52.時間では解決できないもの
「――私、先に宿に戻ってるから」
街に戻るまで無言だったクレニは俺の腕に巻かれた包帯を一瞬だけ見て、すぐに駆け出してしまった。
「く、クレニお姉――」
「――リル」
追いかけそうになったリルの肩を掴み、首を振る。
一瞬だけ抵抗しようと肩が前のめりになって、そして止まる。
「……ごしゅじん、私あの時は」
「分かってる」
リルがクレニをただ責めたくて言ってしまった、とは思わなかった。
「……クレニお姉ちゃん、ずっと危なかった」
「ああ」
「戦う時、油断は絶対駄目」
「そうだな」
「自分の力で出来ることを分からないうちに、戦うのは……良くない」
そう言って、彼女の拳が握られる。
俺も思っていたことをリルが言ってしまっただけ。
クレニはとにかく戦おうと前に突っ込んでいてばかりだった。
相手がどんな奴なのか、どんな攻撃をしてくるのか、それに対して自分が出来ることは何なのか。
そういったことを考えず、魔獣との戦いに望むのは危険すぎる。何が起こるか分からないのだから。
クレニのやっていることは無茶で自殺行為そのもの。
「私も、ごしゅじんもいる。だからクレニお姉ちゃんは戦わなくたっていい」
リルとしては出来ることをやればいい、クレニの出来ることは戦うこと以外にもあったはずだ、とも言いたいのだろう。
そして、今のクレニが何故ああまでして戦おうとするのか理解できないフラストレーションもある。
「……私、ごしゅじんが怪我をして、何も考えられなくて……私はごしゅじんが大切だから、でも、クレニお姉ちゃんも大切で――」
混乱。
慕っている姉に酷いことを言った、という罪悪感がリルの中に渦巻いている。
俯いたリルをどう慰めるべきか、迷う。
「……私も、少し風に当たってくる」
「……ああ」
リルも街の中に消えていく。
「一人に、なっちまった」
時間が解決してくれると信じるしかない。
いつものようにギルドで素材を売却し終えたところで、賑やかなホール内に見知った顔を見つける。
「――おう、ハル。久しぶりだな」
白髪混じりのワイルドな不良中年。
冒険者ギルドのノウス支店長、アイザック。
最後に会ったのはイルガルタに来た時だから……もう大分経つのか。
「調子は……って、なんでえ、なんて辛気臭ぇ面してやがる」
「そんなことは」
「嬢ちゃんはどうした?」
今一番聞かれたくない質問。
その思いが顔に出ていたのか、アイザックは真剣な表情に変わる。
「ったく、ちょっと来い」
「いや、もう宿に」
「いいから来いってんだ」
いつの間にか肩に手を回され掴まれてしまえば、逃げようがなかった。
座れ、と隅のテーブル席に追いやられる。
そして、あろうことかビールを二つ注文した。
「こんな昼間から酒って」
「うるせえ。良いんだよ荒くれ者の特権だ」
程なくやってきた、木製ジョッキになみなみ注がれたビール。
アイザックは躊躇いなくそれを呷り、ごくごくと喉を鳴らす。
落ち込んだ時に酒を飲むタイプではない。
しかし、出てきてしまったものは仕方ない。
俺もジョッキを傾ける。
「ノウスの時もこうして酒を飲んだっけな」
グレーターオーガの一件の時か。随分過去の事だと思えてしまう。
「お前はそん時も景気わりい面してたっけな」
「……うるせえ、誰のせいだ誰の」
アルコールが入ったことでアイザックの笑い声がいつもよりも一段と大きくなった。
「で、今度はどうした? あの時とは状況は違いそうだが……」
奴の視線が左腕の包帯に向く。
「その怪我に関わることか? 嬢ちゃんが怪我をした、とか」
「違うよ、リルは何も怪我しちゃいない」
「じゃあ、最近増えたもう一人の仲間絡みか」
「……何で知ってんだ」
ニイッと不敵に笑う。
「言ったろ? ギルドは情報が命だってな。ま、目ぇかけてんだ。時々お前らの活動記録は見てんだよ」
クレニもギルドカードを作って、パーティ登録してある。
知ろうと思えば知ることが出来るのだろう。ギルド側に隠していることでもない。アルミナも知っていたくらいだ。
息を吐く。少し誰かに話したい気持ちはあった。
何があったのかかいつまんで説明する。
「……ま、よくあることだわな」
アイザックは腕組みしながら、そう言った。
「パーティの迷惑になりたくないって考える奴はそれなりに多い。生存率に関わるからな。パーティからのプレッシャーってのもあるだろう」
「俺とリルはそんなこと一言も」
「言わなくても、だ。はっきり言うが、お前と嬢ちゃんは腕が立つ。二人が活躍しているのを見たら、気にする奴は気にすると思うがね」
片目を閉じたアイザックが言わんとしていることは分かった。
出来る奴を見ると焦ったりすることはある。普通のことだ。
「新顔の方は責任感が強いんじゃねぇか? 冒険者なんてアコギな商売、多少図太くいてもらわんと困るが、それはそれで美徳でもある」
アコギって。ギルドの責任者がそんなことを言うな。
でも、クレニは確かに責任感が強い気がする。主体性もあるし。
下水道で子猫を守るために逃げない、責任感というか、勇気というか。
「ま、なんだ……パーティで揉めるってのはしょうがねぇことだ。同じ人間だからな」
びっ、と俺の前に、人差し指が立てられた。
「だが、一つだけ先達からアドバイスしてやる」
「……アドバイス?」
「揉める原因ってのに、互いに知ったつもり、分かったつもりっていうのがある。そいつぁ、関係が長く、深くなればなるほど増えてく」
言われて気づいた。リルとクレニの関係は長い。
空白期間もあるにしても、現役の時から数えたら数年の付き合いになる。
「案外なあなあになってる部分ってのがな、根深い問題だったりするんだよ。そういう時、解決策は一つだ。分かるか?」
「……勿体ぶった言い方するなよ」
「せっかちも嫌われるぜ、ハル。簡単な話だ、こうやって腹を割って話すんだよ」
腹を割って、か。
リルの本音をかつてノウスの外壁で聞いたことがあった。
クレニとちゃんと話をしたことがないことに気付く。
再契約して、それからパーティとして行動して――。
「簡単な話だが、案外出来てねぇもんだろ?」
「……そう、だな」
したり顔をされるとムカつくことこの上ないが、奴の言う通りだった。
リルとクレニの間もそうだが、俺とクレニの間でもきちんと話をする機会を設けられていない。
「それにな、早い方がいいぞ」
調子のいい奴の声音とは違う、真剣なもの。
「言える時に言っておいた方がいい。じゃないと墓の前で独り言をする羽目になる」
返す言葉に詰まる。
奴の言葉には重みがあった。
「人生、すべき後悔としない後悔二つあるってのが分かったんだが……今の話は後者だ」
目を細めたアイザックの眼には今、何が映っているんだろう。
そして、ビールの残りを一気に呷って、ジョッキを空にする。
「どうだ、ハル。いいアドバイスだっただろ?」
「……そういうことを言わなきゃ、な」
「あっはっは、これは一本取られたぜ」
席を立つ。
「でも、助かった。時間で解決していい話じゃないみたいだ」
「馬鹿野郎、そういうのは現実逃避っつうんだよ」
痛いところを突かれた。
勉強料としてビールの代金を置いておく。
クレニとちゃんと話をしよう。




