46.奴隷
「なんか物々しいわね」
「そう、だな……」
クレニの第一印象に同意。
うちはうち、よそはよそ理論でノウス領が穏やか過ぎただけ、とは考えにくい。
何かあっては弁償になってしまう。馬を近くの木に留めておく。
「そこの三人、止まれ」
案の定、歩いて門の付近まで来るや否や数人の衛兵が現れた。
鞘に手を構えている者まで居る。態度まで物々しいな。
しかも格子状の門は降りている。これでは入ることは出来ない。
「ここはベルツ領のハイリヒ村だ。用向きは?」
隊長と思われる、周囲より少し鎧が上等そうな衛兵が代表して俺たちに尋ねてくる。
「ギルドの依頼で。この薬をマクダネルさんに届けに来ました」
物見遊山のついでに受けた依頼。
それは、イルガルタで指定された薬を買ってきて届けてほしいという内容だった。
銅貨一枚と報酬が随分と安いし、それに指定された薬も風邪薬くらいの極々一般的な常備薬というところは気がかりだったが、ないよりはと受けておいた。
しかし、この状況を見るとやや疑念が膨らんでしまう。
「依頼? そんな馬鹿な。ギルドカードと依頼書を出せ」
衛兵の表情が訝しむものになる。そんな馬鹿な、というのは一体どういう。
とりあえず、俺たちのギルドカードと依頼書を渡す。
記載内容を確認し始めたかと思えば、それどころか何度も何度も見比べている。
一言一句粗がないか探しているような目つきだ。疑っているのか?
そして、ギルドカードだけ返却された。
「分かった。では、その薬を寄越せ」
「は?」
「寄越せと言っている。こちらで預かり、マクダネルに渡す。ギルドの方にはこちらから追って連絡しておく」
そんな無茶苦茶な。
「いや、俺たちは薬を渡すだけで」
「罷りならん。ほら、さっさと薬を渡さないか」
隊長の腕が俺に伸びてくる。
「――ごしゅじんに何する気」
リルが割って入った。その手には双剣。
一瞬の出来事でリルが目の前に突然現れたように見えたんだろう、半白遅れて隊長が仰け反る。
後ろに控えていた衛兵たちが各々の武器を構えた。
「……獣人風情が。お前この意味を分かっているのか?」
「……お前はごしゅじんを傷つけようとした。お前こそ、この意味が分かっているのか」
「くっ……」
一触即発。互いに睨みつけ合い、隊長の首にリルの剣先は触れる寸前だった。
「マスターどうすんのよ……!」
クレニがこちらを見る。リルに止めろとも言い辛かった。
抜いてしまった以上、こちらも動けない。
「――何の騒ぎですか?」
男の声。格子の門の向こうからだった。
臙脂のコートに身を包んだ細身の男性。
神経質そうな印象を細い目と整えた頭髪やカールした髭から受ける。
彼の姿を認めるとすぐに衛兵たちは敬礼する。
リルを下げさせ、剣を仕舞わせる。
「……これはアーノルド様、失礼いたしました。この冒険者一行が奇怪なことを言い出しまして」
「奇怪なこととは?」
「ここの者より依頼を受けた、と」
「ほう……」
口髭を弄りながら、俺たちに値踏みするような視線を向けてくる。
「ハルと申します。お騒がせして申し訳ございません。マクダネルさんという方の依頼です」
心証を悪くされても困る。下手に出ておくしかあるまい。
アーノルドは隊長から依頼書を門越しに受け取って中身を一瞥する。
「……まあいいでしょう。詰所までご足労願います。依頼人を呼びますので。門を上げなさい」
ゆっくりと門が開かれる。どうやら窮地は潜り抜けたみたいだった。
「ふん、アーノルド様に感謝することだな」
「そうですね、あの方には感謝しておきます」
リルが何か言いたげにしていたので、その前に遮る。後で宥めてやるから許せよ。
不安そうなクレニの手を握る。
俺たちは衛兵たちに囲まれながらハイリヒ村の中に入ることに成功した。
「こちらです」
詰所は門の近くに置かれるのが当然。
ちらりと村の様子を窺うも、人の気配というものはまるで感じられなかった。要所なら賑わっているはずだろうに。
「では、ここでお待ちください」
アーノルドによって通された一室へ三人で入る。
衛兵は中まで入ってこないようだが、外に控えているに違いない。
「リル、ありがとうな」
「ごしゅじん、ごめんなさい。どうしても耐えられなくて」
「いいよ。次から気をつけてくれれば。あのままだと薬取られて終わりだったし、結果オーライってことで」
リルの気持ちは分かるのだ。内心イラっと来ていた。
ああいうのは避けるべきだが、リルもノウスの街の時に比べれば随分と忍耐強くなっている。ぽんぽんと耳の辺りを撫でておく。
「……まったく、随分と態度が悪いわねここ。マスターを傷つけようだなんて」
ぷんすこクレニも腕を組んで怒っている。
あの時リルを案じてはいたものの、リルの行為自体を止めようとはしていなかった。ストッパーがいないのも考えものだ。
「クレニも気持ちはありがたいが、落ち着け」
「い、いきなり頭撫でないでよ……」
どうどう、とクレニの頭もリルと同じノリで撫でたら怒られてしまった。
ひっこめるといきなりじゃなきゃいいの、とまた怒られる。どうしろと。
「――お待たせしました」
扉が開けられて、俺は居住まいを正す。
現れたのはアーノルドと――。
「貴方が……マクダネル、さん?」
「ええ……私がそうです」
随分とやつれた表情をした男性だった。
シャツにベストと身なりこそそれなりだが、顔色は随分悪い。
「では、薬をお渡しください」
「え、ええ……こちらが依頼の薬になります。確認してください」
皮袋に開いて中に包まれた丸薬を見せる。
「ええ、確かに……」
「この薬で本当にその、大丈夫なんでしょうか」
突然、マクダネルの腕が俺の腕を掴んだ。
「大丈夫です、本当に、本当にありがとうございます、これでこの村も――」
「――マクダネル、もういいでしょう」
アーノルドの声が差し込まれた瞬間、マクダネルの顔が苦悶に歪む。
そして、胸を押さえ始めた。
「マクダネルさん、どうしました?」
「あ、い、いえ大丈夫ですよ……」
「そうです、大丈夫ですから。ほら、マクダネル。依頼料を支払いなさい。早く」
「こちら、が、依頼料です」
脂汗を流しながら懐から握りしめたまま俺に手渡してきた――俺の手に、硬いものと別の何かの感触。
すると、マクダネルの目と合う。
怯えた目。しかし、何か覚悟のようなものがあって――。
「さ、これで依頼は完了です。お三方は恐れ入りますが、早急にお戻りください」
一秒でも立ち去ってほしいと言わんばかりにアーノルドが扉を開いた。
「……マクダネルは連れていけ」
アーノルドの冷ややかな声を背中越しに聞きながら、俺は手渡された依頼料をコートのポケットに仕舞い込む。
「ハル様。このハイリヒはイルガルタの中でも極めて重要な土地。今回は特別に認めましたが、立ち入りませんよう願います」
「え、ええ……失礼しました」
「それでは」
警戒態勢を解かない衛兵たちに見送られながら、門を後にする。
背中でも斬られそうな勢いで、俺たちも完全に背を向けることができない。見張り台の衛兵のボウガンの銃口もこちらに向いたままだ。
ゆっくりと離れる。
「――もう嫌だあああああああ!!!」
突然響いた大声。リルの耳がぴくりと反応する。
「なんだ……?」
門の向こうからだ。遠目に声の正体を捉える。
埃塗れの上半身裸の男。
その胸には紋章のようなものが刻まれている。
「止まりなさい!」
アーノルドの声。すると、男の胸に刻まれた紋章が輝いた。
そのまま男は呻き声を上げてその場に崩れ落ちる。
「痛い、痛い、痛いいいい、ああっ」
じたばたともがき苦しむ男の様子を見て、俺はアイザックの言葉を思い出した。
――奴隷ってのは、隷属の刻印を焼き付け、行動に制限をかけられた存在だ
――違反事項に抵触したら心臓に痛みが走ったり、最悪潰れる
「隷属の刻印……」
あれが奴隷。
「命令に背くからそうなるのです。職務を果たしなさい」
「鉱山にィ……火竜を見た、んだ、あんなもの居たら俺たちはぐぁあああっ」
「黙りなさい」
刻印による心臓への負荷で絶叫する男。
そして、あろうことかアーノルドはその男を足蹴にし出した。
「何を世迷言を。労働を逃れる方便のつもりですか。今まで魔獣が住み着かないからこの鉱山は発展してきたんでしょう」
これは駄目だ。見過ごすわけには――。
「ごしゅじん、だめっ」
リルに引っ張られ足が止まる。
風切り音の直後、向かおうとしていた先にボウガンの矢が突き刺さっていた。
「これはベルツの問題です。出しゃばらないでください、冒険者風情が」
蔑む様なアーノルドの視線。
何かが軋む――それは自分の奥歯が噛みしめて出た音だと気付いた。




