55.火竜の存在証明
「……ご主人様、よろしいのですか。あんなことを言っては」
ハルたちを見送ったアルミナはついそんな問いをしてしまう。
「分かっているさ、アルミナ」
レンブラントは窓の外を眺め、去っていくハルたちの後姿を見ていた。
「あれではそそのかしたようなものだ。ハイリヒに関して、ハルさんが問題を起こせば建国貴族たちはこぞって私に因縁を付けてくるだろう」
レンブラントは少なくとも、政治家として人を見る目を多少養っている自負があった。
ハルという人間は理性的であろうとしているものの、その中に秘めている激情は凄まじい。
そして、自分の琴線に触れてしまったのは見過ごすことが出来ない、そんな性分であると。
その琴線は、彼に付き従う魔獣たちと、不条理に対するもの。
だから、彼はきっとハイリヒに向かうことになる。
しかし、もしハルが何らかの形でハイリヒにアクションをとるようなことがあったとしても、レンブラントはしらを切るつもりでいた。
彼の立場上、そうしなければならない。
レンブラントの守るべき民は、まずノウスに居る。
「……私は狡く、浅ましい人間だね。刺されても文句は言えない」
「そんなことは滅相もございませんよ」
「だけどね、同時にそんな彼が私は好ましいと思っている」
冒険者とは、根無し草のようなもの。
ギルドに属してはいるが、国家に属してはいない。
特に、彼はこの地に所縁ある人物ではない。
「私を見据えた真っすぐな瞳、本気であの村をどうにかしたいと思う目だった」
だから、見て見ぬ振りも出来る。する自由がある。
しかし、ハルはそれを良しとしない。
その精神性はレンブラントにとって、イルガルタにとって、とても貴重なもの。
国家に属さない身であればこそ――なんとしてでも囲いこむべき人材。
「……では、何故行かせたのです」
「アルミナ、君もなんとなく気付いているんじゃないのかい?」
レンブラントが窓から視線を外すと、アルミナは穏やかな笑みを浮かべていた。
この考えは、ただの都合のいい楽観かもしれない。
「予感がするんだ。ノウスの時と同じく彼が関わることで形はどうあれいい方向に物事が動くんじゃないかって。為政者としてはあまりに無責任で、どうしようもないけれど」
しかし、グレーターオーガの騒ぎを収めて以来、ハルという人間に何かがあるのではないかとレンブラントは期待していた。
◇ ◇ ◇
宿に戻るその手前で、俺は立ち止まる。
「二人とも、先に宿に戻っててくれないか?」
立ち止まった二人は振り返るが、何も言わない。
「実はさ、この前ギルドに行った時アイザックに会って……そう、今日もまた会う約束をしてるんだ」
街灯を受け反射する、リルのライトグリーンの瞳。
「……私も行く、ごしゅじん」
「いいや、それがさ……俺だけで来いって言うんだ、まったく何を悪だくみして――」
「――芝居や嘘にしてはヘッタクソ過ぎない、マスター?」
クレニが俺の言葉を遮った。
「……そんなに辛辣な言い方しないでくれよ」
「そうかしら。縁の鎖朽ち尽きるまで、って言ったの誰だっけ?」
クレニは、腰に手を当てて溜め息を吐いた。
彼女を探していた時に言った言葉をそっくりそのまま返されてしまう。
「あの場所、今から行くと暗い。危ない」
「まだ誰もハイリヒに行くとは」
語るに落ちたか。
コートのポケットに手を突っ込む。
「……お前たちに何かあったら」
「ごしゅじんに何かあったら、の間違い」
一段トーンの低い声がリルの口から出てきた。
右手の契約印が不快な熱を帯びているような感覚。
彼女の内心が感じられる気がした。
やはり、応じてくれるわけはないか。
「……様子を見に行くだけ、そのつもりだ」
「じゃ、早くいきましょ」
クレニが俺の手を掴んだ。
それを見てリルは何かを言いたそうにして――その前にクレニがリルに向き直る。
「大丈夫よ、もう馬鹿な真似しないから。一緒に行かせて、お願い」
「……分かった」
リルはまた唇を噛みしめる。
イルガルタを出た時にはもう、昼は過ぎて夕方手前だった。
白昼堂々向かうわけにもいかない一方で、徒歩行軍は難しい以上馬で行くしかない。
夜になるまではある程度進まねばならなかった。
初めてハイリヒに向かった時と同じく、リル、俺とクレニの二頭編成で馬を走らせる。
「……どうするつもりなの、様子を見るだけじゃないんでしょう」
クレニの問いに俺は答えを持ち合わせていなかった。
「正直、分からない」
そう。結論が出て、もう耐えられなくなっただけ。
それでハイリヒに向かっているだけ。
様子を見に行ってどうなるというのか。
二人を避けようとしたのは、漠然と思い浮かぶやってはならないことに巻き込みたくなかっただけ。
具体的なプランは全くない。
「……無策もいいところだよな」
もし、鞭で打たれているようなところを目撃してしまったら、一線を超えかねない。
そんな状況で策を練られようもないが、逆にリスクを理解しておいて策を練られないのも論外だった。
イルガルタという国に目を付けられるかもしれない、とまで考えておきながら、俺は結局短絡的な思考に囚われていた。
「なあ、やっぱり」
「少なくとも、リルに腕一本食い千切られるわよ。ハイリヒに行くの止めてほしいなら、止める」
決めるのは、俺自身か。
だったら何かを考えるしかない。止まれなかった。
レンブラントと話をしていて、火竜という存在が鍵になるのは分かった。
竜、ドラゴン。
ファンタジーは勿論、フィフスマギナであっても強力な魔獣のカテゴリ。
そんな奴が鉱山に潜んでいる。村人の話を信じるのであれば。
そして、火竜の存在証明さえ出来れば、少なくともハイリヒの現状に一石を投じることは可能になる。
「……こういう時、ラピスがいればな」
「確かにね」
少なくとも、でっちあげることは出来た。
ドラゴン以外の強力な魔獣――となると、並走するリルをちらりと見る。
魔獣態のリルは、狼としては巨大。
しかし、グリムファングのように大型の狼の魔獣はドラゴンに比べると比較的身近。
あんな秘密主義のハイリヒの衛兵たちは、自分たちで解決しようとするだろう。
<限定解除>で施設を破壊して恐怖を植えつけるにも――駄目だ、防備の全容を把握していないから確実性に欠ける。
それなりにレベルが高まったとしても、まだ俺たちは当時のレベルキャップ――Lv.120の半分にも満たない。
可能性としては低いだろうが、もしLv.60~70以上の敵が現れた時、詰む可能性がある。
そして何より、<限定解除>には弱点がある。
ステータス全体の底上げが出来ない。
攻撃か防御か。そんな一点特化しか選べず、まんべんなくとかそんな中途半端に指定すればアーツとしての精度が落ちて意味がない。
結局、火竜をどうにか引っ張り出すしかないのだ。
「問題は、本当にいるのかどうかだな」
「そうね……」
否定はしたくないが、見間違いだってあり得る。
魔獣の恐怖は対峙して初めて分かる。
冒険者ならともかく、鉱夫が魔獣を見慣れていることはないだろう。
別種の魔獣でもリルのパターンになるし、いなかったらそれこそ完全に手詰まりだ。
けれど、本当に火竜が居るのなら、別の問題が生まれる。
ハイリヒは――火竜という時限爆弾を抱えていることに他ならない。
騎士団が出向くレベルのものが目覚めた時、被害は計り知れないものとなる。
首に縄がかかっているのは、建国貴族のベルツだけじゃない。
役人に殺されるか、火竜に殺されるか。
あのハイリヒに住まう村人たちの首にもそれぞれ縄がかけられている。
「……くそったれ」
無力感。自分自身に苛立ってくる。
「――ごしゅじん、なんか変」
リルが口を開く。
「変ってどうかしたか?」
「風に混じって……変な臭いがする。土とか水の臭いじゃない」
そんな臭いは――。
走っているうちに、俺の鼻も微かに妙なものを感じ取った。
でも、嗅いだことはある。
これは、何かが燃えているような、焦げたような。
「マスター、あれっ!」
クレニの指す、斜め右方向。
林を迂回するように進んでおり、大分暗くなってきたこの視界では十分に――いや、奥が明るい……?
不自然な光だった。
あの方向は、今まさに俺たちが向かおうとしているハイリヒがある方角。
嫌な予感がして、馬にもっと早く走れと手綱で合図する。
「あれは……!」
目前に迫ったところで――ハイリヒが大火に包まれていた。




