38.魔獣操師 vs 不良教師
「――ここなら絶対に人が立ち入ることはないから安心しろ」
シャリアが案内したのは研究室にあった古めかしい扉の前だった。
そして、開くと建物ではなく、全く別の空間。花畑が広がる美しい場所。目を疑った。
「ここは私の庭。空間と空間の狭間に少しだけ間借りした場所さ。私が認めた者しか入れないし、空は広いように見えるが無限ではない。私が知覚しうる範囲で存在する領域だ。魔力眼を持つ者くらいしかこの場所を上手く扱うことは出来ない」
さらっと言っているが、いきなり異次元的な場所に連れられて理解が及ばなくなりつつある。
足を踏み入れてみる。
足から伝わる地面の感触は土を踏みしめた時と同じ。研究室の硬い床ではない。
「これどうやって……」
「アーツとは、魔力を用いて世界に現象を定義し固着させる術理だ。やろうと思えばこういうことも出来るというだけ、理解すればいい。ま、百年くらいかかるんじゃねぇかな?」
「……御託は良い」
「なんだよ仕方ないな、結構手入れ大変だってのに……少し焚きつけ過ぎたか」
頭を掻くシャリア。
対峙するリルは戦闘態勢を取ったまま、低い声で威嚇する。
「視たところ、ハルがリルに魔力を渡しているようだから、二人がかりでかかってこい」
「私一人で十分」
「――全力で来いと言っている。そうじゃないと、面白くないからな」
にやりとシャリアは笑って見せた。
「リル、悪いが加勢するぞ」
メイスを構える。
「ごしゅじん、私が」
「いいや。この不良教師、二人でボコボコにするぞ」
冒険者として大分頭が野蛮になってきたのか、流石にそこまで言われてしまっては黙っていられない。
「ほほう、ハル……案外お前もやる時はやるタイプか。って、私のどこが不良だ、コラ」
そういうとこだよ。
軽く肩を回してシャリアは棒立ちのまま、俺たちに相対する。
しかし、只者ではないことはグラップラーベアを仕留めた時に分かっている。
脅威なのは、魔力眼ではなく、あのアーツの威力や精度だ。
自信に見合うだけの実力はある。油断はしない。
「良い魔力の揺らぎだ――さあ、来い」
シャリアの一言で、まずリルが一直線に飛び込む。
風切るような速さ。手加減なしの首狙いの斬撃が振り下ろされる。
刃先は首に食い込むことなくもっと手前、薄い膜のようなものに防がれる。
何度か斬りつけるも首手前から全く攻撃が通らない。
おそらく<シールド>だ。打たれ弱い魔法職の生命線のアーツ。
「リル、アーツを使え!」
一旦大きく飛び退き、リルが溜めの動作に入る。
その間に、俺がメイスでシャリアを殴りつける。
「おいおい、顔目掛けて殴るか? 美人が台無しになるだろ」
「……ビクともしないんだが、っ……!」
全力のはずだった。これも障壁に阻まれている。
まるで壁を殴ったような感触だった。
しかし、あくまでも俺の攻撃はただの時間稼ぎ。バックステップで距離を取る。
すれ違うようにリルが飛び込んでくる。
シャリアの目前に迫ったところで身体を捻り回転を加えてから、右の双剣を叩きこむ。
<ブロウインパクト>――拳・剣、槌系単発アーツ。長い溜めと引き換えに多少の装甲なら貫通できる。
しかも、これはSPとMP両方を消費する、魔力攻撃扱いにもなるアーツ。
ここ最近の戦闘で<武器熟練・双剣>がLv.3にレベルアップし、習得した技だ。
魔力によって強化された一撃が防護膜に衝突、互いの魔力によって火花が弾ける。
防御膜に亀裂が入り始めていた。これなら貫ける。
「あー……そんな汗臭いアーツじゃないんだよ。見たいのは、さ」
しかし、シャリアは全く動じた様子はない。
彼女が飛び退いた直後、ガラスの割れたような音を立てて<シールド>が破壊される。
魔力を伴った斬撃が地面に炸裂し、その余波で土煙が立ち込める。
「他はないのか、ええ?」
煙幕からシャリアが飛び出してきた。距離を取るつもりか。
「お望み通り――チェーン・バインド!」
飛び出した銀鎖が空中で逃げようのないシャリアの身体を捕まえ、縛り上げる。
捉えた、手ごたえはある!
「リル!」
煙を抜けてリルが三度飛び込む。
拘束して一撃必殺。俺たちの基本パターン。
シールドは破壊できるし、逃げようがない。これなら――。
「――このアーツは面白いが、ちょっとなあ」
リルが飛び込む直前、いきなり銀鎖が内側から弾け飛んだ。
グレーターオーガの時に見た魔力波に近い。
その衝撃でリルの突撃にブレーキがかかる。
「お返しだ。アクア・プルバレット」
リルの眼前に突き出されたシャリアの手。
そこから無数の小さな水球が高速射出され、リルの全身へ打ち水のように殺到し吹き飛ばす。
水属性!? 使えるのは、土属性と無属性だけじゃないのか!
「リル!」
「おらおら、魔力運用がなって無さすぎて脆いぞ、ハル――テラ・スパイク」
グラップラーベアの時に使われたアーツが、今度は俺に牙を向く。
俺の立っていた地面が四角く切り取られ、猛烈な勢いで吹き飛ぶ。
足場を持っていかれれば防ぎようがない。
その勢いのまま、俺の身体は空中に投げ出される。
「これくらいは耐えろ、冒険者――フレア・エッジ」
先ほどの俺への意趣返しか、浮遊感が落下に変わる寸前に今度は炎の刃が俺に迫る。
火属性も使えるのか――辛うじて左腕の小盾の防御が間に合う。
「ぐぅっ……!」
ずしりと来る衝撃と熱。防いでるのに威力が殺し切れない。
<フレア・エッジ>は初級のアーツなのに、この威力は。
横方向に吹き飛ばされ、地面を転がる。
「ごしゅじんっ」
「相手を気にする前に自分だ、ほら。ウィン・バレット」
「がふっ」
空気弾がリルの腹部に直撃し、俺の方へと吹き飛びぶつかる。
体勢を立て直す。
二人とも大きく吹き飛ばされているだけでダメージはそこまでない――いや、棘無しの<テラ・スパイク>といい、手加減されているということか。
「ほうら、シャリア大先生は全くもって元気だぞ。さあ、本気を出せ」
一方のシャリアにはダメージどころか、服に埃一つ付いていない。
フィフスマギナの魔法職――一般的に魔術師などと呼ばれるようなポジションは、二属性までのアーツ習得を推奨される。
属性一つに偏れば、耐性を持つ相手に不利になるためだ。
しかし、三属性以上はごっこ遊びや趣味の域だと言われるようになってしまう。
それは、アーツの習得上限の兼ね合いによるもの。
育て、覚えられるアーツの数には限りがある。
そして、<属性魔術>の各スキルのレベリングは中々厳しい。
今、シャリアは、土、水、火、そして風。無属性の<シールド>も合わせたら実質五属性使っている。
常道ではない。
今まで使われたのは全て初級に相当するが、ここまで手慣れているとなると、中級、上級まで使えるんじゃないかと思えてくる。
何より、純粋に強い。
PvPでもこんなテクニカルにアーツを使ってくる奴は見たことがない。
「……リル、本気でやるぞ」
リルが魔獣態――白銀の狼の姿を取り戻す。
『絶対に、狩ってやる』
「おお、それだよそれ! ははん、なるほどなるほど」
文字通り目を輝かせて、リルの威容をまじまじと眺めるシャリア。
ああくそ、余裕ぶった顔が段々イライラしてきたな。
本格的にリルの気持ちが移ってしまったみたいだ。
「……その余裕、絶対後悔させてやるからな! 我、ハルの名において理に求める――」
魔力は十分にある。ありったけ全部叩きこんでやる。
「ほう……面白い術式だ、近代のアーツの構造じゃない。遥か昔の美しく優美な構造で編み上げられている」
迸る魔力の奔流にもシャリアは全く動じない、むしろ分析に入り始めている。
縁の鎖というパスを意識し、魔力をリルに注ぎ込む。
必要なのは、あの余裕綽々な顔を驚愕させるくらいの力だ。
「縁の鎖で繋がれし魔狼、その秘めし力の軛を解き放ち祝福を与えよ――<限定解除>!」
グレーターオーガの時と同様に、攻撃力を極限まで魔力でドーピングする。
咆哮する銀狼。
一足で彼我の距離を詰め、そして前足の爪を振り抜く――<疾風爪閃>。
無限とも思える再生能力を持ったグレーターオーガのコアを切り裂いた一撃。いかに硬かろうが、紙切れ同然に切り裂けるはずだ。
「なるほど確かに本気だ。だが、ちょっとそれは洒落にならないな」
――魔力眼が一際紅く輝いた。
刹那、どこからともなく蔦がリルの身体に巻き付いた。
<ソーン・バインド>の無詠唱……!
それらは雁字搦めに彼女を拘束し、軋みを上げて蔦が固く締まっていく。
「ハル、バインドというものは、非常に高等な技術を要求するアーツだ。一本一本魔力の綻びが無いように魔力を練り上げて形成せにゃならん。しかし、慣熟すればこう出来る」
リルは逃れようともがくが、逆にますます絡まり拘束が強固となっていく。
彼女の悲鳴が俺の頭に響いてくる。
「リル――えっ?」
助けようとして、動けない。
いつの間にか、俺の身体にも蔦が巻き付いていたのだ。
動くたびに締まっていく。
「ああ、悪い悪い。さっき巻いておいたんだよ」
全く気付かなった。
「後はそうだな――」
シャリアが動けなくなったリルに近づき、手を添える。
――どくん。何かが身体の内側に入ってくる。
『あっ、くっ……何を……』
『面白いな。魔獣の姿の時は話せないのかと思ったが、なるほどパスを通じて直接意思を魔力に載せていたのか』
頭に響くシャリアの声。
なんで声が聞こえる。
『それと、魔力で構成する質量が桁違いになるから消費も激しいと……なるほどよく分かった。これ以上はお前たちが危ない、か』
また別の何かが、外側から内側に入ってきて――何かを閉じられる。
瞬間、蔦が消滅し、縛られていたリルの身体が光に溶けていく。
「私、なんで――」
――人間態に戻ったリルが倒れ込み、自分の姿に愕然となる。
維持するための魔力はまだ残っているはずなのに、どうして。
「強制的に解除させてもらっただけだ。魔力枯渇はやり過ぎると死にかねんぞ、ハル。術者のお前だけじゃなくて、リルもな」
勝てない。
違う、勝とうと考えたことすら愚かだったのだ。格が違い過ぎる。
「これは……私の勝ち、でいいよな。ハル?」
コートのポケットに手を突っ込み、シャリアは笑みを浮かべた。




