの、痒いだの。


 居てもたってもいられなかったこっちの気持ちを考えてほしい。


 まあ、HPの回復状況と勝手に減っていく俺のMPゲージから、なんとなくリルの本能が自らの回復に専念させようとしていたのは分かっていたけれど。

 

「それは……心配かけて、ごめんなさい」


 ぺこり、と頭を下げてくる。


「ともあれ、この調子ならあと二、三日で治るってさ」


 医者からはどうやったらこの致命傷からここまで回復できるのか、と首を傾げられた。

 しかし、実は魔獣なんで……とも言えない。

 せ、生命力が高いんで! と結局、よく分からない返しをする羽目になった。

 

 すると、ドアをノックする音。

 包帯の巻きなおしはさっきしてもらったから――。

 

「レンブラントさん……」


「どうも。リルさんが目を覚ましたと聞いたので」


 病室を訪ねてきたのは、レンブラントとアルミナだった。

 そして、アルミナの抱えた大きな紙包に目が向く。

 リルの鼻がすんすん鳴って反応している辺り、何が入っているのかは察しがついた。

 

「リルさん、具合のほうはいかがですか?」


「大丈夫、でも、手と足が痒くてむずむずする、あとその中身はやく」


「ふふ、安静にしないと駄目ですよ。これは後で食べてくださいね」


 がうがう言っているリルはさておいて、レンブラントが俺を見る。


「土産話がありますので……少し、時間よろしいですか?」


 部屋の椅子を引っ張り出して彼らを座らせる。

 

「騎士団が第一陣として到着、それから査察が入りました。やはり、告発状通りのことが行われていたと判明しました」


 ほっと胸を撫でおろすと共に、あの場所で見てしまった惨状を思い出してしまう。

 不正が証明されたと喜ぶべきか、悲しむべきなのか。


「口裏合わせの書類もありますが……それでも一番の証拠としてハイリヒの代行官が自白したのが大きい」


「自白?」


「アーノルドですよ。彼が随分と素直に白状してくれました」


 役職で呼ばれていなかったから、頭の中で結びつかなかった。

 それにしてもあいつが素直に喋る?

 ああいうタイプは安全になった途端我関せずとなりそうなものだが……。


「というのも発見された時、随分と神経衰弱になっていましてね。炎に囲まれてずっと動けず、それでおそらく」


 にこやかに笑むレンブラントの視線を、俺はまともに受け止めることが出来ない。 


 足の怪我――そりゃメイスで両膝挽き潰してしまったら、動けないよな。

 縛り上げておく時間も考えつく余裕も無かった。


「ただ、ベルツ本家は独断専行であったと、関与を否定しています」


「それは流石に」


「ええ、無理があります。監督責任がありますし、ハイリヒメタルの不正からベルツ工房の粗悪品問題にも繋げましたし、相応の処罰は降りるはずです」


 安心した。これでも建国貴族の尻尾が掴めなかったら、暗殺でもしない限り無理だろう。 

 

「まだまだ片付けるべき問題もありますが……とにかく皆さん、本当にありがとうございました。再びイルガルタはあなた方に救われた」


 レンブラントが深々と頭を下げ、アルミナもそれに倣う。

 

「いや、俺たちは別に……やるべき、と思ったことをやっただけです」


「ええ、今後とも貴方の思った通りにやっていただければ。今回の件、必ず納得いく形にしますから」


 そう言って席を立った。


「さて、実は仕事を抜け出して来てしまったので今日はこれで。リルさん、独り占めは駄目ですよ」


「………………分かった」


 随分な間だった。


「そうだ、ハルさん。ハイリヒの衛兵たちが気になることを言っていたのですが」


「気になること?」


「火竜の他に狼の魔獣が出て、しかも貴方が襲うようにけしかけた、と言っているのですが……冗談ですよね?」


 去り際、わざとらしくレンブラントが振り返って言う。

 

「ただの妄想でしょう。火竜を前にしたら、誰だって動転して錯乱する」


「確かに」


「ああ、でも……」


「でも?」


「まあ……魔獣はさておいて、急かした記憶はありますがね」


 曖昧に笑っておく。

 俺の返答に満足したレンブラントは口元だけ微笑み、アルミナを連れて去っていた。


「はぁあああああ……よかったぁ……」


 溜め込んでいた息を吐き出して、がっくりと膝に肘をつく。

 なんだかんだ、ハイリヒの状況を詳しく知ることは出来ていなかった。

 何せ目が覚めたら、このイルガルタの病院に運ばれていたのだ。


 目が覚めた時にアルミナから軽く聞いていたとはいえ、心配は心配だった。

 ずっと黙っていたクレニが俺の裾をちょいちょいと引っ張った。


「……マスター、ぐったりし過ぎじゃない?」


「言うなよ……」


 それに、だ。

 冷静になると、役人の足を潰して脅迫なんて末恐ろしいことをやったものだ。

 後悔はしていないが、それはそれ。

 捕まるんじゃないか、と小心者の陽之が心に現れていた。

 

「ごしゅじん、ごしゅじんっ、はやくそれ、それっ!」


 リルがせっついてくる。


「あのなあ……少しは浸らせてくれよ」


 がしがしと頭を掻く。はいはい分かりました分かりました。


 紙包みはずっしりとしていた。

 開いてみた途端、みっちりとすし詰めのマドレーヌたちが出迎え、バターの香りが一気に広がる。

 それに、まだ少し温かい気もする。来る直前に作ってきてくれたのだろうか。

 

「一応言っておくが、晩飯出るんだからな」


「大丈夫、全部食べるから」


 この腹ペコ狼め。

 しかし、リルは俺が持ってきた紙包みを奪おうとして、自分の手の状態に気付き愕然となった。

 手まで包帯で巻かれており、ろくに動かせない。


「……ごしゅじん」


 そんな深刻そうな表情をするな。


「分かってる、分かってますって。ほら、あーん」


 一つ摘まみ上げて、リルの口元に近づける。

 がぶっと勢いよく丸ごと口の中に納めてしまった。

 もぐもぐと口を動かし、表情がとろけていく。耳もぴくぴく震えて幸せそうだ。


「ごしゅじん、もっと、もっと」


「はいはい」


 ひょいぱくひょいぱくとリルの口に放り込んでいく。

 ちゃんと噛んで食べているのか。飲み込んでないよな。


「むふふふ、ずっとごしゅじんにこうしてほしい」


「治ったら自分で食べろよ……ってクレニ?」


 むー、と唸り声。隣で渋い顔つきをしていた。

 一体どうしたのか。


「お父さん、私にも」


「ええっ?」


「リルがしてもらって、私にないのはおかしい」


「いや、これは手が使えないから――」


 ばさぁっといきなりクレニが両手を上げ、俺から紙包みをひったくる。


「もがっ」


 一個摘まみ上げ、いきなり俺の口に突っ込んできた。

 そして、あろうことかクレニの唇が近づいて俺に突っ込んだマドレーヌを食べ始めた。


 クレニの奇行につい口を放そうとするが、動けない。


 違う――彼女の両腕ががしっと俺の頭をロックしている!?


「あっ!」


「むぐーっ!?」

 

 マドレーヌはあっという間に食べられて、クレニの唇が俺に触れる。

 少し齧ってしまった部分まで舌で全部持っていかれて、一瞬で離されてしまった。


「く、クレニ、おま、おまっ……」


「く、口移しならリルもやってないし!」


 もぐもぐと口を動かしながら顔を真っ赤にしたクレニがよくわからないことを言う。


「クレニお姉ちゃんずるい! ごしゅじんは私の番いなのにっ」


 すかさずリルが吼えた。


「ず、ずるいって何よ! それに番いだなんてリルには早い! お父さんは私の!」


 威嚇し、睨み合う二人。

 

「お、おい……二人とも、喧嘩は」


 もう喧嘩は困る――と思いきや、睨み合っていたはずの二人は揃って笑い出し始めた。


「なんかこうやってちゃんと出来たの初めてじゃない?」


「……そうかも」


「私たち、種族は違うけど姉妹なのにね」


「喧嘩は良くない、と思ってたけど、ちゃんと言うべきことは言わないといけない。最近、覚えた」


「……そうね。本当にその通りだと思う」


 すっ、とクレニは一呼吸置く。

 そして、リルを真正面から見据え、口を開く。


「……リル、私はもう無茶はしない。だけど、もう後ろで見ているだけなのは嫌。だから私は私の出来ることをやる、ううん、やりたい」


「私も、私の出来ることをやる。だからお姉ちゃん、私の出来ないことをお願い」


「ええ、任せなさい」


 握れずとも、包帯越しにクレニの手がリルの差し出したその手に触れる。

 そして、二人の視線が俺の方に向く。

 

「お父さん……いえ、マスター。このクレニ、契約魔獣(マギナ)として改めて一緒に居てください」


 改まって言われると気恥ずかしいが、彼女なりのけじめの付け方なんだろう。

 

「こちらこそ頼む。魔獣操師の俺には、クレニやリルが居てこそだから」


 魔獣操師と契約魔獣には、絆がある。

 契約魔獣それぞれ同士にも、衝突するくらい強く思いあう絆がある。

 

 クレニとリルは間違いなく、姉妹なのだ。

 システムとして、そういうものではなく、まさしく在り方としてのそれ。

 俺はそう強く感じた。

 

「お姉ちゃん、それ私の」


「何言ってんのよ、皆のものよ一個くらい良いじゃない……んー、おいし、もう一個」


「もう三つ目!」


 そして、今目の前に見えているものを、俺はしっかりと胸に刻んで大切にしよう。




 じゃれつく姉妹の姿と――ようやく見ることのできた、一片の曇りのないクレニの笑顔を。


これにて第二章完となります。

第三章はギリギリ年内か1月中旬になると思います。


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よろしくお願い申し上げます。

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