↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/62

35.鍛治師キーア・レオール



「いらっしゃい」


 店内に入るといかにもなおっさん――ではなく、姐さん、みたいな店主が剣を磨きながら出迎えた。

 褐色の肌に赤髪に一条入ったメッシュの色は金。非常に目立つ。

 しかし、一番目立つのは何よりもチューブトップというんだったか、布が悲鳴を上げているそのはちきれんばかりその胸――ギリリ。腕を抓られる。


「いてててっ、何すんだ」


「ごしゅじん、あれは無駄肉」


 一体お前は何を言っている。胸のことか。

 ふんすと張られた胸に、俺はどうしろと。


「……冷やかしかい?」


「あ、いやそういうわけじゃないんですけど……」


 半目で見つめる主人。頼むから腕を組まないでくれ、強調されるだろう。

 視線を気合で外して店内を見回す。立てかけられた武器はどれも頑丈そうな作りだと一目でわかる。


 ノウスのは序盤の武器屋という感じで、見覚えのある武器も沢山あった。しかし、こちらはほぼすべてオリジナルらしい。

 二分された店内の左側に移る――なんと防具が置いてあった。


「あれ、防具も置いてある」


 技術がまるきり違うからなのか、武器は武器屋、防具は防具屋と分けられていたのに。

 プレートメイルのような完全防備の金属防具から、革製の防具まで品揃えが良い。


「そりゃそうさ、うちは防具も取り扱うレオール工房だからね」


 胸を張る主人。ゆさっと弾んだものについては何も見なかったことにする。

 レオール工房。工房という響きは年を重ねてもなんだかわくわくしてしまう。


「それにしても、どれもがっちり頑丈そうでいい――」


「――分かるかい!」


 えっ。カウンターに居たはずの女主人がいきなり目の前に現れ、俺の手を握っていた。


「命を預ける武器と防具、消耗するのは当然だが、だからって雑な仕事をする言い訳にはならん、何なら一生壊れないってのが理想さ」


「ええ……」


「かーっ、まったくここの連中はベルツが一番と盲目的になって駄目だ、あれは見た目だけのハリボテだってのに! あんたはどう思うんだい?」


 早いって。早口でそんなに喋られても。

 リルが尻尾をぴんと立てて、目を丸くしていた。


「……そういった意見は尊重されるべき、かと」


 途中から何を言ってるのか分からなかったので、曖昧に同意しておく。

 俺の返答に満足したのか、うんうんと一人合点されてしまった。


「いやあ、良かったよ。話の分かる奴がまだこの街に居たみたいだ、あんた名前は?」


「は、ハルです」


「ハルか……気に入ったよ、あたしはキーア・レオール」

 

「――ごしゅじんに近づきすぎ」


 僅かな隙間を潜り抜け、俺とキーアの腕の間からすぽっとリルが入り込んだ。

 俺の視界を、彼女の後ろ髪が塞ぐ。

 そして、リルはむにっと胸を鷲掴みして、後方に押しやった。


 指が沈んだのを俺の目は見逃すことが出来なかった。

 そっと目を離す。


「おっと、悪い悪い……つい癖でさ、あんたは?」


「リル」


「リルか……ふふふ、あんたの目も気に入ったよ、剣にも負けない鋭い目だ」


 こちらからは見えないが、リルはきっと威嚇しているのだろう。

 しかし、それにも全く動じない様子で、むしろ気に入ったと来た。

 

「ふふ、サービスしてやる。何が欲しい?」


「それが――」


 買うとは決めていなかったが、とりあえず事情だけ説明する。

 するとリルの双剣だけでも見せてほしいと言われたので、その通りにする。


「ふむ、こりゃ芯がずれてる……げっ、金具のかみ合わせ精度が悪いね」


「それなりに手入れはしてたつもりだったんですが……」


 解体は下手くそなリルだが、双剣の整備は丹念にしていて、それこそ鼻歌混じりに砥石で毎日研いでいた。

 買った時より痛んでいるのは間違いなかったが、それでも綺麗な方だ。


「ああ、手入れ自体は行き届いて素晴らしいの一言だよ。それ以前の問題さ、これは剣を打った時点で歪んでる」


「そんなこと分かるんですか?」


「当たり前だろう。この程度分からなきゃ職人失格よ。さ、リル坊、手を出しな」


「り、リル坊……」


 予想外の名付けをされてしまい、ぱちくりと目を瞬きさせ復唱するリル。


 ぐにぐにとリルの白い手がキーアの指に押される。

 なんだかマッサージみたいだ。そして、俺も手を出してチェックされる。


「……嵐のよう」


 それから、俺はメイス、リルは双剣の木の模型を持たされ構えをチェックされたり、片足で立てだの一体何をしているのか分からぬまま、かなり細かく指示をやり通した。

 リルの言う通り、嵐のように目まぐるしかった。


 その間、キーアは黙々と頷くばかり、メモを取ることもない。

 そして、全ての工程を終えたのか、よし、と一言言って奥に引っ込んでしまった。

 

「職人って感じだ」


 完全な偏見と先入観。しかし、付き合いやすそうなタイプではある。

 奥からガチャガチャと金属音。

 ああでもない、こうでもないとも聞こえる。

 

「悪いね、待たせた」


 十分ほどだろうか、汗だくのキーアが戻ってきた。

 その腕に抱えられ、そして胸にホールドされていたのは、鞘に納められた双剣とメイス。


 それぞれの刃先や打面の金属色は銀ではなく、どちらも黒。

 鈍い輝きを放つそれは重厚感がある。

 グリップの終端には、獅子を象ったデザインがあしらわれていた。工房のシンボルのようだ。


「若干気に入らない部分もあるが、ある中では一番良いものだ。持ってみな」


 お互い握ってみる。

 メイスは前のものより、若干長くて細い。

 グリップの握り心地は吸いつくようで、しっかりと握り込める太さだ。


 リーチが長くなった分振りにくいかと思ったが、振ってみると遠心力に引っ張られるような感じはなく、むしろ遥かに振りやすくなっている。

 先端に返しがあって、ある程度なら貫通攻撃も出来そう。


「……いい感じ」


 リルの方も具合が良いらしく、何度も構えては素振りし頷いている。

 しかし、マイナーチェンジ程度の俺と比べて、形状はまるきり異なる。


 よくある短剣然としたものから、鉈のように先端まで幅広の片刃。

 刺すのではなく、斬ることに特化したものだ。


「うーん、悪くないんだが、やっぱりズレてるな」


 使う側ではなく、何故かキーアの方が唸る。


「俺は大分いい感じなんですけど。リルもそう思うだろ?」


「ん、これなら沢山狩れる」


 今までのがなんだったんだくらい。


「ハル坊のはまだ良いんだけど、リル坊のは形状からしてまだ合ってないんだ。っても、あたしの中でも答えが出てなくてね、申し訳ないね」


 リルがふるふると首を振って、双剣を抱きしめた。相当気に入ったらしい。

 そう言ってもらえると職人冥利に尽きるがね、と少しだけキーアは照れる。


 それにしても形状が合っていないとは。短剣から鉈へ、それから、一体何になるのか。


「えっとまあ、俺たち武器に困ってたんで、キーアさん今日はこれを買わせてください。いくら、ですか?」


「キーアさんはよしてくれ、気持ち悪い。そうだね……」


 これだけ良いものだ。目が飛び出る価格だったらどうしよう。

 大抵欲しいと思ったものが高かかったりする。


 しかし、キーアの口から提示された額は想像を遥かに下回っていた


「えっ、本当にその値段でいいんですか?」


「ハル坊、その面倒な喋り方も止めな。これでも少し高いくらいだ、二人に完璧に合った武器じゃないからね」


 職人としてのプライドなのか。

 

「じゃあ、買います」


「喋り方!」


「えっ、ああ、買うっ、買うよ、こんなにいい品ありがとう!」


「よし!」


 ニカッと歯を出して笑うキーアに代金を支払う。

 古い武器は研究に使わせてほしい、ということだったのでタダで引き取ってもらう。


「ハル坊、ちょくちょく顔を出しておくれ。使ってみた感想も聞きたいし、リル坊の双剣を考えておくからさ」


 上機嫌で手を振るキーアに見送られながら、レオール工房を後にする。

 案外時間がかかってたらしい、空は夕焼け色に染まっていた。


「結構長居しちゃったなあ……」


「ごしゅじん、早くこれ試したい」


 リルは目をキラキラさせて抜き身の双剣を近づけてくる。

 危ないっての。こどもがおもちゃを外で出すのと訳が違うんだぞ。

 

「今日はお預け。それは明日な」


「むぅ、早く狩りたい」


 今宵の剣は血に飢えている、という奴。

 良い武器を手に入れたことでリルの狩猟本能が相当に刺激されてしまったみたいだ。


 うずうず、と身体のあちらこちらが小刻みに動いている。尻尾も暴れまわってる。


 すると突然、きゅるる、と可愛らしい音がリルのお腹から鳴った。

 

「あ……でも、お腹空いたからご飯食べたい」


 あれだけ臨戦態勢アピールをしていたからか、少しだけ恥ずかしそうに目が伏せられる。

 かくいう俺も、つられて小腹が空いてきた。


「他にも色々見たかったけど、明日も行けるし、今日は飯屋でも探すか」


 現代日本より娯楽が少ない今、飯は非常に重要な要素である。リルの士気にも関わってくる。

 

「そういえば屋台街ってのがあるんだっけ? 今日はそこに――」


「――こんの、泥棒魔獣がああ!!」


 響いた大声に身構える。魔獣? こんな場所で?

 通りの方だ。リルと共に向かう。


 騒然となっている通り、追いかける男とそして、追いかけられる――涙目になったアデリーペンギン?


 一心不乱に走るペンギンの足が石に躓く。身を投げ出される。


 しかし、ペンギンのまるまるした身体のお陰でそのまま転がっていく。 

 そして弾むように水路へとダイブしてしまった。


「……クレニお姉ちゃん?」


「おい、リルっ」


 クレニだって? 

 でも確かにペンギン型の魔獣なんて普通こんな場所に出てくるわけ――。


 リルを追いかけ、水路を覗き込む。

 どこにも見当たらない。逃げてしまったのか。


「本当に、クレニだったのか……?」


「絶対そう。風で匂いが分かりにくかったけど……間違いない」


 絶対の自信を持って、リルが告げる。


 なんて偶然。それに、無事なのは分かった。

 でも、何故こんな場所に居るんだ?

  



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。