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アカがエミリーを荷物持ちにする話【#MM交流】

bluesky交流企画【#MM交流】の小説作品となります。カイドウ、エミリーをお借りです。ちょこっとファルコン、リリ、サルビア、ルビィに言及あり。

夜分。ノックの音がしたから、アカは応じた。


「どうした、こんな時間に」


彼は髪を解いて、爪を整えていたところであった。


「ボードゲームをするにも、ちょっと遅過ぎるんじゃないか」


彼の部屋を訪れたのは、第三王子・カイドウであった。小脇に抱えていたのは、確かに石弾きの盤遊戯・カロムであったが、


「それとも、リンゴのジュースの方が良かったって事?」


それは、単に『遊戯』を意味しない。幼い頃から親しんでいたこの遊びには兄弟達はすでに慣れきっているし、何より、おはじきであるその特性上、これは、それ程の頭脳戦を要しない。


「まあ良い。()()()()()()()()()


彼は三番目の弟を招き入れた。雲間に下弦の月が揺れる、ある夜更けの話である。



「アカ、君は、明日は領地の偵察に行くんだよな」


「そうだよ」


ティファニーチェアに座って、彼は、足の爪を整えながら雑に弟の話を聞く事にした。弟の方も、特に気に留めるでもなく、ソファに腰を下ろしている。


「……荷物持ちが必要ではないですか?」


カイドウは、持って回ったような発言をした。爪を削りながら、アカは、


「いや別に」


と答えて


「どうして急にそんな事を言うんだ」


と顔を上げた。カイドウは普段、自分の受け持ちの仕事であっても、その配分に無理があれば、しっかり他人を頼れるタイプだ。たが、今日の彼は妙におかしい。兄たる彼は弟の表情をジッと見つめる。助けを請うのに慣れていない人間がその自尊心を傷つけられた時の眼差しだと、兄は思った。カイドウは大きな息と共に、漸く言葉を吐き出した。


「……エミリーを連れて行ってはくれないか?」


弟の思わぬ提案に、思わず立ち上がる程の衝撃が兄にはあった。エミリー? この期に及んで、その女の顔はアカにはボンヤリとしか浮かんでいなかったが、兎に角、女であると言う事だけは分かっている。


「ルビィなら兎も角、どうして、女中なんか……」

「私は、その。……。……忙しい」


兄は弟の要領を得ない発言に目を白黒させていた。普段あれ程迄に頭脳明晰にして才色兼備、物事の道理を説かせれば悠揚迫らぬ態度で朗々と語る彼が一体どうしたと言うのか。


「カイドウ。熱でもあるんじゃないか」

「そう、かも、知らない」


しかし、生まれてから同じ年数を共に生きている三つ子の弟であるからこそ、兄には理解もあった。この男は返答に困ると、言葉を選ぶあまり、黙り込むタイプである。だから、兄貴は弟分の言葉を待った。


「……心配事がある」


ぽつぼつと落ちた言の葉を要約すると以下の通り。曰く、最近、エミリーという女と懇意にしているが、それを一番上の兄・サルビアに見咎められた。あの荒淫にして好色家の兄に目をつけられて、カイドウは内心、気が気でない。しかも、最近何故か彼は彼女に本を贈ったとも聞いたとか。


「サルビアが好色家と言っても、流石に……」

「ほら、断言出来ないでしょう。……」


なるほど、これは確かに熱に魘されている。典型的な熱病だ。いくら情事に疎い兄でも、それくらいは理解できる。だから、カイドウが『忙しい』、──例えば、機密書類の取り扱いで部屋から出る事が出来ない状況で、サルビアに()()()()()()()、堪ったものではないという事。……


「いいよ、分かったよ!」


アカは吠えた。


「今回だけだぞ! あとリンゴ! パイがいいな!! あとサルビアとはよく話を通しとけ!! 一番上の兄貴分だから、道理が分からない男でも無いだろうし!!」


カイドウは溜息を吐いた。


「約束しました。頼みましたよ」


その言葉は安堵であろう。彼はソファから立ち上がった。


「でもさ」


しかし、最後に、兄は確認の意味でも弟に問うた。


「そのエミリーって奴が『やっぱりサルビア様の方がいいかも』って言ったらどうするんだ?」


「……──」


また黙らせちゃった。恋愛の機微に疎い真ん中の兄はバツが悪そうに


「……カイドウ。今日はもう寝ろ。明日はその女をちゃんと連れて行って、サルビアが居るこの王宮には残さないよう手配しておいてやるから」


と言っておいてやったのである。まあ、たまにはサルビアのヤツにも、許嫁たるぺぺリーナ・ペルペポネ・パパス嬢の相手をさせておくべきでもあろうと、彼は思った。



「と言う訳で、エミリーを連れて行く」


翌朝、炊事場に現れて、アカはそう言い放った。「と言う訳で」と彼は言ったが、彼が説明したのは、せいぜい「彼女には一日俺の荷物持ちをして貰う事になった」程度の言である。居合わせたメイド達は当然、当人も含めて唖然としていた。


「それと、俺がここに来たのは黙っておいてくれ」


この場にいたのはエミリーを含めて三人だったが、口止め料にしては大枚の銀貨の袋を机上に置いた。この炊事場持分の女中共で分けても十分過ぎる程の金額であろう。


「アカ様ァ、私、お転婆で口が軽いアイシャで有名で」

「大丈夫です。黙らせておきます。しかし、第二王子」


小さなリが問うた。


「もし、サルビア様が、大枚の()貨を渡してきて、彼女の所在を尋ねられたら、どうするのですか」


アカは小さな女を見下ろしていた。


「この仕事場は大火事になる」

「アイシャ、絶対黙っておきます!」

「私は銀貨が無くとも喋りませんが……」


かくして、エミリーは今日に限って第二王子の荷物持ちを任される事になった。


「じゃあハイこれ。荷物な」

「何です? この紙切れは」

「今日一日のスケジュールと、行き先の地図」

「アカ様、それでは、そのお手の行李もお待ちします。力仕事には自信がありますから」

「女に重てェ荷物を持たせられるかよ!」

「わたくし、荷物持ちとして任命されたのでは!?」



目的地に向かう道中、車内、アカはエミリーに、カイドウの話をしなかった。


「仕事場で不自由はないか」

「生活で困っている事があれば言え」

「面倒事があれば隠し立てしないよう」


等と、理知的で当たり障りのない内容であったことは、エミリーにとっては失礼だとは思いつつも、意外であった。あの、狼藉者で暴れ出せば手が付けられない、「ニグルスの狂犬」とまで言われる第二王子は、こんなことを話題にするのかと、悟られない程度には驚いたものだ。ただ、痘痕面の、餓狼のような瞳に見つめられるのは、少女の心臓には少し悪かった。


「煙草吸っていいか」


彼は少し窓を開けてからそう問うた。断れる訳がないので、荷物持ちの少女は頷いたが、彼の()め付けるような視線が流れる車窓の景色に移ったのは、少女にとっては僥倖ではあった。


「そういえば」


彼は、カイドウの話は聞かなかったが、サルビアの事は尋ねた。


「本を貰ったと聞いた。何の本だった」


くゆる煙がニグルスの石畳の街に流れていく。彼はもう少女を見つめていない。彼女はその姿勢にもやや困惑したが、正直に答えた。


「星妖精についての、絵本でした」

「……そう」


あれほど饒舌に話していた彼が、煙草を喫して、今度は黙ってしまう。エミリーは言葉を紡ぐかどうか、些かの迷いがあったものの、口を開いた。


「カイドウ様も、実は絵本が好きなのだと」


これは、二人の時にコッソリ聞いた話であったので、エミリーは急いで


「茶会の席で言っておられました」


と小さな虚構を交えながら、話し出す。


「御兄弟は皆そうなのですか? 確かに、目を見張るような美しい絵本で」

「俺は別に好きじゃない」


車輪が地面を叩き、車体は軽快に前へ進む。狭い車内で、二人の身体が揺れている。


「──サルビアも、別に本は好きじゃないぞ」


そう言い切り、紫煙を吐く。第二王子は再びそれきり黙ってしまった。エミリーは先に貰った書類を確認しながら、目的地までの時間を待った。



領地の偵察の仕事だと聞いていた。彼らが今回至ったのは、王都の端、最も壮麗と言われる北門近くの区画であった。この門を見たのは、エミリーにとっては、まだ髪も結うリボンが必要がないような、幼少期以来の再訪である。


「こっちの木箱を持ってくれ」


王子は、車から、取手のついた木製の鞄を取り出した。「やはり、荷物持ちの仕事はさせるのか」と思ったが、当然である。本当についていくだけの女なんて、そもそも外聞が悪い。彼女は意を決し、両手でそれを持ち上げる。


「──!」

「せいぜい重そうに持つ事だ」


彼は煙草を吐き出し、吸殻の火を足で消していた。邪悪な笑みだ。エミリーはそう思った。木箱の軽さに却って吹き飛ばされそうになった女を見るのは、この王子にとって多少面白かったらしい。


「魔法石を入れる為の木の鞄」


石を入れる為のものだから、当然、今は空という訳。


「そう、それと」


アカが振り返る。


「口止め料として、女中には銀貨を渡していたから、君にも渡しておく。平等だろ」


彼が殊更に『平等』を強調したのは、彼が三つ子である出自に所以があろう。


「領地の見聞に際し、市場の様子も見にいかないといけねえ。ついでに好きなものでも買うが良い」

「でも、多すぎます」

「四則演算くらい、俺にも出来ら」

「計算の過多では無く…」


確かに、あの時の口止め料を、炊事場のメイドばらで平等に割れば、この程度の金額になるだろう。エミリーはその時から思っていたが、その金額は、過分に過ぎる。一か月、いや、二か月は生活が出来てしまうのでは。


「分不相応の財は身を壊します」


相対する王子は、エミリーにとってはこれまた意外なことに、少し困った顔をしていた。てっきり、彼の獰猛な性格であれば、怒鳴られるくらいは覚悟をしていた上での諫言だった。


「ルビィだったら喜ぶんだがな」


彼はついそう零した。煙草を取り出すような身振りで、動揺を誤魔化し、首をすくめた。こういう時、カイドウであれば、『最も適切な金額』を提示できるだろう。こういう時、サルビアであれば『最も効果的な金額』を提示できるだろう。真ん中の王子は、他人の言葉の嘘を見抜く才に長けていても、この点の処世術では大幅に遅れを取っている。考えてみれば当然だ。王宮で浮名を流すサルビアは当然の事、カイドウはよく茶会を催す。社交性の差も、その経験値も歴然である。三つ子の上下は人と交わるのが好きだが、真ん中はどうやらそうでもないらしい。エミリーの発言は真っ直ぐで、実に正直なものだった。故に、彼には返す言葉が無かったのだ。


「もう与えてしまったのを、撤回することは、王の公器に悖る」


まるで、どこかで覚えてきたような文章を彼は言い、相手が荷物を持っているのをいいことに、半ば無理矢理押し付けておいた。


「……いいから、黙ってついて来い」


彼は大股で闊歩していった。



王都には、四つの門がある。「四聖獣」に準えた験担ぎと説明される事もある。


「兄弟で持ち回りがある。東西南北の門を順繰りに回る……市場調査とも言うが、父王の言い付けでもある」


つまりは、王の威光を遍く届かせるのに、王子その人が王都の、ひいては王国の隅々を回るのは、それだけでも政治的意図がある。朝市はもう終わっていたが、人はまだ多く残り、王子は自ら、「この製品はどこからきた」とか「どこの商会から卸してきたものか」、時折その値段を尋ねるなどしていた。


「『ニグルスの平和(パクス・ニグリシカ)』とはよく言いますが、それにしても、王子、護衛も付けずに街を歩けると言うのは、本当にその体現ですね」

「趣味だな」

「えっ」

「護衛を呼ばないのは、俺の趣味」


アカはどこかからリンゴのシードルを貰えたらしい。上機嫌であった。


「俺は喧嘩が好きなんだ。護衛なんか付けたら楽しみが減る」

「……」

「エミリー。言っておくが、領地偵察の度に毎回喧嘩になる訳じゃない」

「そ。そうですか。それを聞いて安心しましたわ」

「10回に9回程度だ」

「……………」


荷物持ちの少女は、今日がどうか無事に終わりますようにと祈らずにはいられなかった。


「一応これも伝えておくが、俺から決して離れるな。君を連れ出した意味が無くなる」


少女はそう言われて、どうして今回荷物持ちなどと言う仕事を任命されたのかを改めて疑問に思った。しかし、それと同時に、彼女が思い出したのはどうしたことか、眼前に居る第二王子の事ではなく、第三の、カイドウの事であった。


「あの、そういえば……」


エミリーは先日、第三王子・カイドウの被虐趣味について、打ち明けられたところである。


「御兄弟では喧嘩をされないのですか」


アカは、ごろつきがあげる唸り声のような声を出して応答した。


「記憶に残る限り、三つ子で喧嘩なんてした事ないな」


エミリーは思わず知らず安堵の溜息のようなものを吐いていた。それはそうか。三つ子で「淫蕩」「加虐趣味」「被虐趣味」があるなどと言う最悪の性癖の地産地消なんて、長いニグルスの平和もこの王子達の代で絶えるところだ。


「喧嘩すると俺が勝っちゃうからね」


しかし、余程第二王子のアカというのは、腕っぷしに自信があるようだ。上下の雅やかな兄弟とは随分と様相が違うなと、エミリーは感想として抱いていた。


「それにもし仮に、俺が今日、流血沙汰の喧嘩になっていても、一切気にしなくて良い」

「気にしなくて良いと言われても、気にしますわ」


アカは、フと息を吐いて、それ以上は何も言わなかった。所詮カイドウかサルビアが好むような女である。これ以上理解される必要は無い。故に、彼はそれ以上は言葉を重ねなかった。


「この後は、鉄道事業の敷設の進捗と、その先に続く鉱山の街──泥濘の山──の採掘環境の確認をするんだ。まだ時間がある。もう少し市場を見て回ってもいいぞ」


アカは痘痕面に笑みを浮かべた。


「多少怪しい裏路地に入っても良いものとする」

「いえ。……やめておきます」


この『ニグルスの平和』とやらが、天道の届かない日陰に及んでいるか、確かめる勇気がこの少女には無い。南からの突風が、彼女の一つまとめにした金髪のリボンを揺らす。青々とした砂漠の空の彼方で、不穏な颶風がとぐろを巻いていた。



領地を囲む城壁を出た土地に、敷設中の鉄道路線と、その上を走る貨物車があった。アカは見慣れているようで、ただこの工程が予定通りであるか、駅の配置は如何様に繋ぐかを淡々と記していた。


「すごく、大きいですのね」


通り一遍とも取られかねない感想だが、エミリーはそう溢した。


「私の小さい頃は、こんなのは無かったのに」

「前の大災害(かみなり)で動力情勢が大きく変わったからな。魔法石を効率良く運ぶには、こういうのが一番なんだと」


アカはただ見慣れていると言うだけで、この事業に造詣が深い訳では無かった。エミリーの胸中は、アカと共に居ながら王宮を周遊し、


──カイドウ様ならご存知だろうか


とも思った。そして実際、これほど駅のホームを高く設えたのは、鉄道そのものの大きさもさることながら、まだ地方では使われている馬車の車輪の高さに合わせて馬から鉄道への積荷をし易くしている事や、砂賊とのバッティングが懸念される砂漠より、鉄道路線は海へ抜ける事を想定している事等は、カイドウ自身の口から彼女に言って語られる。いつか貨物としての用途だけでなく、人を乗せて海岸を走る景色も楽しめるだろうと二人が笑い合ったのは、秘密の後日譚である。


「これが、『泥濘の山』で採れた魔法石の原石」


アカが三つ四つ貰って戻って来た。


「加工されないと、俺にはどれ程の質の魔法石になるのか、全く分からん。今ここで魔法を使ってみれば、どれくらいの魔力が含有されているかは分かるのだが」


と彼は言うが、魔力の含有量を調べるのに、その魔力を使ってしまうようでは本末転倒である。


「それに、その鉱山地帯で採れる魔法石の質は『玉石混交』だと言うのも問題点の一つだが……」


彼は、「面倒だな」と言うと、エミリーが持っている空の木箱に原石を投げ入れた。


「後で調べさせよう。まさかボタ石って事はあるまい」


エミリーにはここにきて漸く『荷物持ち』としての仕事を全う出来る時が来たようだ。尤も、石ころの数個程度で、この鞄の大きさは大袈裟すぎる。少女の細腕をしてもまだ片手で軽々と持てる重さであった。


「差し出がましいかもしれませんが」


彼女は木箱を持ち上げ、アカを伺う。


「簡易的であれば、わたくし、魔力の含有量を調べられます。この後は、『採掘環境の確認』の業務があるのですよね。アカ様がそれをしている間、私はこの石の事を調べられます」


彼は片眉をあげ、彼女を見つめた。エミリーには痘痕だらけの彼の形相にはまだ慣れなかったが、


「たすかる」


そう言ったから、彼も無闇矢鱈に怒るような人間ではなかったのだなと、偏見を解きつつあるのであった。だが、やはり、少女にはかの王子の顔はまだ少々恐怖を感じる。顔もさることながら、人を見る目が怖い。自分に害をなす人間であるか、その言葉に嘘はないか精査し、猜疑を忘れない禽獣の眼居。



今日最後の仕事は、『来賓の館』で行われる。砂漠を超えた西方、『泥濘の山』鉱山採掘業の責任者は初老程度の男であった。エミリーはその紳士の居住まいから、彼もまた貴族階級なのかもしれないと思っていたが、企画世界観についてあれこれ述べ立てるのは程々にしておこう。紺の衣装に、首から掛けた紅の石の首飾りが印象的な紳士であった。


「それじゃ、確認させて貰う。泥濘鉱山の人員配置と、集落形成、採掘量の推移。それと前に王から拝命されていた筈の採掘器具の変更点について」


館の廊下を歩きながら、王子は面倒そうに口上を論った。その後ろをエミリーが小走りでついていく。これは、この王子が仕事をちゃんとしていると言うよりは、父王から頼まれた仕事を早く終わらせて帰りたいが故の仕事の速度である。


通されたのは、小さな応接間であった。通常であれば、荷物持ちは部屋の外で主人の諸用を終わるのを待つべきであろうが


「この娘は原石の簡易的な鑑定が出来る」


と言えば、件の紳士はどうした事か、たいそう喜び、存外に本格的な道具を出してきた。それ専用の部屋にエミリーを通そうとしたが、第二王子はそれを峻拒し、己との同席を求めた為、彼女は彼らと同室の机をあてがわれ、隅で識別作業をする羽目になった。注釈するまでもなく、嚆矢はカイドウがアカに「くれぐれもエミリーを墨守する事」との旨を頼んだからこうなったのである。彼は


「異例と言うほどの『例』でも無かろう。記録に残っていないだけで、くだらない例外は山ほどある」


と言い、自分の仕事にエミリーの同伴させるのを押し通した。今回の会合は機密事項が含まれている訳でも無く、また、この鉱山責任者自身も

「王族が連れてきた女性の魔石鑑定の腕を確認したい」

と言ったので、彼女の同席はなし崩し的に許された。


エミリーは居心地の悪さを感じつつも、マジックラーペを使い、石ころの精査を始めた。その近くの席で、王子と貴族の稟議書のやり取りが行われる。そのさわりは確かに、機密事項に抵触するような事は何も無かった。この鉱山集落の出生率が高いだとか、どこで誰が生まれたから戸籍をどうするとか、王子と貴族の話し合いは、まさに「よくあるお貴族様の仕事」だとエミリーは感じていた。その話し声が雑音に感じつつあった頃、エミリーは一つ鑑定を終わらせた。魔法深度は12段階中の12。最高品質である。

「………」

エミリーは目を見開いていたが、かの二人はまだ談合を行なっている。


「砂漠の集落へは鉄道を、人間の領域への交易は海上へ」

「砂船の渡を付けるのは些かの面倒を感じるが」

「しかし、王子、伝統的な手法です。これは雷霆の大災害の影響を」

「うん……」


やがて話はその山の採掘量や働く人々の話に移っていった。エミリーは最早その会話を殆ど聞いていない。第二王子って乱暴狼藉の噂ばかり聞いてたけどカイドウ様と同じで結構真面目なんだな、と頭の片隅で思いはした。次の石の魔法深度は12段階中の11。粒揃いだ。


「二年前の災害の影響で、魔法鉱石の需要は右肩上がりです」

「当然、採掘量も増えてる、と」

「如何にも」


書類を繰る音を背景に、エミリーは三つ目の原石の鑑定を行う。


「だから、この山の集落規模は大きくなりつつある」

「ふふん、良い魔法石が採れるからですよ」

「それで、鉱山労働の人口も増え続けているって言うのは」

「当然です」

「いや、不自然だ」


その一瞬、部屋の空気が張り詰めた気がして、エミリーは石から顔を上げた。


「採掘器具の一部に、使用禁止の金属を使っているな」

「……鉱山採掘に際しては必ず使っていたものです。最も効率がいい」

「前も辞めろと王令が出たろ。この金属は、土を削る時に、大地に残り、地下水を汚し、空気を毒す。死人が出てるんじゃないか」

「金属を変えれば、我が鉱山の採掘量は格段に落ちますよ!」


貴族の方が立ち上がり、突然エミリーにかぶりを振った。


「鑑定結果を言ってみろ!」


彼女は反射的に答えた。


「12、11、12……」

「実に質の良い魔法石でしょう、多少の毒を冒しても得る価値がある!」

「だから俺が無理言っても兎に角この場で鑑定して欲しかったって訳? 俺はこの山の魔法石は()()()()と聞いていたが……」


王子は手元の書類を捲っていた。


「王令はこれで二回目だ。二回目の無視。で、事故件数を聞いておこう。資料が無い」

「ゼロであれば当然資料なんかあるはずが無い……」

「俺を(たばか)るなよ」


エミリーはもはや硬直している。もし、王子の話が事実で、金属由来の「毒」があるなら、鉱山事故はゼロではあり得ない。鉱山労働者がその影響で減る可能性さえあるだろう。


「なら、今度の視察迄に保険会社の給付金の資料を提出しろ」

「死亡事故があるなら、鉱山労働者の数は減る、それが全然減っていないのは死亡事例の無い証左」

「二年前から爆発的に鉱石需要が増えてる話は聞いた。それに、この集落では子供も働き出してるらしいじゃないか」


初老の男は顔を真っ赤にして、拳を握りしめたまま屹立していた。漸く絞り出した言葉は


「これが最も効率が良いのだ。王都への税も一度も滞った事が無い。多少の犠牲を払っても、富を献上するのが、我が王の為だ。多少の金属の過ちが──」


最後まで続かなかった。相手が悪すぎる。今、応接間に居るのは、ニグルスの狂犬、アカである。ネチェルファルコンが次男、アカその人。彼が相槌代わりに打ったのは、鉄拳の左ストレートであった。


「何が、王の為と言った?」


逃げるに能うのであれば、エミリーも裾を翻して走り出したいくらいの気迫があった。尤も、あの鉱山採掘責任者が首から掛けていた紅の魔法石は防御の魔法であり、みれば、指輪やピアスも同じような石の(あつらえ)である。暴力の無意味さを教えてくれるマジックアイテムだ。鉄拳制裁を防御の魔法で掻い潜り、相手は全くの無傷である。争いは何も生まない。普通の人間なら、椅子に座り直す。


「簡単な王の伝令一つ守れねぇ奴がよく言うぜ!」


だが、こと戦闘に於いて狂信的信仰を戴く男の前に、その装備は逆効果でもあった。魔力が膨らみ、空気が蠕動する。魔法の波濤が陽炎を成し、灼熱が前面を薙いだ。これは、戦闘というより、蹂躙であった。順わぬ相手に対する徹底的な鉄槌。全ての防御の石が砕け散るまで、火焔の殃禍は容赦も慈悲も無く降り注いだ。



応接間は今や一切の静寂であった。そして、それを破ったのは、その災禍の張本人。


「運が良かったな。俺たちは三つ子だ。三回目の視察がある」


もはや返答の声はしなかったが、彼は続ける。


「誰も見てる奴が居なけりゃ、『来賓の館』には誰も来なかったと報告したって良いが」


アカが振り返ったら、エミリーの姿が無い。


「やっぱり王に帰順する気が無い奴は殺しとくか……」

「だだだだだ、駄目です!」


机の下からエミリーが出てきた。ここに来て彼女が目撃したのは、哀れ震えて縮こまっている男と、顔面を鮮血に染めた──


「──!」


裂帛の絶叫が飛び出るのを、エミリーはどうにか両手で押さえた。机の下から一部始終を見ていた彼女は、この一連の騒動が、一方的な攻勢であったと知っている。その間、相手には一切の反撃の手段は無かった程だ。それが、どうして、血を流しているのが、王子の方なのだ……


「最後の仕事も終わった。帰るぞ」


アカは資料を適当に自分の鞄にぶち込むと、大股で部屋から出ていった。少女も急いで荷物を取りまとめ、彼の後に続く。


「お待ちください、血が……」


廊下を駆けながら、エミリーが言う。アカが立ち止まったのは、己の怪我の所以では無く、ただ、かのカイドウがエミリーをよく見ておくよう言い付けておいたから、その距離を極端に離さないが為の配慮である。


「サルビアやカイドウから聞いてないのか。俺たちは星妖精の系譜。怪我の治りは早い」

「そ、それでも、そのお顔で出歩かれると、街の人は驚かれますわ」

「驚かしときゃいい」

「わたくしがっ」


エミリーはハンケチを取り出した。


「わたくしが、心配です」


館の長い廊下に沈黙が張り詰めた。依然彼の顔面からは血が滴り落ちている。肉食の獣が獲物を屠ってもこれ程にはなるまい。炯炯(けいけい)とした彼の眼光は、暫く眼前の少女を見つめていたが、彼女にはこれ以上紡げる言葉もなく、ただ唇を引き結び、白い木綿を差し出すばかりである。


「なら、借りる」


王子の態度を、エミリーは「歪だ」と思った。その歪さの正体を知るには、少し言葉を重ねる必要がある。


「そのお怪我は、……魔法を使うとそうなるのですか」

「概ねそう。星妖精の血だからな。治りは早いが、そもそも脆い」


白いハンカチが、既に血を吸っている。


「アカ様が先に仰っていた事は、アカ様に理がありました。健康を害する道具を使って、石を採出するべきでないのは、当然の道理です」

「俺が、人命を尊んで怒ったと思ってンのか?」


自嘲を帯びた声だった。それでも、エミリーは、本心からそう思っているから、一度こくりと頷いた。


「ロマンチストだねぇ! エミリー! 俺はそんな事に怒っていない。奴は、()()()()()()。だから、怒ったのさ!」


少女は愕然とした。もし、王が人命度外視で利益だけを追求し魔法石を採って来いと言う暴君であったなら、その子もそれを潔しとすると言うのである。エミリーは国王が偉大である事に感謝した(当然、デスモンド・ネチェルファルコン現王が、魂の器を求め、死後他人に乗り移る事で実質的な永久の命を希求している事など、この世の全ての人間知る由も無い。彼が人民に慈愛の道徳的観念を垂れるのは、かの王の長期的生存戦略の一つだが、今ここではそれを注釈するに留めておこう)。


「俺は、俺達の王宮(いえ)に土足で上がり込む狼藉者を、絶対に赦さない。永久に」


既に真紅に染まり切った布切れから覗く瞳は、まだあの日の憎悪を忘れていない。かつて、彼は政変において、己の母を喪っている。


──だから、彼は常に相手より強くあろうとする?


漫然とエミリーは思った。しかし、その結論では、彼の歪さの正体に届かない。王子は先に話した紳士に「殺しておくか」と嘯いたが、実際には殺害に至っていない。この圧倒的な力量の差を以てすれば、相手を消炭みにし、言葉通りにその存在そのものを抹消する事だって出来た筈なのに。彼は、この世の支配者が誰であるのか、存分に啓蒙したかったのであろう。


「もう良いだろ。行くぞ」


ハンケチは洗浄して返す、彼はそう言い、大きく一歩を踏み出し掛けた。


「あ、あの」

「まだあるのかよ、血は止まったぞ!」


確かに、彼の顔面には滴るような血は残っていない。烈爆の激しい怒りの痕跡が在るばかりである。


「傷を空気に晒すのも、良くありません」


エミリーはリボンを解いた。長い金の髪が拡がり、重力に則って暫く揺れる。


「君もなかなか頑固な奴だ……」

「お身体に障りますよ」

「君には関係の無い話だ」

「心配しているのです」


アカは、押し黙った。彼は常に他人の態度を観察している。そこに嘘があるかどうか、忠誠であるかどうか。だから、彼の慧眼は、あの貴族が恣意的に良い魔法石を選び、それを鑑定させる企みを即座に見抜いた。銀貨を押し付けられてエミリーが『不相応』と伝えた時も、忠性の諫言であるからそれを聞いた。今、翡翠の瞳で見据えた彼女の「心配」には、一片の偽りも(へつら)いも無かった。


「……好きにするが良い!」


狂犬みたいな顔をしているが、噛みついては来ないだろう。事ここに至れば、エミリーには確信さえ覚えていた。


「では」


アカは、王子身分であるが故に、沢山の嘘を見聞きしてきた。彼は他人に(おもね)られるのが嫌いだ。上面の笑顔と愛嬌で、利用されるのが大嫌いだ。そういう人間はやがて影で徒党を組み、いづれその利権を奪いに来る。


「リであれば薬も持ち合わせていたでしょうが」


応接間のやり取りで、エミリーは彼を意外にも弁舌の徒だと思った。継続的に数字を観測し、理路整然と意見を纏められる。話し手の態度を観察し、応対に虚実が有れば、それを見抜き、突く事が出来る。その会話を思い出していたエミリーには、気付いた事がある。彼は、言葉を発する時、それが正しいと思っている事であればあるほど、焦燥する。


「生憎、これくらいしか思い付かなくて」


包帯代わりのリボンを、彼女は結びきった。ニグルスの狂犬は大人しいものであった。しかし、だからこそ、あの応接間のやり取りも、最後は暴力に収束する必要なんて無かった。言葉だけで済む筈だったのだ。()()()()()()()()()。──エミリーは追想せずにはいられない。『話を聞いてもらえないかもしれない』という深層心理が、彼に次にモノを伝える手段、暴行を選び取らせる所以ではなかろうか、現に、彼は覚えている限りで、兄弟で喧嘩をした事がないと言うから、彼らには話を聞いて貰えるのであろう……これはエミリーの歪に過ぎた邪推かもしれない。それでも、事実、彼に無償の愛を注いでくれる母は(実は、一時的には父でさえも)、人間が最も愛を渇望する時期に砂に変わり、この世に居ない。


「……この女が、カイドウ(俺の弟)を夜な夜な虐めてる女だとは、俄かに信じ難いな」

「んなっ……!」


処置を終えられたアカが、自分の鞄を持ち直した。それに追随するようにエミリーもあの大きな木箱を持った。


「その、アカ様、貴方、どこまで……」

「全部知ってる」

「そ、それは」

「嘘だ」


彼は嗜虐的に嗤った。女の思うままに治療されて、獣なりに意趣返しがしたかったのかもしれない。笑いながら館を去る彼の後ろを、エミリーは慌ててついて行く他仕方なかった。



王宮に戻る頃には、日が沈んでいた。


「荷物持ちの駄賃は、先に渡した銀貨に含まれている事で良いか」


と言ったアカの言葉に、エミリーは何度も首を振り抜いた。アカは先の木箱と、己の鞄は車の中に残したままで、代わりに車中から、大きなランタンを取り出した。


「君の部屋の近くまで送る」

「滅相もありません!」


アカが洋燈に息を吹き込むと、魔法の炎が煌々と灯る。彼は、運転手に一言二言会話を交わすと、車は大門の前から失せてしまった。この仕事に慣れきっているなァとエミリーはドギマギしながら思った。


「それじゃ、行くか」

「流石に王宮まで戻ったのに、部屋の前までご足労を頂く訳には」


先程、送迎は不要と伝えたつもりだったのに、この男は話を聞いていなかったのだろうか。彼女の翡翠の瞳は如何に彼の対応をすべきか、一種の不安に揺れていた。


「頼まれてンだよ」

「え?」


誰に、何を……? 当然の疑問を、エミリーは飲み込んだ。そもそも、この荷物持ちの仕事だって、突然過ぎた。護衛さえ付けずに歩きたがるこの第二王子が、ましてや荷物持ちなんて言うのを気紛れに同行させるとは到底思えないが。……


「そ、それでは」


お願いします。彼女はペコリと頭を下げた。あのアカの常軌を逸したとも言える暴虐性を見たばかりの彼女に、今更、瑣末な疑問を投げかける勇気は到底湧かなかった。



「カイドウ。それで、サルビアはどこに行ったんだよ」

「王宮で一日中ぺぺリーナ様とかくれんぼを楽しんでおられたと聞いている」


アカは自室に荷物を届けてから、弟の部屋に立ち寄った。弟の部屋は彼にしては珍しく、積み上げられた書類や書籍で満載であった。もしかしたらまだ彼の仕事は終わっていないのかもしれない。


「それって、じゃあサルビアは王宮には居ないんじゃないか?」


アカは鼻先を擦りながらそう言った。今日の傷はとうに癒え、痘痕面の上に新皮が形成されている。


「馬鹿正直に王宮に隠れていたら、本当にぺぺリーナ様に見つかるからな……」

「カイドウ、じゃあ、エミリーをわざわざ王宮から引き離す必要も無かったんじゃないのか」

「結果論です」


カイドウは長い溜息を吐いた。仕事の疲れによるものか、恋慕の宿痾によるものか、あのアカをして判別に難しい表情であった。


「……土産がある。リンゴのシードル。サルビアがいるなら、三人で分けるつもりだったが、結果論だよな」


彼は彼で今頃街で楽しんでいるに違いない。弟に異存は無かった。瓶を開ける。仄かな酒匂が鼻腔を擽った。


「……で、忘れてないよな、リンゴのパイの事は」

「また今度忘れずに用意するよ。今日は本当に忙しかったんだから……」


飲み物に合うお菓子が無い事に、アカはやや不満を呈していたが、


「兎に角、俺はちゃんと仕事はこなしたぜ」


としゃあしゃあと抜かしもしたのであった。カイドウが今日の暴力沙汰の話を聞くのは、当然翌日以降の話である。


「……仕事が終わったらエミリーに会うよな?」


当然、という言葉を聡い弟は即座に飲み込み、頷いた。この点に於いては分かりやすい男だなと兄は思った。


「今日、ハンケチを借りたんだ。また洗って渡すから、返しておいてくれ。……」

「……」


再びカイドウは頷いた。嗜みとしてそれくらいちゃんと持っておきなさいよ、と忠告するのは、今回の件で兄に借りが出来たのでひとまず黙っておいた(その後、彼が大立ち回りの末の流血で彼女のハンケチを借りる事になったと知ると、この件について彼が必要以上に恩義を感じる事は無くなった)。


「パイも買いに行け。本当に大変だったンだから」

「分かってるって。……」


シードルを嚥下する。馥郁とした果実の香りが部屋中に広がった。


「それとだな、カイドウ」

「他に頼みたいおつかいがあるの?」


アカは言うべきか少し迷うような素振りであったが、唇のシードルを舐めとると、結局それを言葉にした。


「今度、エミリーにリボンでも買ってやれ」


彼はそう言い切ると、残りの果実酒も飲み干した。甘酸っぱい炭酸の妙味が胸に残る心地の良い酒だった。


了▼

カイドウ、送り出した後になって、手を出しそうなサルビアに見つかるよりはアカの奴の方に送っといた方がマシだと思っていたけど、よく考えたらあっちはあっちで乱暴者だからエミリーが怖い目に遭うのではないか…と後悔してそうですね。恋って怖いよ。

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