31.メイド、そしてノウス領主
今回は無事に街に入ることが出来た。
今までは縛られたり、詰所で不審者扱いされて待たされたり若干のトラブルがつきものだった。
社会的身分というのは、やはりとても大事だと思った。
「あー……疲れた……」
中々しんどい旅だった。
馬車から降りてすぐ、腰を回して凝りを解す。
あのエンカウント以降、また馬車は穏やかな旅路を運航していた。
だがしかし、慣れない馬車の揺れと人間工学なんて一ミリも考えられていない直角の板椅子は凶器だ。
「ハル……お前、まだ若いだろうが」
けっ、とアイザックが何とも言えない視線を向けてきた。
何だその目は。
ハルとしての身体は、広瀬陽之の身体より随分と軽い。
それに、大抵眠ればなんとかなる。
三本骨折する大怪我を折ってもHPは九割がたまで戻っている。
動かし辛いというような違和感も無くなっていた。
しかし、それはそれ。これはこれ。
アラサーだって、結構来るときは来るんだぞ。
「デカい街だなあ」
アイザックの後ろをついていく俺たち。
まず門の時点からサイズが違った。
ノウスは馬車二台分の幅くらいしか無かったが、こちらは五台くらい入りそう。
衛兵も数が多かったし、装備も金属製でしっかりしていた。
さらには、上部にも弓兵を配置していたし、防備は万全。
そして、門から伸びた大通りから見える発展具合と人の多さ。
大通りから伸びる通りも大きい。ノウスの大通りくらいのサイズ感だ。
馬車も平然と走ってるし。
「イルガルタは商業の街だから、露店もそうだがとにかく店が多い。夜になると露店の面が変わって、ここ一体全部飯屋通りだ」
「へえ……」
リルの涎を啜る音は聞かなかったことにした。
でもまあ、銀貨あるし……初日くらい贅沢してもいいよな?
上から見てみると、街の全景はきっと碁盤の目のようになっているんだろう。
ちょうど交差するところに人が集まるような広場が作られている。
ノウスも大通りの十字路を起点に拡張しているような感じだったから、もしかしてイルガルタを真似しているのかな?
「お前ら、気持ちは分かるが観光はほどほどにな。スリもそれなりに出るし、何よりこれからが本題だぞ」
そうだった。完全に頭が観光モードになっていた。
「領主様って、どんな人なんだ?」
「……今更だな、馬車の時に聞いとけよ。まあ、そうだな、一言で言うといいとこの坊ちゃんだ」
「坊ちゃん……? 若いのか?」
「先代が流行り病で亡くなって成人まもなく継いで……イルガルタの貴族連中では随分若い方だと思うぜ」
成人、十八ぐらいだとして、もしかすると俺より年下の可能性があるのか。
こういう話を聞くと自分の年齢を思い出して、少し何とも言えない気持ちになる。
それにしても若くして領主か……お約束で言えば、いけ好かない我儘領主とかのイメージがあるんだけど。
「ノウスは爵位貴族だし、ますます肩身が狭くて……おっと、これは言い過ぎた」
「いや、気になるところで止めるなよ」
しゃくい貴族……爵位、か?
ただの貴族と違うのか?
気になる。
アイザックの奴はギルド支店長という肩書を得てからなのか、それとも生得的なものなのか、いいところで話を切る癖があることに気づいた。
一方で、リルは全くもって興味がなさそうな顔をしている。
彼女もまた興味がないことに対して態度が明け透けすぎるきらいがあった。
俺たちはどんどん奥に進んでいく、それに合わせて街並みが変わってくる。
活気がなくなる、というより閑静な住宅街に踏み入れつつあるような。
「ここだ」
アイザックの足が止まった。
自然と俺たちの視線が目の前の建物の全貌を収めようと、下から上へ。
イルガルタの発展した街並みの中でも一際洗練された大きなお屋敷。
煉瓦と石材で隙間なく作られ、屋敷と街路は鉄柵で仕切られている。
現代でも通用するデザインだった。
似たようなものをテレビで見た記憶がある。
貴族――そりゃ金持ちだよな。
「ほら、呆けるな。行くぞ」
衛兵というのか警備員というのか、彼らにアイザックはなんと顔パスし、俺たちもついていく。
こういう場所には縁がない人種だ。無意識に警戒してしまう。
庭を突っ切るように石の通路を通って、玄関前に辿り着く。
何故か扉が独りでに開いた。
自動ドア――いや、クラシカルなロングドレスに身を包む黒髪のメイドさんが扉を開けていたのだ。
「アイザック様、お待ちしておりました」
「相変わらずタイミングが良いな」
「気配で分かりますから――」
メイドさんと目が合う。
胸の辺りがぞくり、とした。
リルと同じ切れ長の瞳、そして泣き黒子。
色香が凄まじい。
「――ハル様、リル様。ようこそおいでくださいました」
恭しく一礼するその姿は、芸術的の一言。
メイド属性は無かったはずなのに、こんなにも胸がときめいて――ぎゅう。
リルの細い指が俺の頬を抓っていた。
「いててっ、何すんだよ」
「ごしゅじん、デレデレしないで」
リルの胡乱な目。
彼女の指は未だペンチのように俺の頬を挟んだまま。
そして、びっと思いっきり引っ張られてから離される。痛いだろ。
「ふふ、仲睦まじくて羨ましいですわ。さ、こちらへ」
くすり、とメイドさんは笑った。少し居心地が悪い。
屋敷内は外観同様立派なもの。二階建てのようだ。
広間に鎮座する大階段は、仕事で一回だけ商談場所にした高級ホテルを思い出させる。
先導していた彼女は、横の大きな扉をノックしてから開ける。
応接間らしい。瀟洒な誂えのソファにテーブル、そして調度品といった応接セット一式が出迎えた。
「ご主人様、アイザック様たちをお連れしました」
「ありがとう、アルミナ」
栗色の髪の学者然とした格好の若い男性が微笑む。
整い、どちらかというと格好いいより凛々しい甘いマスク。
彼が領主様だろう。
なるほど、これは坊ちゃんだ。しかも優男だ。




