48.助手としての日常
あの時。
<限定解除>なり使ってリルを暴れさせることをすればどうなっていたんだろう、と今になって思う。
そんなことは出来ない。そう、出来ない。
それはハイリヒを取り仕切るベルツ、そして、イルガルタという国に目を付けられる可能性があったから。
――でも、逆に言えばやろうと思えば出来たがしなかった、とも言える。
目の前のあの村人を見捨てたような気分。後味の悪さがあった。
もしも、五年前の俺だったらどうしていただろう?
きっと特に考えることもなく、義憤に駆られハイリヒを襲っていたかもしれない。
いや、あるいは。
苦しんでいるのを見て演出だと、何も思うこともなく俺は――。
「――こら、ハル!」
「えっ」
次の瞬間、制御を失った手の中の炎が爆ぜた。
「わぶっ」
火に変換しかけの魔力は、毛先や手を軽く炙って消失する。
軽い火傷だった。手を振って痛みを散らす。
――スパン、と後頭部に強い衝撃。
背後にシャリアが爛々とその目を輝かせて仁王立ちしている。
「変換中意識を集中しろって言ったろうが、馬鹿者」
「す、すみません……」
「お前ら、今の見たか? これが魔力運用を軽んじ、トチ狂ったツケだ」
彼女の左手によってぐいっと右腕を引っ張られ、眼前の生徒たちに突きつけさせられる。
「まあ幸い? この愚かなどうしようもない助手一号は、幸か不幸か集中力不足によって練り上げた魔力量も大したことがなかったから大事ないが――」
シャリアの右手から魔力球が形成され、少し手から離れた位置に移動。
感覚的に込められた魔力が多いと直感する。
「――こんな感じになることもある」
次の瞬間、勢いよく爆裂した。
俺がやらかしたものよりも規模感が違う。
生徒たちが悲鳴や呻きを上げる。
しかし、爆発の衝撃波の一切はいつの間にか展開されていたバリアによって阻まれており、被害の類は全くない。
「いいか、覚えておけよ諸君。魔力は力だ。そして、現象として変換した時点で貴様らに牙を向く威力であることを忘れるなよ?」
分かったら各々始めろと締めくくり、今日もシャリアの実習授業が開始される。
生徒たちは多かれ少なかれ、目の前で起こったことに感じ入るものがあったらしく、集中してアーツの練習を始める。
「おい、ハル」
胸倉を掴まれる。
「マジで気を付けろよ、本人か魔力眼じゃないと今のは気付けんぞ」
「は、はい……」
「全く。魔力運用がマシになってきたと思ったら……あんなしょぼいミスしやがって。とっとお前も水で練習しろ」
「あだっ」
今度は尻を蹴られた。
成り行きでシャリアの助手を半強制的に拝命。それから本当に助手として扱き使われることになった。
クレニと再会するまでは掃除や書類の整理といった裏方の雑務の傍らで個人レッスンを受けているような形だった。
しかし、シャリアにクレニと引き合わせて以降、このような形で生徒たちの前へ本物の助手として時々授業に参加している。
魔導院的に大丈夫なのだろうか、という懸念――実際魔導院側から何かを言われているようだが、だったら人を寄越せと両断。
シャリアの迷惑にならないように助手業務はそれなりにちゃんとしているつもりだった。
「でも、今のはちょっと不味いよな」
結果的に失敗例を示せたのは良かったのかもしれないが、危うく死にかけるところだった。
これが大量の魔力を注ぎ込む<限定解除>でやってしまっていたら――俺だけでは済まない。
一人一つ渡された水桶。滑らかに波打つ水面に手を添える。
「集中……」
掌から魔力を放射、そこから魔力で球体を象り、徐々に手を水面から離していく。
すると、ぷよぷよとした水のボールが掌にくっついた状態で現れる。
水風船のようなものだ。
風船のかわりに魔力が水をコーティングしている。
当然コーティングが弱ければ勝手に水が抜けていく。
中の水の量を増やせば、コーティング面積が増えるので維持が難しくなる。
魔力運用の中でも基本となる、伝導と構築、そして維持の訓練になるのだ。
アーツの使用には、魔法の杖のような魔導具は必須ではない。
魔法の杖は補助でしかなく、逆に道具無しで使えるようにしなければ後々困るのだという。
その代わり、魔力運用とイメージが重要になる。
この訓練はそのイメージを水風船と分かりやすいものにしているので、その部分の難しさは除ける。
見かけに反して、というと失礼だが、シャリアはとても基礎を重視していた。
「……これはまぁ、出来るようになってきたんだよな」
何度か試運転をしてから、一気に水桶全ての水を魔力でコーティングする。
ぽよんぽよんというよりはもうたぷん、とかぼよん、というレベルの水量。バスケットボールサイズ。
「おらおら、風邪ひきたくなかったら死ぬ気でやれ。このサイズの水量で駄目ならアーツなんざ百年早いぞ」
シャリアが巡回し、生徒たちの状況を確認しながら檄を飛ばす。
生徒たちの中には、縁日の水風船相当のサイズでも弾けさせてしまったり、穴を開けてしまって水を被っている者もいる。
彼らはまだまだ初級と言ったところ。レベル別に実習は行われている。
「火起こし位出来んと火打石にも劣ると舐めたこと言われんぞ、多少出来る奴として意地を見せろ」
魔力運用がそれなりと判断されれば、適性別に今度は属性変換の訓練。
ここからイメージが求められてくる。
火属性に適性ある者は、薪に火を焚く練習だ。
慣れれば、段々火の勢いが増していく。
風属性持ちはといえば――。
「小枝でも、そよ風じゃ切れねぇよ」
立てた枝に風を送り込んで切る練習。
「……先生、やっぱり風で枝は切れないと思います」
ある生徒が困った顔をしてシャリアに尋ねる。
火や水は割と分かりやすいが、風はイメージとして掴みにくい。
強風はあっても、中々切るというのは想像しにくいよな。
シャリア曰く、風属性は習得の難易度がそれなりにあるらしい。
苦戦している生徒が多かった。
「そんなことはない。火や水と同じく魔力運用がしっかりしてりゃあな。おい、リル手伝え」
「……何?」
木陰でぼんやりとしていたリルが立ち上がる。
「お前ら、よく見てろ。この助手二号はサボってばかりの不真面目な不届き者だが……あれやってみろ」
リルが俺の方を見た。物凄く嫌そうな顔をしている。
シャリアに対して初対面の印象を引き継いでしまっているのだ。
俺は黙って頷く。
「……面倒だけど、ごしゅじんのためにやる。仕方ない」
リルは指を立て、背を預けくつろいでいた木、そのやや太めの枝に狙いを定める。
木の葉がざわめいたかと思えば――びっと指先が枝を切るような軌跡を描く。
その瞬間、なぞるようにすぱっと枝が断たれて地面に落下する。
「……これでいい?」
くあっと欠伸をかいて眠たそうにシャリアたちの方を見るリル。
そして、そのまままた腰を下ろして気持ちよさそうに尻尾を風に揺らし始めた。
「ったく、マイペース過ぎんだろうが……おほん。とまぁ、あんな感じでお前らも出来るんだよ。あれはちょっと奇抜だが」
生徒たちは唖然としていた。
枝――人間の腕ほどもあるそれを風で斬り落とせばそうなる。
リルはどうも普通のアーツは苦手らしく、風属性の適性はあれど一切習得していない。
魔力運用が全くダメなのだ。
でも、魔力変換に関しては驚異的で独特なセンスがあるらしい。
「で、クレニは……」
彼女は目立たないよう隅の方に居た。
一旦訓練を中座して、邪魔にならない程度に彼女に近づく。
クレニも水桶の訓練。
しかし、シャリアから渡されたもののサイズは、体育座りすれば入れそうなほどのもの。ここに居るものの中で一番大きいものだった。
「魔力を水で作って、それを魔力で包み込んで……」
水属性の適性を持つため、自前で水の用意から始める。
蛇口を捻る感覚で手の先から一気に放水し、なみなみに注ぎ終えると今度は俺がやっていたように水のボール――否、塊を作り出す。
桶の水を全て使った巨大なもの。
それだけで十分すごいのだが、流石の質量に魔力の編み方が不完全なのか、たわみが強い。
小刻みに波打ち、形状が楕円だ。
「……ふむ、悪くないな」
いつの間にか、シャリアが横に並んでいた。
「それに私が教えていないことをやってるな」
「教えてないこと?」
「ああ。水の質量と重量まで考慮して下側の強度を上げてる。しかも、織物と解釈している節があるな。中の重みに合わせて結びつきが強くなるように魔力を編み込んでいる」
シャリアの魔力眼がクレニの作った水球の構造を克明に暴きだす。
俺には不安定に弾んで重さに負けているようにしか見えないのだが、そんな高度なことをしているのか。
「前方から来る攻撃に後ろも守る必要があるか、ってことだ。効率がいい編み方を覚えると防御系のアーツは抜群に使い勝手がよくなる」
「……で、ここから確か中の水を旋回させて……」
ぶつぶつとクレニが手順を言いながら、水の塊に変化を加えはじめる。
中の水に動きが出始め、ぐるぐると回転し始めた。
それに合わせて下に垂れる様な形状から左右に引き延ばされるような形に楕円が変わる。
「編み直しの早さもいいじゃないか、いいぞもっとやれ、やっちまえ」
シャリアがべた褒めするのも珍しい。
言い方が族っぽいのだけ、どうにかならないのかと思う。
中の水はどんどん加速していく。
ピザ生地が伸ばされるみたいに水球が薄く引き伸ばされていって――。
「あっ、あの馬鹿っ!」
「え――?」
シャリアが吼えた途端、ぱぁんとクレニの作っていた水球がいきなり弾けた。
眼前に迫る大量の水。
成す術なく全身に受ける。冷たい。
「コラァ、クレニ!」
「ぴいっ!?」
シャリアが怒鳴って、クレニに迫る。
見られていたとは思っていなかったらしく、小柄な身体はびくりと震えた。
「お前、今余計なこと考えたろ!」
「違うんです、これなら攻撃に使え――」
「それが余計だってんだ、このド阿保!」
シャリアがクレニへ拳骨を落とす。
ところで彼女はまったく濡れていない。俺の隣に居たはずなのに。
つまり瞬時に防ぐ何かをしたのだ。
見計らったかのように講義終了の鐘が鳴る。
「お前たち、今日はここまで! そろそろ見極めも近い、それなりにやっておけよ」
そして、キッと俺を睨みつけるシャリア。
「おら助手ども、とっとと片付けだ! あと、何水被ってんだ馬鹿」
いや、それはないだろうよ。
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