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32.会談

 

「わざわざすまないね、アイザック」


「いいえ、レンブラントの坊ちゃんに呼ばれれば火の中でも馳せ参じる次第よ」


「それは僕が焼けちゃってることになるから困るな」


 しょうもないアイザックの冗談に冗談で返す、優男。懐も広そう。

 年齢は本当に俺と同じくらいか、少し若いかもしれない。

 いけ好かない先入観(イメージ)はとっくに崩れていた。


 そして、柔和な微笑みを湛えながら彼が俺たちに向く。


「これは失礼しました。私はレンブラント・ノウス。ノウス領を治めさせてもらっている者です。ご足労感謝します」


 爽やかな笑みと共に手が差し出される。営業マンだったら百二十点満点だ。


「お世話になります、冒険者のハルと申します。こちらはリル」


 しかし、俺だって慣れているぞ。その手を握る。

 ソファに腰を落ち着けると同時に、お茶とお菓子をメイドさん――アルミナがテーブルに用意していた。いつの間に。


 リルが出されたマドレーヌらしきものをノータイムで手に取り、ひょいと口に入れてしまった。

 

「お、おいリル。こういうのは手をつけちゃ」


「美味しい」


「ふふ、お口に合ったようで」


 ひょいぱく、ひょいぱくっ、と放り込んでいく。

 美味しいじゃないんだよ、美味しいじゃ。

 ああ、何か食べさせておけば良かった。

 アルミナの笑みに、冷や汗が止まらない。


「構いませんよ。アルミナの作る菓子は美味しくて、私も止まらなくなる。ハルさんもどうぞ」


「え、ええ……ではお言葉に」


 社会人になると、小心者になってしまう。アイザックのニヤニヤした笑みが鬱陶しい。

 勧められた以上食べないわけにはいかない。食べてみる。


 やはりマドレーヌだった。

 バターの風味やミルク、砂糖の甘味が舌に沁みる。


 しばらく菓子と呼べるものを食べていなかったことを思い出した。

 これは確かにリルが手を伸ばすのも――レンブラントとアルミナの暖かい眼差し。


「あっ、す、すみませんっ、美味しくてつい……」


「いいんです。砂糖菓子も高いですし、こういう時に食べるものですよ。まあ、食べながら私の話を聞いてもらえれば」


 手をつけてしまった一つだけ口に含んで咀嚼、そしてお茶と共に嚥下。これでよし。


「まずは、ハルさん、リルさん、貴方たちには感謝しています。多くの犠牲を出してしまったことは心苦しいですが、あのまま発見が遅れていたら、万が一、ということもあったでしょう」


「……俺たちは出来ることをやっただけ、というのもカッコつけた言い方になります。運があっただけです」


「運も実力のうち、という言葉もありますよ。議会は私の陳情を不手際としか見ず、受け入れてくれませんでした。正直、あの調査が分かれ目だったのですよ」


「あの依頼はな、坊ちゃん、いいや、レンブラント様が私費も含めて投じた完全な持ち出しのものだったんだ」


「え、でも、あれは国からって……」


 アイザックの言葉に疑問を覚えた。

 確かに奴は国からの依頼、と言っていた記憶がある。

 レンブラントが苦笑いする。


「自力で解決するからどうにか国としての正式依頼にしてくれないか、と申し出た結果です。調査の結果、対応できないほどの危険な魔獣が居たら、国を巻き込んでしまおうと思って」


 合点がいった。国の名前で依頼を出すことを通じ、もし危険な魔獣が見つかった場合、国として危機管理に動いたという建前を作ったのだ。


 そうすれば、結果として、最終的には国は否が応でも動くことになる。

 最悪の事態を防ぐための保険。


 レンブラント個人の持ち出しで、国は懐が痛むわけでもない。

 そして、動くべき時に動いたという形を作れば、万が一の事態にも民衆からの叱責は少なくなるだろう。


「つまらないことで他の貴族に貸しを作るのは癪ですが、領民に関わることは別ですからね」


 言葉の節々から責任を担う者としての重みを感じる。

 少なくとも俺には、良い領主であろうとする気概が伝わってきた。


「そして、無事に自力解決となりましたから。首の皮一枚繋がって良かった」


 懐は痛みますがね、ははは、と笑うのに、どう反応すべきかわからない。

 出費の原因の一端は、俺の財布の中の銀貨だ。

 

「さて、アイザック、ハルさん。もう少し今回の件、詳しく話してくれますか?」


「ええ――」


 それからアイザックの報告をベースに、俺が洞窟での出来事を説明する。

 ヨルム村のことまで説明することになるとは思わなかった。


「ゴブリンは一切見られなくなりましたが、かわりに凶暴化した魔獣たちがあちこちで出没しています」


 流石にいつもの砕けた調子という訳にはいかないんだろう、丁寧な口調でアイザックが影響について報告をする。

 

「冒険者たちや衛兵で対応出来る範囲ですが、しばらく混乱は後を引くことになるでしょう」


 ゴブリン騒ぎはグレーターオーガを倒してハイ終わり、と言うわけにはいかなかった。


 魔獣たちがほとんど見つからないくらいやたらと出てきたということは、それだけ他の魔獣たちの縄張りを荒らしていたということ。


 ゴブリンは倒しても塵になるだけだし、餌にもならないから飢え、結果人里をより襲うことに繋がる。


「ここは一旦減税して、自給体制を整えることが先決ですね。アイザック、頼んでおいた衛兵の登用はどうなっていますか?」


「十分ではありませんが、徐々に希望者は増えています」


「よろしい、装備は彼らのものをしばらく流用し、頭数を増やすことを優先しなさい。雇ってからの諸々はこちらで準備しておきます」


 意思決定がどんどん行われている。

 しかし、アイザックはギルドの支店長だったはず。

 ギルドはいわば世界的な組織で独立しているものだと思うのだが、どうして役人のようなことをしているのだろう。

 

「ああ、すみません。こういうのは早めに決めるだけ決めておかねばなりませんから。頼むよ、アルミナ」


 アルミナが持ってきたいくつかの書類に、レンブラントはサインを終える。


「ところで、ハルさん。私はもう一つこの件で気がかりがあるのですよ」


「気がかり、ですか?」


「ええ。今回お呼び立てした理由の一つでもあります。オーガを屠ったという銀色の狼について」


 平静を保て。


「先ほど申し上げた通りです。銀色の狼が突然現れ、オーガを屠った。そして、どこかへ消えていった」


 緊急時だったからとはいえ、人目に付く場所でリルが魔獣態に移行してしまったのは、不味い。


 だから居なかったことにするには無理があると考え、居たという事実は報告してある。リルとも口裏を合わせている。


「ええ。それについては他の冒険者の証言通り。ですがね」


 眼鏡の奥の視線が鋭くなる。


「狼の魔獣は貴方の指示で戦っているようにも見えた、と」


「……それはたまたまそう見えただけでしょう。私たちはオーガを倒さねば洞窟から出られないと考え、奴の動向に注意していた。構図的に共闘しているように見えただけです」


 落ち着け、俺。一応、想定している範囲内だ。

 行き倒れるような極限状態だったのだ。

 最悪、幻覚でも見ていたのだといくらでも片付けられる。


「なるほど……」


 レンブラントは、悠々とティーカップに口をつける。

 こっちは喉が乾いて、口の中が張り付きそうだというのに。


「そういえば、ヨルム村でも狼の魔獣が現れたそうですね。それも銀色の狼だったとか」


 冷や水を浴びせられた気分だ。

 思わずアイザックを見そうになった。

 村長の手紙には魔獣態のことなんて書いてなかったんじゃないのか。

 

「随分狼の魔獣に縁があるようだ……というより、狼に、でしょうか。リルさんも狼人族のようですし」


 勿体ぶった言い方をしているが、まさかリルの正体に気付いているのか。


 彼の視線がリルの方に向かう。

 下手にリルに喋らせないようにするのは逆効果だ。

 俺には何も出来ない。固唾を飲み込む。


「……私はごしゅじんのために狩るだけ。他に興味はない」


 しかし、リルは特に気にするでもなく、マドレーヌを放り込んで飲み込む。


「でも、ごしゅじんと私の邪魔をするというのなら、誰であろうと――容赦はしない」


 低い、威嚇するときの声音。

 レンブラントの目を射貫くようなその目には、敵意ではなく殺意が乗っている。


「いやはや、リルさんは可憐でいながら魔獣のように恐ろしい気迫をお持ちだ」


 レンブラントの声音が、先ほどまでのこちらを探るようなトーンではなく、優しい語りかける様なものに戻る。

 

「その矛先はぜひ、今後とも貴女の敵に向けてください。ああ、私は敵になるつもりはありませんよ」


 とんでもない、とわざとらしく両手を振った。


「ハルさん、今後ともよろしくお願いします。貴方たちはイルガルタにとって貴重な人材、何かあれば私を頼ってください」


「え、ええ……」


 差し出された手を握る。


「まだまだアルミナのお菓子は沢山ありますから。もっと食べてください」


「お菓子……美味しい」


 むぐむぐとまたリルがマドレーヌに手を伸ばす。

 いつもの彼女の姿がそこにはあった。



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