54.手詰まり
問題は、次から次へとやってくる。
長い沈黙を経て――ついにレンブラントから呼び出しを受けた。
「ご主人様、ハル様が来られました」
いつものようにアルミナに連れられて、三人で応接間に招かれる。
扉の向こう、ソファに座ったレンブラントと――見知らぬ先客が待っていた。
銀髪の赤みがかった瞳の長身の男。鋭い眼差しからは怜悧でやや冷徹な印象を受ける。
ダークグレーのコートにはイルガルタの国旗の胸章。
……役人、だよな。
「ああ、貴方達がレンブラントのお気に入りか」
開口一番、その男はそんなことを言う。レンブラントのお気に入りだって?
「ギルフォード卿、流石にそれは失礼ですよ」
「でも否定はしないのだな、レンブラント」
僅かに口角を上げたギルフォードと呼ばれた男は、俺たちを真っすぐ見定めた。
「これは失敬、自己紹介が遅れた。ギルフォード・レスリウス。イルガルタ民国議会で議長代理をしている」
「……ハルと申します。こちらはリルとクレニ、私の仲間です」
やや雰囲気に呑まれながらこちらも自己紹介をする。
「なんとなくお前が気に入ったのが分かったよ。さて、アルミナの菓子ともに親睦を深めたいところだが……次の予定があるので失礼」
「え、ええ」
「アルミナ、ギルフォード卿を頼むよ」
「かしこまりました」
ギルフォードは俺たちとすれ違うように部屋を後にしようとして、止まった。
「ああ、そうだ。ハルさんとはまたいずれ会うでしょう。その時を楽しみにしていますよ」
それだけ言って、屋敷から出ていく。
な、何だったんだ今のは……。
どうしたものかとレンブラントの方を見ると、苦笑いされてしまった。
「あの方は……?」
「そうですね……簡単に言えばギルフォード卿はこの国の二番目に偉い人、でしょうか」
二番、二番……二番!?
「議長は国王ですから、代理となると……うん、二番目ですね」
腰が抜けそうだった。
さらっと今、俺たちは要人中の要人に遭遇したのか?
そんな俺の内心の動揺を、リルとクレニは理解していないようだった。
「……ハルさん、一応私も末席とはいえ議会に並ぶ一人ですよ」
「ああいや、決してレンブラントさんを下に見ているというわけでは」
「ふふ、冗談です」
笑えないから止めてくれ。心根はただの平社員なんだから。
「さて、本題に入りましょうか。リルさん、今日は申し訳ないですがお菓子はなしです」
ソファに座った俺たちの前には、紅茶のみ。
「……ざんねん」
リルの尻尾がぴんと立ったと思ったら、すぐにへたってしまった。
「お菓子に相応しくない話ですからね」
「……つまりハイリヒの話、ということで良いんですね」
頷くレンブラントの表情はやや硬かった。
「私の方でも探りを入れてみましたが、結論から申し上げると現状ハイリヒに対する疑義は疑義のまま、ということになります」
「つまり、何も出来ないって事ですか……?」
「……残念ながら」
「どうにかならないんですかっ」
テーブルが音を立て、リルとクレニが目を見開いて俺を見る。
気付いたら前のめりになっていた。腰をソファに落ち着け直す。
「ハルさんの証言、そしてあの告発状で提起された問題点は、三つだと考えています」
マクダネルから手渡された紙片、あれはハイリヒに対する告発状だった。
「違法な隷属処置、奴隷の濫用、他の金属と混ぜ込み劣化させたハイリヒメタルの流通とその偽証」
告発状には、ハイリヒメタルの産出が芳しくなった結果、アーノルド率いるベルツ側がハイリヒ村の村人を奴隷にすることで酷使、無理やり採掘に従事させていると書かれていた。
しかもそれだけではない。
産出の落ち込んだハイリヒメタルを誤魔化すべく、別の金属と混ぜて精錬・流通させているのだという。
あの時、ベルツ工房の武器がクレニの<目利き>によって粗雑だと分かったが、裏ではこういうカラクリになっていた。
キーアもベルツはともかく、素材としてのハイリヒメタルは上等のようなことを言っていた。
完全に故意的な犯行。
「まず奴隷の濫用は正直問題になりません。というのも奴隷になる時点でそういう契約を交わしていれば正当になります」
「でも、あれは明らかに……」
現実世界でも似たようなことがあるのを思い出した。
契約書の条項に記載されている限り、嘘にはならない。
「問題にするとすれば、違法な隷属処置でしょうね。正直どの国でも問題になっているくらいです。そして、イルガルタでは建国史の観点から特に問題になります」
建国史――そうか。イルガルタは元々圧政を嫌って独立した経緯がある。
自由を求めているのにも関わらず、違法に服従を強制するような真似は――。
「ベルツは建国貴族です。爵位貴族ならまだしも、建国の理念に反する行為は処断されなければならない」
「じゃあ、どうして……」
「証明のしようがないからです。奴隷所有には契約書を保有することが我が国の法律上定められていますが……」
「……いくらでもでっちあげられると」
先細りした苦々しい声音の意味は分かった。
後から作ってしまえばいい。書類として存在していればいい。
「ハイリヒメタルの問題が要ですが……我が国の兵士たちの装備や要所にはハイリヒメタルが使われています。もし、この話が本当であれば国防に関わる話です。しかし、現段階では特に問題は出てきていないそうです」
「う、嘘よ、あんなので戦ったらすぐ駄目になるわっ」
クレニが声を荒げる。
そして、自分のやったことに気付いてフードを目深に被りなおしてしまう。
「……クレニさんと仰いましたか。私は鍛冶に明るくないのですが、心得がある方からすれば相当酷いようですね」
「懇意にしている別の工房の主人も似たようなことを言っています。実際に装備の検分も行っているくらいなので」
「そうですか。答えはおそらく、官給品向けのものには正規のものを流通して、民間向けは……ということでしょうね」
愕然となった。
国にとって大事な部分だけしっかりと守っているから気付かれず、問題にもならないってことかよ。
「元々ハイリヒメタルの産出量減少の問題は、一度議会に付議されたことがあります。ですが、すぐに回復したので……まさかこんなことになっているとは」
何かないのか、何か。
必死に考えてみる。
「そういえば……さっきのギルフォード卿は、どうして」
国のナンバーツーとこのタイミングで出くわしたのは、ただの偶然ではないはずだ。
「ハルさんの想像通りですよ。報告はさせていただいたのです。しかし、結論は問題が表面化するまでは動けない、と」
「表面化って……」
「ハイリヒメタルの産出が今後減少していけば、官給品にも影響が出る。この告発状が正しいのであれば、ベルツの首には縄がかけられ今も締まりつつある。奴隷にしてまで強制労働させるのは、その証拠になるでしょう」
でも、それは。
その首の縄が完全に締まるのはいつなんだ。
脳裏に焼き付いた、隷属の刻印によって苦しめられるあのマクダネルや男の姿。
そして、嘲笑うアーノルドと兵士たち。耳障りな声。
震えるほど、自分の感情が煮えたぎる。
「……納得がいきません」
「ハルさん」
「手紙を受け取ってどれくらい経ったと思うんですか! ひと月経とうとしてる、それなのにっ」
「そう、ですね……本当に申し訳ないと思っています」
どうしてそんなに淡々と言えるんだよ。本当にそう思っているのか?
お前はあれを直接見ていないからそんなことが言えるんじゃないのか。
「だったら――」
――これはベルツの問題です。出しゃばらないでください、冒険者風情が。
あの時の言葉が思い出された時にはもう、限界だった。
「――そう思うのなら、どうにか出来ないのかよ!」
レンブラントの襟首を掴んでいた。
「ごしゅじんっ」
「ちょ、ちょっとマスターっ」
「ハル様、お止めください」
「いいよ、アルミナ。いいんだ」
何だ、余裕ぶりやがって。
「アンタは見てないから言える! 村を監視する兵士、クソみたいな役人が村人を苦しめてせせら笑って、あんなの放っておいたら皆――」
「――そんなことは分かってます!」
レンブラントも声を荒げて、俺の腕を掴んだ。
「ハルさんが思うように私も同じ気持ちなんですよ、腐った建国貴族と目の前でこの国の歪みをずっと見てきた」
眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべている。初めて見る顔だった。
そして、腕を振り払われる。
「死んでしまいたいと思うくらい、自分の無力さを感じる時だって私にもあります。私の守るべきものは、自分の領民だけではないのも重々理解しています」
「……すみません」
ノウス領の危機を救おうと奔走したのは、そもそもこの人だったじゃないか。
俺は今ベルツのやり口を知ってしまった。
他にもきっと居るんだろう、こんな奴らが。
レンブラントはそいつらに頭を下げてまでやるべきことをやった。
「いえ、良いんですよ。私は貴方のその思いが嬉しい」
彼が襟を直す。
「……もしもの話ですが、今すぐにこの問題が表面化するというのなら、ハルさんの聞いた鉱山に潜む火竜の存在でしょう」
聞き間違いでなければ鉱山に火竜が居る、と村人は言っていた。
そして、アーノルドは嘘だと言っていたが、前からそんな話があるような口ぶりだった。
「イルガルタにとってハイリヒは要所です。グレーターオーガの時とは話が変わってくる。存在が証明できれば、騎士団出征の十分な理由になる」
民国騎士団。イルガルタの国家軍。
出征によってハイリヒが注目に晒されれば、自然と問題は明るみになる。
「……失礼します。行くぞ、二人とも」
そのためには、俺が出来るのは――。




