39.助手第一号
「なるほど、魔獣操師に魔獣契約ね……」
俺たちから事情を聞きだしたシャリアは、満足そうにノートへ羽ペンを走らせる。
あくまでも魔獣操師に関わることだけ。
場所は再び戻って、散らかった研究室。
多少心得があるとか言って、俺たちに回復アーツまで使いだしたことについては驚かないことにした。
リルは耳を畳んでしまって俺に撫でられるがまま。
一方的にやられたことが相当ショックらしかった。
「しかし、本当に不思議な術式だ。魔力は本来、誰かに渡すなんて出来ない」
「そう、なのか?」
「魔力は魔素を自身の中で転換し蓄えるもの。人それぞれ微妙に形が違う。下手に誰かの魔力を注ぎ込まれるようなことがあれば暴走するか、最悪爆発する」
頭の中で風船が破裂する嫌なイメージが浮かんだ。
「お前たちの話にあったグレーターオーガもそういうパターンだろう。魔獣の暴走というのは往々にして魔力が原因だ。魔石を食ったのか知らんが別の魔力に毒されたに違いない」
体表に突き出ていた結晶は、魔石だったのかもしれない。
あんな無数にゴブリン召喚するなんて芸当は余りある魔力が為せる業。
魔獣の活性化は、何らかの原因で魔力を蓄え過ぎたのか、あるいは、ということか。
「じゃあ、リルももしかして……」
魔力を注ぐという行為――何度も<ブースト>を試した記憶が冷や汗となって過る。
シャリアが首を横に振る。
「理論上ないな、お前たちに満ちてる魔力は全くの同一。同じものの量を増やしただけで変わる訳がない」
良かった、暴走の危険性はないのか。胸を撫でおろす。
「だが、それも理論上あり得ないんだよ。血と同じく、同じ人間、兄弟ですら似て非なるもの。ましてや人間と狼の魔力が一致するなんてことはない」
「それは……」
言いたいことは分かる。けれど見当はついていた。
きっと、ゲームシステム的に契約魔獣と共用しているからだろう。
しかし、言えるわけもない。
「そういう点に置いて、その魔獣契約というのは魔力の質を整える、あるいは別々のものを繋いで同調させることに本質があるのかもしれない。非常に興味深いよ」
極めて研究者的な推察をシャリアは述べる。深く突っ込まれないだけマシなのだが。
それはそれとして全然違う魔獣と契約して、共用のMPでそれぞれがアーツを発動する、という仕組みをちゃんと解釈すると、確かにそうなるのかもしれない。
今の話で、個人的に納得したことがあった。
魔獣操師の壁、契約レベル制限。
同調させるために術者側へ力量としてのレベルを求めていると考えてみれば、あながち無理な制限ではないと思える。
魔獣操師って……案外緻密に設計されているロールじゃないのか?
「だが、誠に不可思議なことに、今のお前たちには無駄が多い」
脱線した思考を戻す。
「無駄?」
「だって、そんなに高度な魔力運用が出来るはずなのに、ハルの使うアーツはそれぞれで魔力運用のレベルがまるで違うんだよ。別人が使ってるんじゃないかってくらいな」
「魔力運用のレベル?」
「その反応からして理解に苦しむが……つまりな、限定解除とチェーン・バインドの時とでは、チェーン・バインドの方が死ぬほどヘッタクソってことだよ」
死ぬほどヘッタクソって。
一応、優秀なアーツとして多用しているのに。
シャリアから見ると、一瞬で破壊できるようなバインドは下手くそかもしれないけども。
「あーなんていうかな、ガワだけで中身が伴ってない、スカスカ。脆いって言ったろ?」
「といっても、あれはそういうものとしか……」
<チェーン・バインド>は<チェーン・バインド>。
あれには上級とか中級みたいな上位互換の概念はない。
「そんなことはない。ガワの魔力量だけ高すぎて構造的に脆いという話だ、やろうと思えば私のように出来る」
<ソーン・バインド>の蔦の拘束は強烈だった。
ソーンの方は、発動中も多少移動が出来る。
一方で、拘束力が控えめかつ火属性に弱いという欠点がある。
チェーンの方は、移動が出来ないかわりに強固。
そして魔獣操師しか使えない。
互いは、限定的な相互互換の関係だ。
縛られるという感覚は初めてだったけれど、現役の時は何度も食らっている。愛用者も多い。
しかし、当時を思い出してみると、シャリアのものほど強烈ではなかった気がする。
「ま、さっきので分かったのはこれくらいかな。で、こっからは取引だ」
「取引?」
「忘れたのか、勝ったほうが言うことを聞くって」
「あー……今のでチャラじゃ?」
「ないわ。ひひひっ、さぁて、リルお前をどうしてやろうか」
ニヤニヤした意地の悪い笑み、そして、ワキワキと妙な動きをする指。
ひん、とリルは尻尾を巻いて、俺の背中に隠れようとする。
「……ってのは、冗談だよ。普通に今度も研究に協力してくれりゃいい。元々言いふらすつもりもねぇし。勿論、報酬も出そうじゃないか」
「報酬って」
「このッ、華麗なるシャリア様の……アーツ講義だ!」
シュバッ、バッと両手を胸の前でクロスし、コートを靡かせるシャリア。
芝居がかった動作を目にして、一瞬理解が遅れる――今アーツ講義って言ったか?
「ふふん、どうだ。中々ないぜ。私は見込みのある奴しか基本やる気を出さない主義だ」
「アーツ講義って高いんじゃあ……」
「金に興味なんてあるかよ」
やや冷たい声でばっさり言い切られてしまったので、言葉に詰まる。
「ま、まあ、こっちも研究対象が死なれちゃ困るし、もっと魔力運用を極めることで、限定解除のように術式に変化が生まれるかもしれない、私しか得しないのさ」
そう悪ぶって言っているものの、俺たちにはメリットしかない。
実質タダでアーツを覚えられるのだ。しかも、相当の使い手から。
それに彼女の言う通り、魔獣契約に関して研究してもらえれば、皆を探す手掛かりになるかもしれないし、新しいアーツを見つけられるかも。
ふと、リルが震える瞳で俺を見ていたのに気付く。
気高き狼の面影はなく、リルがチワワになってしまっている。
動物実験とかされちゃたまらない……よな?
「リルを傷つけないのであれば」
「解剖なんてしないっての。私の眼で視れるんだからさ」
そんなことはしないだろうと思うが、ちょっとマッドな気質があるので言質は大事。
「じゃあ、お願いします。先生」
差し出した手をシャリアが握る。
「――契約成立だな。ようこそ、助手一号、ハル君」
ん? 助手一号?
「魔導院に出入りするには、助手ってことにしておかねえと面倒なんだよ」
「ああ、なるほど」
「いやあ、でもこれで、私も念願の助手が二人も手に入ったわけだ」
なんだか嫌な予感。
しかし、ひっこめようとした手は外れてくれない。
――つ、蔦が巻き付いているではないか! アーツをこんな使い方するなよ!
「助手、ってことにしておかねえと面倒だから。分かるよな、ハル?」
シャリアの笑みが影が差しているようにも見えてきて、段々悪魔に見えてくる。
契約は契約でも、悪魔との契約をしてしまったのか。
「それじゃまず部屋の掃除から頼もうかな。ほら……ここ、散らかってんだろ?」
気付いているなら、自分で掃除しろ!




