42.いつか見た光景
宿の部屋に戻ってきて俺を出迎えたのは、ふがふがもごもごと蠢く服と毛布で出来た山。
そこから、クレニの頭だけ出てきた。
リルの方を見る。私がやったわけじゃないと首が横に振られた。
それはそれとして、リルもリルで何故か俺の服を口元に当ててゆらゆらと尻尾を揺らしている。
どこから片付ければいい。
というか、店主に事情説明している間に何があった。
「……クレニ、一つ良いだろうか」
「何よ」
「なんでお前……そんなことになってんだ?」
灰色の瞳がじとっと俺を見る。
「逆にどうして人間は毛皮なしで居られるのよ、恥ずかしくないの!?」
「いや……裸はそりゃ恥ずかしいけど、服着てるし。クレニも服着たんじゃないのか?」
「リルの服全部穴が空いてた」
「穴?」
はて……穴、穴なんてあったか? 多少のほつれとかは仕方ないと思うんだが……。
再びリルへ視線を戻す。ふすー、ふすぅうううう……と俺の服を吸い込んでいる。
「……リル、何やってんだ」
「ごしゅじんの匂い覚えなおしてる……ん、この匂い、一番好き……ごしゅじん、ごしゅじん……好き、好き……」
目をとろんとさせて、どこか意識がトリップしている。
一刻も早く止めさせたいが、一番無理をしたのは彼女だからここはもう何も言うまい。
「あー……なんとなく分かったが、クレニ、リルの服はそういう服なんだよ」
通気性がいいというか、肌面積多いからな確かに。
人は露出度が高いというが、クレニからすると穴が空いているように見えると。言わんとしていることは分かる。
「信じられない……リルだって毛皮なくて困らないの?」
「耳と尻尾もあるし、何よりごしゅじんの匂いがあれば別にいい……むふふ」
マイペース過ぎるリルの回答に愕然とするクレニ。
「……あー、後で服は買うとして、とりあえず今までの経緯を教えてもらっていいか?」
これでは話が一向に進まない。
「経緯って言っても、気が付いたら知らない場所に一人で居て襲われそうになって、あの場所でずっと隠れてたの。それだけ」
「どれくらい隠れてたんだ?」
「……もう必死だったし、日の光なんて入ってこないから覚えてないけど、それなりに長いこと、だったと思う」
伏せられた目、その表情。
リルと同じだ。長らく一人であの下水道や水路に隠れていたんだ。
それなり、と彼女は濁したが、きっと長い時間が経ってしまっている。
「ごめんな」
「別に、いい。こうやってまた、会えたから。それに……」
「それに?」
「ううん、何でもない。それより、あの猫たちは大丈夫だったの?」
「ああ、どうにかなったよ。飼ってくれる人探してくれるって。利口で大人しいからしばらくここで面倒も見るってさ」
クレニが身を呈して庇った捨て猫たち。
最初は渋られたけれど、諸々の迷惑料を握らせて納得させた。
金で解決することは悪いことではない。大事なのは使いどころだ。
野菜くずや牛乳を食べていたところまでは見届けてきた。
勝手に捨てられるということもないだろう。
「そっか、よかった。ちびたちだけ心配だったから」
「元々下水道に居たのか?」
「ううん。別の場所で見つけて、つい拾ってきちゃって……元々はもっと綺麗な場所に隠してたんだけど、あの鼠が来てそれで」
あのドブネズミが来てからとなると、本当に数日前くらいの辺りのようだ。
「私あんまり鼻が利かないから気にならなかったんだけど、ちびたちは辛そうで……もっと私が強かったら」
クレニの名前を考える時、ヒントになるかと思ってペンギンのことを調べたことがある。
ペンギンは嗅覚がさほど発達していない。
「でも間に合ったんだ、責められることはないだろ」
「そう、なんだけど……私のことなんかより、そうよ。マスターやリルの事、聞かせてよ」
言ってばかりではクレニも疲れるに違いない。
かいつまんで俺とリルの状況を説明する。
「……お姉たち、居ないのね」
「ああ、多分あちこちに散らばってると思う。クレニも見つけたのも偶然みたいなものだし、だから俺たちは旅をしようとしてるんだ」
「でも、大丈夫なの? その……マスターとリルは弱くなっちゃったんでしょう」
「だから一足飛びには出来ないのは辛いところなんだけど……」
「大丈夫だよ」
ずっと黙っていたリルの声が割って入った。
「確かに弱くなった。今も弱い。けど、今のごしゅじんと私は昔の私たちに出来ないことが出来る。だから、大丈夫」
限定解除や火属性アーツの使用は、かつて出来なかったこと。
当時ベースで考えると弱いが、今のレベルで出来ることとしては相当多彩になっている。
人間態の戦闘もハンデを負っているというわけではない。
小回りも効くし、選択肢が増えたと考えるべきだ。
「クレニもその身体だったら出来ることが色々増えると思うぞ。俺もやっとまともなアーツが使えるようになったんだ。一人で魔獣も倒せる」
「この身体……なら」
布の山から手を出して、まじまじと見つめるクレニ。
「そっか、じゃあ、私も……」
クレニは戦闘系のスキルやアーツを持っている訳ではなかったが、リルのようにスキルを習得することも不可能ではないはず。
「だから、また力を貸してほしいんだ。クレニ。頼む」
「マスター……」
「クレニお姉ちゃん、ごしゅじんはもう居なくならないって約束してくれたから」
「ああ、必ず」
右手を差し伸べる。
手の甲には再契約にあわせて増えたクレニの紋章が確かに刻まれている。
「……べ、別にそんな改まって言われなくても、おと、っ、んんっ、マ、マスターのためなら力を貸すに決まってるじゃない」
クレニがおずおずと握った。
遠慮がちではあるが、ぎゅっと確かに握ってくれた。
「クレニお姉ちゃん!」
「わぶっ、な、なにすんのよいきなり!」
感極まったのかリルが山に突っ込んだ。
「クレニお姉ちゃん、お姉ちゃん、んふふふふ」
「ひゃっ、こらっ剥ぐなっ、ちょっ舐めるなあっんひぃっ!?」
握ったはずの手がぷるぷる震え、離されてしまった。
そして、再び顕わになるクレニの身体。
一応服を着ることには着ていたようだったが、盛大に肌蹴けさせてリルが首筋を舐めている。
「……俺、もう少ししたらまた呼ぶから」
「まっ、待ってマスター置いてかないで、はうんっ」
「クレニお姉ちゃん、美味しい。はぐはぐ」
「お、美味しい!? わ、私美味しくないわよ! ああっ、齧らないでぇっはむはむしないでぇっ」
「リル、ほどほどにな」
「がう。ごしゅじんも後ですりすりしたい」
聞かなかったことにして、部屋を後にする。
「……リル、楽しそうだったな」
生き別れた家族が見つかればそうなるか。
リルは一番下。クレニは姉になる。きっと甘えたいというのもあったのだ。
あのじゃれついている光景は見覚えがある。
姿かたちは変われども、かつてあった光景。
それを見て、俺は懐かしさやほのぼのとした思いを覚える。
そして、かつてと同じ状況には未だ戻っていない、欠けているのだと強く感じ入ってしまった。




