43.キーアの懸念
「いらっしゃい、ってハル坊にリル坊じゃないさ」
相変わらず人気のないレオール工房、店主のキーアはいつも通り剣を磨いていた。
「どうも」
「……って、その後ろのは……」
キーアの金色の目が俺――その背後で身を縮こませている存在に目を付けた。
恐る恐るといったような感じで、俺を盾に様子を窺う。
そして、ぴいっと鳴いて、再び隠れてしまった。
「……あたし、何かしたかい?」
「何も。いや、こいつ、恥ずかしがり屋で人見知りなんですよ」
リルと俺の目が合い、何とも言えない表情を浮かべ合い、そして、背の低い彼女――クレニを見つめる。
「人見知りじゃないし……」
いや、そういうのを人見知りって言うんだよ。
「しっかし、リル坊に飽き足らずこんなに可愛らしいお嬢ちゃんをねぇ……ハル坊、あんた隅に置けないね」
「いや、リルとクレニは家族みたいなもので……こいつら姉妹なんですよ」
片方狼、一方ペンギンだけど、姉妹であることは事実。
「ふぅん……ま、そういうことにしておくさ。よろしくな、クレ坊」
クレ坊って。クレニ坊は言い辛いとはいえ、もう少し良いのは無かったのか。その坊縛りは何なんだ。
こくり、とクレニは首を傾げた。
「ところで何さ、姉妹ってんならリル坊が姉かい?」
「ちがわい! 私が姉……はぅ」
ニヤニヤとするキーアの金色の瞳に射竦められて、あっという間にクレニの威勢が霧散する。
彼女が身を包んだ装いは、リルのそれとベクトルが真逆だった。
フード付きのロングコートを首の留め具まで目いっぱい閉じ、しかも中にはロングワンピースでタイツまで穿いている。
そして、俺と同じく厚手のブーツ。
髪と同じ紺色のものを執念で探し当て、その完全防備のシルエットはどことなくペンギンっぽさがある。俺やリルより一段と背が低いのでなおのこと。
暑くないのか、と聞いてもこのくらいじゃないと駄目、と言い切ったのでもはや何も言うまい。
「で、今日はクレ坊の装備かい?」
「初心者用の装備でもあればな、と思って」
服の入手諸々を終えてクレニが落ち着き話が出来るようになったところで、彼女の方から切り出された。
――今の人間の私なら、きっと戦えるから、と。
戦闘よりも生産に特化していたかつての彼女だが、それ故当時、正直戦力として数えていなかった。
クレニの姉たちが戦闘特化であり、支援職の俺が揃った結果、パーティのバランスが取れていたのだ。リルが加入してからは更に盤石になっていた。
しかし、今の面子は俺とリルだけ。
戦えないこともないが、頭数は欲しいと思っていたところ。
彼女の言う通り、人間態であれば出来ることも増えるのはリルで実証済み。
心配からかリルは、何度かクレニに対して別に戦わなくていい、と諭したもののやる気になったクレニをわざわざ挫くこともない。
「剣でも槍でも、槌でもなんだって扱えるわ!」
こんな感じで妙にクレニが武器が欲しいと訴えている。
「いや、俺のメイス振れなかっただろ……」
さらっと嘘を吐くな。ステータスだけ見れば、特にSTRはかなり低い。一方でINTやDEXはずば抜けて高い。
クレニが持ってみたいと言ったから持たせた途端、ふぬぬぬぐぬぬぬと真っ赤な顔で不安定なモーションでメイスに振られていたのは記憶に新しい。
「あ、あれはマスター専用だからでしょ!」
だとしても、魔獣操師のSTRでちゃんと扱えるメイスだぞ。
「あいあい、分かった分かった。クレ坊、身体貸しな」
「か、身体……っ!?」
「合わせ、だよ合わせ。リル坊、手貸しな」
「わかった」
やることは俺たちの時と変わらない。
ぴい、とか喚くクレニをリルがどうどうと宥めるという不思議な構図を眺めながら、見極めが進んでいく。
しかしどうしたことだろう。キーアの表情はあの時と違った。
首を傾げたり、唸ったりしている。
「ハル坊。奥に来てくれないか」
「奥……? ああ」
「私も行く」
「リル坊はクレ坊の相手してやんな。何、お前の旦那を取るつもりはねぇさ」
「……わかった。お姉ちゃん大丈夫?」
「っ、ふぅっ……こんなに、人間の身体って疲れるの……」
ゆらりと尻尾を一振りして珍しくリルが引いた。
そして、汗だくになったクレニに向き直ってしまう。
連れてこられた奥は、最初やたらとガチャガチャ物音を立てていた場所で――想像通り武器や防具が所狭しと置かれている。
刃だけだったり、柄だけだったりするものもあり、試作品を置いているところでもあるんだろう。一体どんな武器になるのかも分からないものまである。
「それで、一体何が?」
「クレ坊なんだが……ありゃちょっと難しいな」
「難しい?」
「ひ弱って訳じゃなさそうなんだが、どうにも合う獲物があたしの中で思いつかん」
渋い表情で腕を組まれる。
「正直ガキでもナイフや短剣くらい振れるもんだが、クレ坊の場合はどうも短剣でも怪しいんじゃないかと思ってる」
「そんなに……」
「これはあたしの勘みたいなものでちゃんと説明できねぇのが未熟の限りなんだが」
「いやいや、俺たちの武器も見てもらってるしそこは信用してるよ」
キーアの見立てには信頼を置いている。
彼女が言うのだから間違いはないだろう。
装備制限ではなさそうだが、果たして。
「兎にも角にも、アーツを使うもやしっ子どもと似てる感じがあるのさ。そもそも護身用か何かで武器を持たせる気なんだろ」
そう。クレニのステータスからして前衛ではない。前衛は足りてる。
アーツを覚えていないのと、彼女の強い希望があったからこそ、とりあえず武器を見繕うことにしただけ。
「杖は魔導屋で探しな。とりあえずこれが一番良さそうだ」
魔導屋か。術符の件であまりいい思い出がないが、それはシャリアに相談することにしよう。
キーアがクレニに鞘に入ったナイフを手渡す。
「クレ坊、とりあえずこいつを持っていきな。あんたの体格ならこれくらいが丁度いい」
「ナイフって……もっとこう強そうな武器とか」
黒鉄のナイフにクレニがげんなりする。
「そんなこと言うなよ。扱いやすさ持ちやすさは結構大事だぞ、それにキーアの武器は何でも一級品だ」
「そりゃ見れば分かるけど……まあ、最初はこういうものよね」
クレニが納得したので代金支払いを済ませる。
サイズ的なものもあるんだろうが、俺たちのものより随分と安かった。
「じゃあ、今日はこれで――」
次は実戦――と思った矢先、工房のドアベルがからんと揺れた。




