36.不良教師との出会い
「ひとつ」
巨大化した蜂――ブラストビーへ疾駆し、背後からその両翅を斬り落とし、毒針のついた腹を真っ二つに叩き割る。
けたたましい羽音は途切れ、緑色の体液が飛び散る。
しかし、まだ獲物は残っている――リルの喉笛を噛み千切らんとサーベルジャッカルが飛び掛かって来ていた。
遅い、と言わんばかりに、リルはジャッカルの顎を回し蹴りで迎え撃つ。
特徴である長い牙ごと叩き折られたジャッカルは甲高い悲鳴を上げ、宙に投げ出される。
「ふたつ」
そして、着地よりも早くリルの二撃目の剣が腹を引き裂く。
着地したと同時に彼女は姿勢を低くする。
続けざまに薙ぎ払われるファイアリザードの尻尾。
仕切り直し、とリルがバックステップを繰り返してこちらまで下がってくる。
「いけるか?」
返答はなかった。
獲物にぴったりとその視線を合わせたまま、リルは獰猛な笑みだけ残して再び地を蹴った。
今度は最短距離の直線機動ではない。
ファイアリザードを中心として円を描きながらリルは疾駆する。
その軌跡を追うようにファイアリザードの吐く火球が炸裂する。
回避のためではなく、あくまでもタイミングを見計らっているのだ――火炎袋に溜め込んだ火の残量が僅かになり、口から火花しか出なくなったその瞬間、リルが自らに急制動をかけ、鋭角に切り返す。
弾丸の様な速さで俺たちの背くらいある蜥蜴の懐へ潜り込み、そしてすれ違いざまに剣を振り抜く。
「これで、みっつ」
リルが双剣に付いた血を払い、カチンと鞘が金属音を発した。
その直後、ごろり、と刎ねられた蜥蜴の首が落ちた地面で一回転し、残った胴体から血液が吐き出された。
やがて巨体が地に沈む。
「うん……うん、この剣、やっぱいい」
こちらに振り向いたリルの表情は、先ほどと打って変わって満足そうな邪気のない笑み――服に飛び散った血さえなければ。
猟奇的、という言葉が頭に出てきてしまう。
「……あー、やっぱそんなに違うか?」
「全然違う。狩る時の手応えが楽しい」
楽しいって……仕舞ったのにまた鞘から抜いて、黒く輝く刀身にうっとりした表情を反射させている。
「するする肉が斬れて、ふふ……」
深掘りしない方が良かった。
頬を染めないでくれ。その武器、呪われていたりしないだろうか。
街を巡って翌日。ギルドでお勧めされた狩場に試運転がてら来ていた。
これで四戦目になる。
ノウスから離れた場所であっても、生態系的なものはそこまで変わっていないらしく、ノウス森林で見た顔ぶれも居る。
しかし、今回それに混じって、新顔のサーベルジャッカルとファイアリザードが現れた。
「……やっぱ経験値の入りが良いな」
平均レベルが一段階上がった印象。そのお陰でサクサクレベルが上がる。
グレーターオーガとの戦闘も含めて、Lv.28まで来た。
戦闘時間も短くなってきている。苦戦しなくなった。
レベルによる恩恵もあるんだろうが、それよりも、俺たちが戦闘を相当経験したことでどう立ち回ればいいのか身に染みてきている。リルも人間態の戦闘を完璧にマスターした。
そして、何も言わずとも呼吸を合い、合わせられるようになっている。
パーティとしての質が上がったのだ。
「後は武器か……」
上等な武器、と見た目からして分かっていたことだが、使ってみるとさらに上等だというのがよく分かる。
恐ろしく馴染むのだ。
リルほど狂喜乱舞するほどではないが、俺だって攻撃する時手応えを感じられている。
「ごしゅじん、もっと狩ろ」
尻尾が左右に振られる。興奮冷めやらぬ、らしい。
「おいおい、少しペースを下げても……」
「もっと試したいのもある……けど、今のままじゃクレニお姉ちゃんと契約、できないんでしょう?」
あの日――クレニを目撃してから、しばらく街を探したものの見つからなかった。
ギルドに来たのも、その情報を集めるためだった。しかし、空振り。
リルの嗅覚でも水路以降ぱたりと消えてしまって、追うことは出来なかった。
だから、せめてレベリングしようという話になった。
見つかった時にすぐ再契約できるように。
二つ目の契約スロットはLv.30くらいで解禁になる、はずだ。
「早く、見つけないと、狩らないと」
「リル、慌てても――」
――悲鳴。
「リル、今のどこからだ」
「こっち」
林を駆け抜け突っ切る。
先導された向こうでは――熊が学生らしき三人組を襲おうとしたその寸前だった。
「チェーン・バインド!」
飛び出す四つの銀鎖。
振り下ろされようとしていた上腕も巻き込み、熊の身体を縛り上げる。
「リル!」
アーツの発動で強制的に足を止められた俺と違い、リルはもう熊の目前まで迫っている。
首を落とさんと黒い刀身が二振り突きたてられる――が、刃は首にめり込んだだけで切断するに至っていない。
奴は痛みで激昂し、拘束を破るべく左右に身体を振り乱す。
なんて膂力だ。グレーターオーガの時のように、鎖が破られかねない。
「……お前ら、早く逃げろ!」
呆然としたまま三人組は腰を抜かしてその場を離れようとしない。聞こえていないのか。
熊の狙いは学生に絞られ変わる気配がない。
リルが何度も刃を突き立てているのに、全く注意が逸れない。
鎖が何度も擦れて音を立てる。
距離が近すぎる。
バインドが破られるようなことがあれば、その勢いのまま襲い掛かるはずだ。
バキン、と一本が砕けた――まずい、このままだと連鎖的に破壊される。
「早く逃げ――」
「――テラ・スパイク」
どこからともなく響いた地属性アーツの名。
熊の足回りが不自然に蠢き、隆起し始める。
そして、その範囲が広がって――嫌な予感がした。
「リル、下がれ!」
首を足蹴にしてリルが離れた瞬間。大地が土杭となって、熊の胴体を一気に刺し貫いた。
アーツによる地形変動に耐えきれず、強制的に拘束が解除。
銀鎖を形成していた俺の魔力が粒子となって発散する。
しかし、拘束が外れてもなお、串刺しになった熊は沈黙していた。
その両腕から血が滴る。
リルが組みついていた辺りには衝角が飛び出している。
もしもリルが離れなかったら――恐ろしい想像が過る。
「……気を付けて」
分かっている。警戒は緩めない。
熊だけじゃない、リルごと仕留める気だった。
アーツを使えるということは人間か?
「全く、これだからガキのお守は面倒なんだがな――」
女性の声。俺たちと同じように林を掻き分け、視線の先に現れる。
古びたコートを身に纏った黒髪の女性。
「――でも、中々面白そうな奴に出会えたみたいだから、良しとしよう」
コートのポケットに手を突っ込んだままこちらを見るその目は、紅く輝いていた。




