宮廷下女エミリー、第三王子に告白されて幸せな結婚生活を送れる筈が婚姻相手はまさかの狂犬第二王子! 〜婚約破棄して国ごとひっくり返してやりますわ〜
ブルースカイ交流企画「MM交流」の小説です。
※この小説はパラレルであり、実際のMM交流のキャラクターとは何も関係ありません。
※ギャグ(のつもり)です。
※パラレルです。
※正史でも野史でもない。
※こんな事実があってたまるか。
私、エミリー! ニグルス大陸の宮廷で下働きしている可愛い女中!
先日、ひょんなことから第三王子の困った性的嗜好を打ち明けられ、時に夜な夜な彼を虐めて愛を確認し合っていたところ
「そんなに想い合う王子がいるなら結婚するがいいよ」
と通りかかりのファルコン王に言われてあれよあれよと婚約となった次第。世界は幸福の薔薇、鈴蘭の香りに包まれた──筈だった──
「想い合ってる王子は俺じゃねぇーッ!!」
だが婚約の場に出てきたのは第二王子だった。違う。私達が愛を囁き合っていたのは見目麗しく賢く可愛げのある第三王子なのに! その場に居合わせた第一王子は薄暗い愉悦の笑みを浮かべていた。ちくしょう、アイツか、わたくし達を謀ったのは。薄い唇を勝利の色に染めやがって。その余裕の愉悦を自ら引き裂胸毛を全部むしり取ってやる……わたくしが第三王子を夜な夜な虐めるサディストであるのを思い出させてくれるわ、わたくしはそう胸に誓った。
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「聞いていないぞ」と暴れかけ、第一王子サルビアに今にも殴り掛からんとした二王子アカを鎮めたのは、第三王子カイドウであった。
「暴力はいけません」
カイドウはそう言い、暴れ出す狂犬第二王子の側頭部を手刀で打ったのである。見事な手腕。一撃だった。わたくしは何度目か分からない恋の淵に落ちる感覚を覚えた。彼のこういうところがクールでスマートで好きなのよ、それなのに困った被虐趣味があるというギャップが堪らない、今度はどうやって虐めてあげようかしら。どさりとアカの倒れ伏した音で現実に戻された。
「君も晴れてネチェルファルコンの血族になれて嬉しいだろう。王子と懇意にしてくれてるとは知っていたからね。今後とも仲良くしてくれたまえよ」
第一王子のサルビアは相変わらず勝ち誇った表情をしていた。わたくし達が秘密裏に思い合っている事を知りながら、全然違う男と結婚させるなんて。
「そう、そうやって悔しがる顔が見たかった! 日中ウサギのウンコを踏んで気が滅入っていたがその気持ちが洗われるようだ!」
靴は洗ったんだろうな。そう聞く前に
「衝撃の婚姻発表で倒れたアカを自室に運ばせてください」
カイドウは淡々かつしゃあしゃあとそう言った。そうだ、この人、倒れたんだったわ。
「フン、良かろう。そこの夫人も彼の世話に尽くすように」
サルビアは高笑いをしながら踵を返した。あの野郎、絶対許さん。毎日タンスの角に足の小指ぶつけろ。わたくしは運命と赤い胸毛野郎を呪わずにはいられなかった。
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「サルビアの奴を一発殴らせろ!!」
狂犬めいた吠え声を上げて起きたのが残念ながら今のわたくしの夫に当たる人である。正直この人と今後を共にするのは御免被りたい。乱暴者だし、何より顔が好みじゃない。
「アカ、落ち着いてください」
絶望の底からの声をその弟が縊り出す。
「こんな美人の妻を貰って怒る人、おかしいですよ」
「おかしいのは君たちだ! どうしてサルビアの狼藉を黙っていられる、一発殴らせろ、兎に角殴らせろ、話はそれからだ!」
目覚めた第二王子は吠え狂っている。「ニグルスの狂犬」とはよく言ったものである。
「どうか冷静に。相手を殴っても事態は解決しないのだから」
「俺はあのケツアゴを三つに割ってやらねえと気が済まねえ!」
この世で最も愛する女を次兄に取られた弟。長男の策略に嵌められ怒り狂う次兄。状況は絶望的だ。
「アカ。それに、今日君は領地での商談があった筈です」
「緊急事態を前に、そんなのは二の次だ。行くぞ。カイドウ。サルビアのところに殴り込みに」
「そうですか。今日の商談は北方からのリンゴ農園の話と聞き及んでいましたが」
「カイドウ、俺は夜戻る」
かくして犬は走り去った。パタンと閉まるドア。鎮まり切った空間。眼前にはしょぼくれ切ったカイドウが項垂れている。やっと捻り出した言葉が
「どうしてサルビアがこんな事を仕組んだのでしょう。古今東西、身分不相応の恋は悲劇を産むだけだと教えるにも、あまりにまわりくどいではありませんか」
これである。わたくしが絶対なんとかしてあげないと。
「サルビアにも素晴らしい許嫁(※カイドウの主観、彼は決してその女性の容姿には触れない)がいるのに」
それが原因なんじゃないか?
「私達の恋路を邪魔立てしてもサルビアは幸せにならないのに」
聡明な彼は普段から、この兄たちにこの手の正論を述べ続けているのだろうか。正しさというのは、時に人を傷つける。
「他人を貶める事でしか相対的に己の幸福を感じられない人だったとは」
嘆きとも罵倒とも付かない言葉だ。
「っていうかサルビアの方がモテるじゃん」
カイドウ様、貴方も大抵モテモテでしてよ。
「それに、彼がこんな賢しい策を思い付くとは思えない」
悪気は無いのだろうが、相手が愚かだと言うような言葉のオウンパレードをこぼし尽くし、わたくしの愛しい人は再び黙った。考えてみれば、サルビアというのは、この完全無欠眉目秀麗才色兼備容姿端麗のこの弟に嫉妬してこんな事をしたのではないか、そして厄介な事に弟には己が智勇兼備秀外恵中才貌両全以下多くの称賛賛美である自覚が全く無いのだ。カイドウ様って罪な人よ。でもその罪がこの憂き目だとしたらあんまりだわ。情状酌量の余地あり。
「たとえ、この王宮にとんでもない詐欺師がいるとしても、騙される奴が悪いと舌を出されるのが王法であるものですか。ファルコン王も仰っておられました。『そんなに想い合う王子がいるなら結婚するがいいよ』と。そうあるべきです」
「でも、そんなヤギのミルクを好むような大悪党がこの王宮に紛れているなんて考えられません、もう、私達、結ばれる事なんて」
カイドウはついに諦観の声で何もかもを手放そうとした。今や第二王子の夫人となったわたくしはその弟の頬を張り飛ばすに些かの躊躇もなかった。
「もうっ! なんて自信の無い意気地なしの王子様なの! もうわたくしがどうにかするしかありませんわ!!」
彼は打たれた右頬を抑えて俯いていた。強く打ちすぎたか。一種の不安が胸に湧き上がりつつあったが、
「今の、すごく良かった……」
やはりわたくしかどうにかしないとと思った。
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復讐の火蓋は切って落とされた。わたくしたちは今自分が持つ物を最大限活用し、その小さな牙で王宮に潜む禽獣の喉笛を食い破らなければならぬ。
「わたくし、あのお馬鹿な一番王子をウサギの肥溜めの中に蹴落として差し上げますわ!」
「エミリー……」
勝ち誇る男の顔を歪めるのは、それはそれで面白いと思う。わたくしは絶対この絶望的状況に負けるわけにはいかない。
「私の事は罵ってくれないのか?」
「早く仕事に戻れ甲斐性なし」
兄夫人とその弟が長くずっと部屋で話し込む訳にはいかない。わたくしは彼をとっとと部屋から追い出し、アカの部屋を物色するに努めた。彼が王族として履行出来る権限は何か。そして第三王子たるカイドウが持つ王の利権は何なのか。どっぷりと日が暮れた頃、残念ながら(本当に残念ながら)いまやわたくしの夫であるアカが帰ってきた。
「うわっ。いるのか」
と言うのが第一声だった。いるに決まってるだろ。失礼な男である。
「いや、気を悪くしないでくれ、エミリー。俺たちまで仲違いしたって仕方が無いんだからさ」
そして、この男は時々正しい事を言う。暴れ出せば狂犬のように恐ろしい男だが、根本では悪人では無いように思う。致命的に愚かでおつむが悪く、議論に窮すれば左ストレートを振り抜き鉄拳の雨霰、魔法を使えば自傷を伴う癖に攻撃をやめず、それで相手を黙らせるのが玉に瑕ってだけで、いや、致命的過ぎる。良いところ何も無い。顔だってお世辞にも良いとは言えないし。たすけてくれ。
「今日の商談で君の好きそうな物を貰ってきた。気にいるか分からないけど受け取ってくれ」
犬なりに考えがあるのだろうか。先に地の文で滅茶苦茶に罵った事を反省した。彼にも良いところ探せばあるんじゃないか。わたくしは彼からイバラの鞭を手渡された。
「君ってこう言うのが好きかなと思って」
前言撤回。こいつも悪党。サルビアの次に。
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「結婚って『人生の牢獄』って言うらしい」
ティファニーチェアに踵を乗せ、床に寝そべった認めたくはないが夫である人物が最悪の独り言を零している。
「俺は外では礼儀正しくしてるんだ。部屋でくらいふしだらにだらけきりたい」
この男が外で礼儀良くしていることがあっただろうか。日々喧嘩に明け暮れている癖に。普通、新婚の、しかも初夜ってもっとドキドキするものかと思っていた。いや、正しく表現するなら、わたくしは今確かにドキドキしている。「ニグルスの狂犬」の二つ名を持つ男と二人きりの部屋に入れられ、いつ彼が逆上してくるか分からないという点においては命の危機さえ感じるレベル。
「お言葉ですが」
「うわーッ、出た! 女の小言だ! 聞きたくない!」
「もしアカ様が本当の婚約者と結ばれてもそういう事は言わないよう。女の子たちは薔薇と鈴蘭の香りの幸福を夢見ているんですからね」
「君の幸福、柔軟剤みたいな匂いがするんだな」
「……………」
時は夜も更けきり、満天の星月夜であった。ロマンチックな夜である。隣にいるのがこの男でさえ無ければ。
「シャワーはあっちの大きい窓の近くの扉の先だ。勝手に使うが良い」
床に脱力したまま、彼は言った。
「あと寝る時は絶対灯りを消さないでくれ。ちっちゃい火を常に絶やさぬよう」
この狂犬、寝る時は真っ暗にしないタイプらしい。わたくしがシャワーを浴びて出てきた頃には床に転がったままいびきをかいていた。一応毛布だけ掛けておいてやろう。日中彼の部屋を物色しまくっていたので大体のものがどこにあるかは分かっている。機密文書の場所さえも。
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夜が明けた。「朝餉にするか」と彼が言った。意外かもしれないが、彼の方が早く起きていた。まあ、彼は床で寝ていたのだから不自然では無いか。王族御用達のダイニングに『食事を摂る』目的でわたくしが訪れたのは当然初めてのことである。今までは裏方の炊事場で働いていたというのに。
「昨晩はよく眠れましたか」
真っ青な顔のカイドウは既に席に着いていた。お可哀想。お前こそちゃんと寝ているかと思わず聞きたくなる血色である。彼はまだ絶望感に打ちのめされているらしい。狂犬が返事をするより早く現れたのはあのウンコ野郎サルビアだった。
「昨晩はよく眠れたか!?」
流石同じ三つ子と言うべきか、開口一番の挨拶がほぼ同じである。サルビアの肌はツヤツヤしていた。他人の不幸を摂取する事で健康になるタイプらしい。アカは
「腰が痛い」
とだけ返事をしていた。床で眠りこけていたのだから当然である。カイドウの顔色はますます青く、サルビアの血色はますますツヤツヤした気がする。
「ははは。夫婦仲が良いようで何よりだ。朝食まで一緒に摂りにくるとはね!」
「サルビア様もぺぺリーナ・ペルペポネ・パパス嬢と一緒に来れば良いのでは」
一瞬サルビアの顔が引き攣った。やはりコイツ自分の恋路が上手くいかないから嫌がらせと八つ当たりでわたくし達にこんな事をしたんじゃないか。アカも昨日の威勢はどうした。こんなことなら彼をフワフワのベッドで寝かせてやるんだった。状態異常・腰痛である。次に言葉を落としたのはわたくしの愛しいカイドウである。
「まさか、アカ、君、エミリーと、ど、ど、同衾……」
「ドーキンってなんだ」
「『褥を共にする』って事ですよ!!」
「分からん単語を分からん言葉で説明するな。分からん」
この時わたくしは漸く彼らの勘違いに気が付きつつあった。おい、朝からそんな変な話をするな。これだから男というやつは。
「夫婦なのだからそれくらい当然だろ!!」
サルビアは爆笑していた。他人の不幸で抱腹絶倒出来る奴だ。予言してやろう、コイツが将来この国の王になったらこの国は滅ぶ。アカも早くこんな話題切り上げてくださいまし。朝ごはんが不味くなる。
「なあ、アカ。俺様がカイドウの言ってる事を簡単に教えてやるよ。君、エミリーと『一緒に寝たのか』と聞いてるんだよ!」
彼はマズルに、じゃなかった、眉間に皺を寄せている。
「(大体)一緒(の時間)に寝たけど?」
カイドウが泡を吹いて倒れた。
「あーはっはっは!」
「笑ってる場合か!? 医務室」
サルビアはまた高々と笑い、状況を一切理解していないアカは動転していた。仕方の無い王族どもである。この三人のうち誰が王になってもこの国は滅ぶと思う。
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話によると、カイドウは以降長きに亘って高熱に魘されているらしい。わたくしが看病に行くわけにもいかないし、彼に付き添ったのはアカであった。その献身ぶりに心を打たれ掛けたが
「病人を相手にすると大抵リンゴが出てくるから」
という理由であった事を知り、私は離縁状に後は彼の調印だけをしてもらう状態の書類を常に持ち歩く決心を得た。お見舞いを称すれば今の所まだ夫であるあの男と共にカイドウのところに行く口実も得られると分かったのも行幸だった。一週間程度でカイドウはほぼリンゴの海に眠るような形になった。
「リンゴが赤くなると医者は青くなるって言うし」
トマトじゃないか? そう言おうとした時、医務室の扉が開いた。サルビアかと思って睨みつけてやったら、別の男が立っていた。
「お兄ちゃん達、あんまり外での仕事をサボると、兄さんが悲しむよ!」
この男をわたくしは見たことがある。近年、王様に急に見出された子供である。名をルビィと言う。
「俺は此処で仕事をしているが」
対するアカはリンゴを齧りながらそう言う。看病の合間に仕事までするなんて素晴らしい奉仕の精神だと思っていたが、この王宮病棟の朝食はパン粥にリンゴジャムが付いてくる事を知ったわたくしは彼にこれ以上の感動を求めるのをとうに止めている。
「大体、カイドウがこんな調子で仕事なんか出来ると思うか?」
「僕が看病してあげるよ!」
「なんか嫌な予感がするから駄目」
ルビィの食い気味の態度に、アカは辟易の表情を隠さなかった。
「アカお兄ちゃんも領地での仕事が溜まってるのに」
そして、それが事実であろうと思っているアカは露骨に嫌そうな顔もした。
「しかし、今俺が此処を離れるわけには」
「ルビィの言う通りだぞ!」
そして、この後に及んでやってきたのが、あのサルビアだ。全てがつながった。蒙昧、愚劣、無学、浅慮、愚鈍、白痴、暗愚、おたんこなす、おたんちんの胸毛野郎がわたくしのカイドウを一人で此処迄追い詰められる訳がない。その背後には必ずブレーンが居る筈で。
「うん。僕がやったよ。全部ぜーんぶ、このルビィがやりました!」
年齢の割に餓鬼みたいな暴露で、もう一人の悪人が陽の下に晒された。
「いいじゃん、兄さんは気に食わない女を絶望に叩き落とせるし、お兄ちゃんは喧嘩ができる。兄ちゃんは虐められるのが好きらしいし」
まるで全てが丸く収まると言わんばかり。
「カイドウ様はやつれきっていますよ!」
「そういうの好きなんでしょ、君たち」
「正直そそる」
「エミリー! 何言ってんだ!?」
アカが動揺し、サルビアはまた笑っている。
「そう言う事だから、アカ、君はルビィにカイドウの面倒を任せ、君の領地の管理をして来るが良い。余も仕事に戻るからね」
アカは歯噛みをした。わたくしは、立ち上がった。
「アカ様、その必要はございません!」
この場の王にゆかりする人間の視線を一堂に集めた。
「その仕事ならもう終わらせてありますので」
事実だった。わたくしは望まぬ婚姻に依り、計らずも王族、特にアカが管轄する機密書類の全てを見る事が出来た。カイドウの看病に赴いてからと言うものの、それを見るのは実に容易かった。
「ばかな。君にその権限は無い。大体、領地や政治に関するものは金庫に入れているだろう」
「入れてないが?」
サルビアの問いに対して、アカは悪びれも無く言った。
「盗られる時は盗られる。本当に欲しい奴は、力づくでも奪い取りに来るからな。そういう管理を俺はしない」
「ばかな」
その今のところ夫である男のこういう馬鹿さに救われた。
「彼の領地は砂漠に接続の良い交易都市でしたわね。悪いようにはしていませんわ」
その点も事実である。初めての仕事の割にはよく出来た方だ。わたくしは自分を自分で褒めたい。
「ついでに職にあぶれた街の福祉事業を強化しておきました。その提案書はこれです。アカ様のハンコさえついていただければ」
「はい付いた」
「コイツ、片手間で債権を」
実際、この男はこの領地の医療や福祉についての問題を先延ばしにしていたに違いないのだ。彼が好きなのは喧嘩商売だ。わたくしが妻になった事を多少は幸運に思った事だろう。
「お兄ちゃん! 仕事が終わったなら僕と遊んでよ。金ピカの像を買って欲しい」
ルビィはそう言ってアカに飛びついていたが、それを止めるのはサルビアである。
「いや待て、アカの仕事は終わっていない。君、適当にハンコを押しやがって。事業についての金はどこから捻出するつもりだ」
「わたくしがお答えします」
サルビアを睨み付け、わたくしは答えた。
「カイドウ様の領地の鉱脈資源を使います」
カイドウはリンゴのベッドに横たわり息も絶え絶えである。大丈夫ですよ、この小説のタイトルを読めば馬鹿でもハッピーエンドって分かりますわよね。
「彼はずっとここで寝ていたのに、決裁権が」
サルビアはさぞ嫌な予感を覚えた事だろう。
「カイドウの部屋なら俺が開けたぞ」
アカはさらりと抜かした。
「金庫もこじ開けといた」
盗られる時は盗られる。本当に欲しい奴は、力づくでも奪い取りに来るとの体現である。
「おい、ルビィ、この二人のどうしようもない兄貴達にお前からも何か言ってやれ」
「弟の事を構ってくれないお兄ちゃん達なんて嫌いだ!」
そんな事を言われたところでわたくしたちにダメージは無い。
「もう一つ、わたくしは仕事をこなしておきました。どうぞ。ご照覧くださいまし」
わたくしはここぞとばかりに、額縁入りの書類を見せつけた。簡単な文字列、そして砂漠の交易都市の地図が記されている。
「わたくし、この土地を今の夫から譲り受けます」
「俺の仕事が減って助かる」
「ばか。カイドウもアカもちゃんと王子として仕事しろ」
文字は細部まで読んでもらいたい。わたくしは書面の一部を指差した。
「この土地を『エミリー王国』と改名しますわ!」
サルビアの空いた口はしばらく塞がらなかった。鳩に豆鉄砲打ったらこうなるんだろうなとぼんやり思った。
「貴様、独立するつもりか」
そのつもりだ。カイドウとアカが口々に
「私のエミリーはすごいなあ」
「すごいけどもうちょっと名前考えられなかったの」
と囃し立てている。
「おい、ルビィも何か言ってやれ」
「僕の事好きじゃないお兄ちゃん達なんてどうでもいい……」
わたくしは文字通りの王手をかけた。
「わたくしは今からエミリー王国女王!」
下女であったから、一国の王子の無茶苦茶な婚姻を断れなかったのだ。しかし今やわたくしの地位の方が上!
「こんな馬鹿げた婚約は破棄させていただきます!」
わたくしは最近常日頃持ち歩いていた離縁状を叩きつけた。
「告っても無いのにフラれた気分」
アカは再び軽々しく調印した。当然、面白く無いのはサルビアである。
「コラーッ! 勝手に我が王国の土地を削り与えるとは何事か」
と叫ぶのは実に正論である。
「戦争になるぞ!」
と叫ぶサルビアの言葉にアカは薄暗い笑みを浮かべた。なるべく避けたい事態ではあるが、当然、彼が喧嘩好きであるのは、織り込み済みである。彼は兄弟喧嘩であっても喜んでその拳を振るうであろう。
「アカ、君がその女に肩入れする理由が全くわからない」
サルビアは吐き捨てるように言った。その認識があってわれわれに姻戚関係を強いたのだから、彼の罪は重いと言わざるを得ない。わたくしの王国では望まぬ婚姻を強いる者は死罪と量刑を定めておこうと思った。
「大体ね、君たち……」
唸り声をあげるばかりであったアカは遂に吠えた。
「エミリーはカイドウが好き。サルビアは自分に靡かないエミリーが嫌い。カイドウはエミリーと結ばれたいだけであって……」
この男が言う事は時々正しい。
「俺は真ん中の兄貴! 俺が一番何も関係無いッ!!」
尤もだ。これもまた全くの正論である。
「痴情の絡れに俺を巻き込むなーッ!!」
その怒声は遠吠えのように王宮内にこだました。
「と言う訳で婚約は破棄。でもわたくしエミリー王国の女王は何もニグルスの王国に敵対したいわけではありません。よって」
わたくしはカイドウを抱え上げた。
「この王国の三男を私の国に婿入りさせます!」
「ルビィ!!」
サルビアは忌々しげに叫んだ。こんな怒涛の展開で己の計画が崩れ去ったのだから、彼としては業腹だろう。彼の知恵袋はルビィである。彼の知恵が必要だから、サルビアはルビィの名を叫んだのであった。
「……………」
ルビィは虚空を見つめているかのように見えた。ようやく彼が答えたのは
「君たち、誰だっけ」
自分を愛さない兄達に興味は無いと言っていたルビィは、その精神の宣言通り全部忘れていた。
▼
かくしてエミリー王国は無事に建国された。この土地の独立の式典は、たっぷりのリンゴを使った祝祭となった。わたくし、幸福とは薔薇と鈴蘭の香りがすると思っていたが、奇しくも、芳醇な赤い果実は幸せの香を放っていた。リンゴは確かにバラ科の植物である。
「サルビア。君、酸っぱいリンゴと甘いリンゴ、どっちが好き?」
「どっちもリンゴだろ!!」
今日もニグルスの周辺国家は平和である。
了▼
本当にすみませんでした!!!!!!!!!!!!




