49.足りないピース
「――さてさて、ここからはシャリア様のスペシャルな講義だ」
講義が終われば、俺たちの講義が始まる。
「ハル。さっきのは忘れてやるから、まずはフレア・バレットからやってみろ。行くぞ――」
すっ、とシャリアが手を上げる。
それを合図に出現する、魔力で出来た五つのターゲット。
手を構え、<フレア・バレット>を放つ。
一つ、二つ、三つ。
四つ目はターゲットが耐えてしまった。
五つ目は着弾前に消失。
「無詠唱は出来るようになったみたいだが、雑に編み過ぎだ。当たっても威力にならなきゃ意味ねぇよ。次、フレア・エッジ」
今度はシャリアが地面から土杭を伸ばして的にする。
「え、俺それ習って――」
「――形態変化だ、頭を使え。戦闘中に習ってませんでしたが言い訳になるか阿呆」
生徒の時より、遥かにスパルタになる。
だが、言いたいことは分かるのでやってみる。
「我、ハルの名において理に定める――」
弾丸ではなく、剣や衝撃波。
しかし火で斬るイメージは俺にはない。
どちらかと言えばその熱量でドロドロに溶かす印象がある。
シャリアが使っていたのは刃を飛ばすようなイメージだったが、放つにも上手い事魔力制御が利かないからこれで――!
「逆巻く炎よ、刃となりて敵を溶断せよ、フレア・エッジ!」
手から炎を出し、そのまま岩に押し当て斬るような発動。
横一線に振るったその軌跡の向こう。
土杭は半分くらいまで溶けていたが、残念ながら断ち切るまでには至っていなかった。
「咄嗟の頭は働くじゃないか。それに回転を加えるんだ。溜め込むバレットやボルトと違って真横に散らして削る感じだな。じゃあ、今日は斬れるまでそれやれ」
アドバイスまでは的確で丁寧なのに、指示は凄く雑だ。
「じゃあ、リル。お前の我流邪道アーツ見せてみろ」
シャリアは、リルに対して特に挑発するような言い方をする。
リルは練習というものがあまり好きではなく、戦闘時のような緊張状態の中で感覚を掴むタイプだった。
だから的は必然的にシャリアになる。
天敵、憎い相手。
リルのやる気が段違いになるのだ。
当然、リルは冷ややかな視線と表情でシャリアに相対し、構え……ない?
「……おい、どうした来ないのか? やる気あんのか?」
すると、ちょいちょいとリルは手招きした。
「今日はシャリアから来い」
「ほほう?」
攻撃一辺倒のリルがあえて受けに回るというのは初めてのこと。
すると風が吹き始めた。
挑発されたことよりも興味の勝ったシャリアは、良いおもちゃを見つけたような顔をする。
「ははん、なるほどな……」
煌々と輝く魔力眼は、何かに気付いたらしい。
シャリアは棒立ちのリル目掛けて一発<フレア・バレット>を放つ。
二人はそこまで離れているわけではなく、炎弾の速度もある。
このままでは――と、何故か炎弾はリルに当たることなく横へ逸れてしまった。
「ほらほら、今度は三発行くぞ」
再び炎弾が飛ぶ。
しかし、同じようにリルの手前で左右に流れていく。
「……どうなってるの?」
「いや、俺にもさっぱり……ん?」
視界のHUD上、俺のMPがじわじわと減っていることに気付いた。
今、俺とクレニは使っていない。
よって、リルが使っていることになる。
「風だよ、風。魔力で風を吹かせて受け流してるんだ」
俺たちの疑問にシャリアが答えた。
「クレニ、適当に落ち葉をあいつへ投げてみろ」
クレニは首を傾げながら、辺りの落ち葉を手に集める。
「い、行くわよ」
「大丈夫、どんとこい」
え、えーい! と随分な大振りモーションで投げられた。
リルの方にはらはらと落ち葉が向かうのだが――空中を舞う落ち葉は風にさらわれ、彼女の斜め後方へあっという間に流れ巻き上げられてしまった。
「風の鎧ってか? 小癪な技だな」
「ふふ、これでお前の攻撃は受けない」
近接戦闘を得意とするリルだが、遠距離からの攻撃にはどうしても弱くなる。
間合いを詰められなくて困る、という状況をこのアーツは解消してくれる。
いつの間にこんなの出来るようになったんだ。
「ごしゅじん、後で褒めて」
ふふん、と珍しく誇らしげな表情を浮かべるリル。
「あん? 調子乗るにはまだ早いぞ」
シャリアが今度は属性変換されていない魔力弾を形成し、発射する。
「それはもう効かな――がふっ」
魔力弾は風に逆らって留まるような動きを見せたかと思えば、リルの額にそのまま直撃した。
仰け反るもすぐさま身体を引き起こした彼女はぶんぶんと顔を振る。
しかしまた、魔力弾がリルを襲う。
壁ハメみたいになっていた。
「はっはー、そよ風過ぎるわ。変換される魔力が多くても、そんな雑な制御じゃ貫けるに決まってんだろ」
ニタニタとシャリアが嘲笑う。
密度の問題らしい。
「シャリア様の鼻を明かしたかったら、基礎をちゃんとやれ」
地団太を踏んだリルは展開を解除してしまった。
尻尾がしょぼくれている。
結構自信あったんだろうな。ちょっとドヤ顔だったものな。
負けん気が強いからきっとスイッチが入って練習するに違いない。
無言でシャリアを睨み付け、そして近くの水桶に手を突っ込み始めた。
「じゃあ、クレニ。お前の番だ、こいつにぶち当てろ」
シャリアは俺の時と同じようにターゲットを空中に出す。
「あの一つじゃなくても、私だって」
「いいからやれ」
「……はい」
クレニは構えて、掌に水球を出現させる。
「アクア・バレット!」
ばしゃん、とターゲットに直撃し、水が飛び散る。
シャリアは頷く。
「ほら、次今度はプルバレットやってみろ」
ターゲット目掛けて連射される水の弾丸。
さっきと同じように水が弾け、撒き散らされる。
それが何回か続く。
「いいじゃないか」
そしてひとしきりの的当てを終えて、シャリアは褒める。
しかしクレニの表情はどこか暗く納得いっていないようなものだった。
「クレニ?」
「先生、私もリルみたいに出来ます」
「ん?」
クレニがシャリアに向けて構え、先ほどと同じように魔力が水へと変換され手の中に集まっていく。
あっという間に彼女の手よりも遥かに大きいサイズに膨れ上がった。
俺のMPゲージからも相当量魔力を使っていることが分かる。
「我、クレニの名において理に定める。凍てつく氷よ……!」
氷?
パキパキと音を立て、水が液体から個体へと――クレニの顔が歪む。
「それ以上はよせ!」
血相を変えたシャリアが叫んだ瞬間、氷が炸裂しクレニの身体が吹き飛ばされる。
「クレニ!?」
駆け寄る。クレニの手は血だらけになっていた。
腕まで捲り上げれば、氷が付着し赤く腫れている。
「クレニお姉ちゃんっ」
「だ、大丈夫よ。ちょっと失敗しちゃっただけ」
「ちょっとじゃないだろお前……」
俺がやらかした火傷とは程度が違い過ぎる。
HPまで減るようなダメージだったと、HUDがクレニの状態を伝えていた。
「おい、クレニ。二段階変換は教えてないはずだが?」
冷たい声。
「だって、水じゃ威力が出ないから――」
「――お前、もう少し魔力込めてたら死んでたぞ」
ひくっ、とクレニは言葉を詰まらせる。
「お前の主人は可愛いもんだったよ、制御が下手だからな。でもお前は洒落にならん」
「でも、私、私は……」
「これ以上言うなら、お前にアーツは教えん」
反論しようとしたところをシャリアは躊躇いなく斬り捨て、踵を返す。
「リル! クレニを医務室に連れてけ。場所、覚えてんだろ」
「分かった。行こう? お姉ちゃん」
リルに連れられ、クレニは俯いたまま医務室に向かう。
「シャリア、その……」
「なんだ」
再びこちらに向き直ったシャリアの顔は険しいものだった。
「俺がもっと気を付けて」
「あれは変換中の魔力暴走だ。さっき言ったろ、術者と魔力眼持ちじゃないと気付けないと。内部で行使する魔力の責任は術者自身が負うしかない」
「でも、なんで……クレニはあんなことに」
「制御下に置いていた魔力の変換が中途半端になってああなったんだよ」
「変換が中途半端ならそもそも」
変換――何かに変えるのが上手くいかなければ、ただ魔力は蒸気のように霧散していくだけ。
「そう。あんなことにはならん。だが、水に変換してから氷に構成を変えようとしていた。維持しながらの変換は並の使い手じゃ出来ん」
シャリアが近づいて、俺の目の前で止まった。
「なあ、ハル。クレニは何回こうして私と会ったと思う?」
「えっと……」
「三回だ。たったのな。ハル、お前が変換を覚えたのは六回目。アーツを使えるようになったのが八回目くらいか。お前も飲み込みは早いが――奴は別格だ」
そうだ。あまりにも自然にアーツを使うものだから、正しく認識できていなかった。
そもそも、こんなにあっさり覚えられるものではない。
「ああは言ったけどな。さっきのも途中までは良かったんだ。突然魔力の流れが妙に揺らいで雑になった」
雑になる、というのは俺みたいに集中力が欠けていた?
いや、あの時のクレニに集中を欠くようなことは無かった。
「ここの問題だよ、ここ」
細い指先が俺の胸の辺りを突く。
「……心の問題?」
「そう。私は、アーツをどういうものだと教えたよ」
「魔力を用いて世界に現象を定義、する……?」
「こういう時に疑問形になるな馬鹿」
デコピンが飛んで来た。
「アーツを振るうとき、世界に魔力をどう焼きこむかはイメージだけじゃない、自分を信じることも大事になる」
「自分を信じる……」
「強い目的意識、意志を持つ、と言ってもいい。その在り方は人それぞれだが……ハル、少なくともお前はそれを体得している」
シャリアが言わんとしていることは分かった。
魔獣再契約、そして、限定解除――どれもその時々で強い気持ちがあった。どうしたいのかも決まっていた。
「クレニは天才だ。このシャリア様が保証する。後は着実に積み重ねて、足りないピースが揃えば化ける」
彼女が歯を見せて笑った。
「だが、気を付けろよハル――クレニみたいな奴はどうも馬鹿げたことをするからな」




