01
空気中には目に見えないが水蒸気があり、それが上空で冷やされて雲になる。この雲の中で発生した水滴や氷の粒が、ぶつかり、くっつき、重くなって地上に落下してくるのが、雨である。
「だからって、急すぎるだろ……」
昨夕の天気予報での解説を思い出した南雲蔵人は、不満を口にした。
高校に入学して二ヶ月。特に問題なく過ごしていた蔵人にとって、最初の試練のように思えた。梅雨の時期とはいえ、学校帰りの最中に急な土砂降り。日中は傘を不要とする天気だったため、雨から身を守る術を持たず、全身水浸しになりながら、建物の軒下に背中を預ける。どこかの店舗らしく、シャッターが降りていたので、しばらく居させてもらうことにした。
往来には蔵人と同じく、急な雨に対して駆けずり回る人々が絶えない。カバンを頭上に掲げるサラリーマン、喫茶店に駆け込む学生、自転車なので雨にさらされるしかない主婦――そうやって慌てふためくのが当然の状況だったからだろう。その少女の悠然と歩む姿は、自然と蔵人の目を惹いた。
同じ学校のセーラー服を着た少女が、カバンひとつを後ろ手に持ち、走るでもなく蔵人のいる建物に向かってきた。
傘も挿さず、ますます激しくなる雨に塗れながら近づいてくる少女。壁を背にしたその横顔には、見覚えがあった。クラスメイトの澄空麗音である。あまり話したことはないが、綺麗なロングヘアと物静かな印象は覚えていたため、思い出すことができた。
彼女も雨宿りのため、蔵人のいる建物へ入ってきたのだろうが、蔵人からは一定の距離が取られている。服の濡れ透けを警戒しているのだろうが、中途半端に視界に入る以上、妙な気まずさを蔵人は覚えてしまう。まして話しかけるなど困難。その近寄り難い雰囲気が、ここまでの悠然さと相まって、神秘とも不気味とも感じられた。
雨の勢いは止まらず、往来の人影は完全に無くなっていた。地面を打ち付ける雨音が、けたたましい。
このまま止むのを待つか、一気に駅まで駆け抜けるか――蔵人は、焦りと苛立ちで混乱していたが、澄空は目を閉じ、背筋を伸ばした状態で佇んでいる。一定間隔で行われる胸の上下運動が、呼吸の安定を物語っていた。
そんな彼女の姿を何度も脇見していた蔵人は、自分の佇まいを恥ずかしく感じ、冷静になろうと自戒する。このまま無言で過ごすのも、しんどいと思えてきたので、一言でも声掛けしようと決心した蔵人は、彼女の方に首を向けて絶句した。
澄空が蔵人の方へ、やや斜向かいに立つと、セーラー服の裾をたくし上げて、額の水滴を拭ったのである。
白い肌が露わになり、白い下着に覆われた二つの胸が、蔵人の目を釘付けにする。
セーラー服を戻した澄空と目が合う。彼女は初めて蔵人の存在に気づいたかのように見えた。しばらく視線を外せない二人。やがて澄空が蔵人に向かって歩み始める。
(お、怒っている? でも、あれは不可抗力だし……)
心の中で言い訳をする蔵人の前に来た澄空は、
「俄雨」
という言葉を蔵人に投げかける。
「この時期、急激に発生した雲から集中して振ってくる雨のことよ。短時間に全部を放出するから、すぐに止む。だから、もうじき晴れるわ」
そう言い終わると澄空は、まだ激しく降る雨の中へ、一歩を踏み出す。とっさに止めようとする蔵人に、瞬時に向き直り、
「あと、あれは水着よ」
と言い残し、また雨に塗れることを物ともせず、ゆっくりと歩きながら雨の中に消えていった。
一度に様々なことが起き、頭の中が整理されるまで、蔵人は行動ができなかった。このまま澄空を行かせてよかったのか、追いついたとしても覆うものがないと意味がないのではないか、やはり謝った方が良いのではないか――などと考えている内に、雲は晴れて青空が広がっていた。澄空の言う通り、すぐに雨は止んだのである。
帰路に就く蔵人には明日、どのような顔をして澄空麗音に会うべきか、そのことだけを考えざるを得なくなっていた。




