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第2話 解き放たれた力と、運命の出会い

王都の門をくぐり抜け、街道をひたすら歩くこと数時間。

太陽は中天に差し掛かり、じりじりと肌を焼くような日差しが降り注いでいるはずだった。だが、俺の体感はまるで違っていた。

暑さを感じない。疲れも感じない。それどころか、歩くたびに地面から力が湧き上がってくるような感覚すらある。


「……なんだこれ。体が、浮きそうなくらい軽い」


俺は立ち止まり、自分の両手を見つめた。

これまでの五年間、俺の体は常に鉛のような倦怠感に支配されていた。勇者レオンの聖剣――いや、魔剣の呪いを中和するために、俺の魔力回路は常時フル稼働し、生命力すら削り続けていたからだ。

呼吸をするだけで肺が痛み、指先は常に痺れていた。それが俺の日常だった。


だが、今はどうだ。

血管を流れる血液の音が聞こえるほど感覚が鋭敏になり、視界は驚くほどクリアだ。

道端に咲く野花の揺らぎ、遠くの木々に止まる鳥の羽ばたき、風に乗って流れてくる微かな魔力の粒子。それら全てが、まるでスローモーションのように手に取るように分かる。


「ステータス、オープン」


俺は恐る恐る、冒険者ギルドカードに登録された情報を空中に投影した。

通常、ステータスを確認するにはギルドの水晶が必要だが、熟練の魔導師なら簡易的に自己分析ができる。今の俺なら、もしかして……と思ったのだ。


ブォン、と低い音と共に、空中に青白い光の文字が浮かび上がった。


【名前】アレン

【職業】研ぎ師(覚醒)

【称号】呪いを喰らう者 / 聖域の主

【魔力】測定不能(ERROR)

【スキル】

・神級研磨(あらゆる呪い・不浄を浄化し、武具の性能を極限まで引き出す)

・状態異常完全無効

・魔力超回復(毎秒全快)

・???(未開放)


「……は?」


俺は我が目を疑った。

魔力が「測定不能」?

それに、スキルの内容が変わっている。以前はただの「魔力研磨」だったはずだ。それが「神級」?

さらに「魔力超回復」という見たこともないスキルが追加されている。


「毎秒全快って……」


試しに、街道脇の大きな岩に向けて指を向けてみた。

初級魔法の『ウィンドカッター』。ごく一般的な、風の刃を飛ばす魔法だ。

通常なら、木の枝を切り落とす程度の威力しかない。


「――ウィンドカッター」


詠唱もなしに、イメージだけで魔力を放出する。


ヒュンッ!!


鋭い風切り音と共に、目に見えない何かが射出された。

直後。


ズガガガガガガッ!!!


街道脇の岩だけでなく、その後ろに広がっていた森の木々が、一直線に、数百メートルにわたって「消滅」した。

切断されたのではない。圧倒的な風圧によって粉砕され、木屑となって舞い散ったのだ。

地面には、深さ数メートルはある巨大な溝が、地平線の彼方まで続いている。


「…………」


俺は絶句したまま、その光景を見つめた。

冷や汗が背中を伝う。

もし、これを街中でやっていたら?

もし、レオンと喧嘩した時にうっかり手を出していたら?


「危なかった……」


俺は震える手で顔を覆った。

どうやら、五年間ずっと聖剣の致死レベルの呪いに抵抗し続けていた結果、俺の魔力回路は異常なほど太く、強靭に鍛え上げられてしまっていたらしい。

重りを外した瞬間に跳躍力が跳ね上がるように、呪いという枷が外れた俺の魔力は、今や災害級の出力を誇っていたのだ。


「力の加減を覚えないと、普通の生活すらままならないな」


俺は深くため息をつき、改めて自分の現状を認識した。

俺はもう、ただの研ぎ師ではない。

世界を滅ぼしかねない爆弾を抱えた、一般人だ。


とりあえず、人里離れた場所で力の制御を練習しよう。そう決めて、俺は街道を外れ、魔物が生息すると言われる『嘆きの森』へと足を踏み入れた。



『嘆きの森』は、その名の通り、迷い込んだ者が二度と戻らないと言われる危険地帯だ。

鬱蒼とした木々が日光を遮り、昼間でも薄暗い。漂う空気は湿り気を帯び、そこかしこから魔物の咆哮が聞こえてくる。


だが、今の俺にとっては庭の散歩道のようなものだった。

襲いかかってくるオークやゴブリンは、俺が視線を向けて少し威圧するだけで、泡を吹いて気絶してしまう。

どうやら俺の体から溢れ出る魔力が、彼らにとってはドラゴンの威圧のように感じられるらしい。


「便利と言えば便利だけど……張り合いがないな」


倒れたオークを跨ぎながら、森の奥へと進む。

適当な広場を見つけて魔法の練習をしようと思っていたのだが、不意に、鼻をつく異臭が漂ってきた。

腐敗臭とも、鉄錆の臭いとも違う。

もっと根源的な、生物が本能的に忌避する「死」の臭い。


「……なんだ、この気配は」


俺は警戒心を強め、臭いの元へと慎重に近づいた。

木々の隙間から、開けた空間が見える。

そこは、森の中にある古い祭壇のような場所だった。崩れかけた石柱が並び、その中心に、一人の人物が倒れていた。


「誰かいるのか!」


俺は駆け寄った。

近づくにつれ、その異様さが鮮明になる。

倒れているのは、女性だった。

長い銀髪は泥と血で汚れ、美しい顔立ちは苦痛に歪んでいる。

だが、何より目を引いたのは、彼女が身につけている装備だ。


漆黒の全身鎧。そして、その手に握られた、禍々しいオーラを放つ長槍。

鎧はまるで生き物のように脈打ち、隙間から黒い霧を噴き出している。その霧が触れた草花は一瞬で枯れ果て、地面は黒く変色していた。


「うっ……く……」


女性が微かに呻き声を上げる。

生きている。だが、その命の灯火は風前の灯だった。

鎧が、彼女の皮膚に食い込んでいるのだ。物理的にではない。魔力的な棘となって、彼女の生命力を根こそぎ吸い上げている。


「待ってろ、今助ける!」


俺が手を伸ばそうとした瞬間、女性がカッと目を見開いた。

その瞳は、宝石のアメジストのような紫色をしていたが、今は焦点が定まっていない。


「……くる、な……!」


掠れた声が、拒絶を叫んだ。


「近寄るな……愚か者……! この呪いは……触れただけで……お前も……死ぬぞ……!」

「そんなこと言ってる場合か! このままじゃあんたが死ぬだろ!」

「構わん……! 私は……力を求めて……自らこの魔装を……ぐあぁぁっ!」


女性の言葉は、激痛による絶叫にかき消された。

鎧の黒い輝きが増し、彼女の体をさらに強く締め上げる。

見ていられない。これは拷問だ。

彼女が何を求めてこの装備を手にしたのかは知らない。だが、目の前で人が死にかけているのを見過ごせるほど、俺は落ちぶれてはいなかった。


「動くな。すぐに楽にしてやる」

「やめろ……逃げ……ろ……」


彼女の制止を無視し、俺は彼女の肩――漆黒の鎧に手を触れた。


ジュッ!!


触れた瞬間、指先から強烈な拒絶反応が伝わってくる。

『喰わせろ』『命をよこせ』『絶望を寄越せ』

鎧に宿る怨念の声が、直接脳内に響いてくる。

普通の人間なら、この精神汚染だけで発狂し、肉体は数秒で干からびていただろう。Sランクのレオンが持っていた聖剣ですら、ここまでの悪意はなかった。これは間違いなく、国一つを滅ぼせるレベルの『特級呪物』だ。


だが。


「……なんだ。この程度か」


俺は拍子抜けした。

確かに強力な呪いだ。だが、俺が五年間、毎日毎晩、吐血しながら抑え込んできた聖剣の反動と比べれば、その「質」は驚くほど単純だった。

聖剣の呪いが「底なしの沼」だとすれば、この鎧の呪いは「暴れる野犬」のようなもの。

制御不能で暴走しているだけだ。なら、しつけをしてやればいい。


「スキル発動――【神級研磨】」


俺は魔力を練り上げ、掌から鎧へと流し込む。

力でねじ伏せるのではない。研ぎ師として、素材の「流れ」を読み、歪みを正す。

呪いとは、要するに「滞った魔力の暴走」だ。

絡まり合った怨念の糸を解きほぐし、正しい魔力の循環路を作ってやる。そして、溢れ出した「毒」は、俺の【呪詛喰らい】の体質で吸い取ってしまえばいい。


「ガァァァァァッ!!?」


鎧が、断末魔のような悲鳴を上げた気がした。

俺の魔力が鎧の内部に侵入し、黒い霧を次々と浄化していく。

ドス黒く変色していた金属が、見る見るうちに透明感のある白銀へと変化していく。

棘のように食い込んでいた魔力は、優しく使用者を守る防護壁へと再構築される。


「嘘……痛みが、引いていく……?」


女性の表情から苦悶が消え、代わりに驚愕の色が浮かぶ。

俺はさらに、彼女が握りしめていた槍にも手を伸ばした。

この槍もまた、血を求める狂気の武器だったが、今の俺には「切れ味の悪いなまくら」にしか見えない。


「ついでだ。お前も綺麗にしてやるよ」


俺が槍の柄を撫でると、纏わりついていた赤黒いオーラが霧散し、神聖な青い光が溢れ出した。

錆びついていた穂先はダイヤモンドのような輝きを放ち、見るからに邪悪な形状だった装飾は、天使の羽を模した優美なデザインへと昇華された。


作業時間は、わずか一分。

かつては数時間かかっていた工程が、瞬きする間に終わった。

これが「覚醒」した俺の力なのか。


「ふぅ……こんなもんか」


俺は手を離し、額の汗を拭った。

そこにはもう、呪われた騎士の姿はない。

白銀の聖鎧に身を包み、神槍を携えた、神話の戦乙女ヴァルキリーのような美女が横たわっていた。


「……あり、えない」


彼女は震える手で自分の体を触り、次に白銀に変わった槍を見つめた。


「『魔槍グラッジ』と『魔鎧デスペア』……古代遺跡から発掘された、装備者を必ず破滅させる最悪の呪具……。Sランクの解呪師でも手出しできなかった代物が……浄化、された?」


彼女は信じられないものを見る目で俺を見上げた。

アメジストの瞳が、涙で潤んでいる。


「貴方は……一体……?」

「俺? 俺はアレン。ただの研ぎ師だよ」

「研ぎ師……?」


彼女は呆然と呟き、それからゆっくりと体を起こした。

まだ少しふらついているが、先ほどまでの死相は消え失せ、頬には健康的な赤みが戻っている。

彼女は俺の前に跪くと、深々と頭を下げた。


「……命を救っていただき、感謝の言葉もありません。私はセシリア。かつて『銀翼の騎士団』の団長を務めていた者です」

「銀翼の騎士団? あの、王都で一番強かったっていう?」

「……はい。ですが、今はただの亡国の徒。祖国を魔族に奪われ、復讐のために力を求めて……この禁断の武具に手を出しました。結果は、ご覧の通りの無様さでしたが」


セシリアは自嘲気味に笑った。

彼女の噂は聞いたことがある。数年前、隣国が魔族の襲撃で滅んだ際、最後まで民を守って戦った姫騎士がいたと。

彼女がその人だったのか。


「貴方がいなければ、私は怨念に飲み込まれ、ただの殺戮人形になっていたでしょう。貴方は私の命だけでなく、誇りまで救ってくださった」


セシリアは顔を上げ、俺を真っ直ぐに見つめた。

その瞳には、先ほどまでの弱々しさはなく、燃えるような熱が宿っていた。


「アレン様。貴方は『ただの研ぎ師』と仰いましたが、その御力は神の御業に等しい。呪いを力に変え、絶望を希望へと変える……貴方こそが、私が探し求めていた『真の王』に違いありません」

「えっ、王? いやいや、俺はそんな大層なもんじゃ――」

「いいえ! 私の魂がそう告げています!」


セシリアは俺の手を取り、その甲に熱烈な口づけを落とした。

柔らかい唇の感触に、俺は思わず赤面する。


「この命、今日より貴方に捧げます。貴方の剣となり、盾となり、貴方の敵を全て排除しましょう。どうか、このセシリアを側にお置きください、我がマスター

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 主って!」

「不服ですか? ならば、現地妻でも、愛人でも構いません。貴方の役に立てるなら、どのような立場でも甘んじます」

「話が飛躍しすぎだ!?」


セシリアは真剣そのものだった。

彼女の瞳は、崇拝というよりもはや信仰に近い輝きを放っている。

どうやら、呪いを解いた際の魔力のパスが繋がってしまった影響で、彼女の中で俺の存在が絶対的なものとして刻み込まれてしまったようだ。


「とにかく、立ってくれセシリア。俺は旅をしてる身だ。道連れがいるのは心強いけど、主従関係とか、そういうのはナシで頼むよ」

「……分かりました。では、表向きは『相棒』ということで。ですが、私の心は常に貴方のものです」


セシリアは艶然と微笑み、立ち上がった。

その姿はあまりにも美しく、そして強そうだった。

白銀の鎧は彼女の肢体にフィットし、神槍からは聖なる光が溢れている。これなら、Sランクの魔物でも一撃で葬れるだろう。

俺はふと、レオンのパーティのことを思い出した。

彼らは俺を追い出し、代わりに「華のある」魔導師を入れた。

だが、目の前のセシリアと比べれば、あの魔導師など霞んで見える。

皮肉なものだ。俺は追放された先で、勇者パーティの誰よりも強力で、美しいパートナーを手に入れてしまったのだから。


「アレン様? どうかされましたか?」

「いや、なんでもない。……行こうか、セシリア」

「はい! どこまでも、お供します!」


俺たちは並んで歩き出した。

森の出口から差し込む光が、俺たちの未来を照らしているようだった。


その頃。

俺たちが向かう先とは反対方向、遠く離れたダンジョンの深層で。

勇者レオンは、焦りと苛立ちの中にいた。


「くそっ、なんだこの硬さは! おいエリラ、もっと強力な魔法を撃て!」

「やってるわよ! でも、全然効かないの!」


目の前には、中ボスであるオーガロードが立ちはだかっている。

いつもなら、レオンの聖剣の一撃で終わる相手だ。だが今日に限って、剣が重い。思うように走らない。

それどころか、剣を振るうたびに、手首にピリピリとした痺れが走るのを感じていた。


「チッ、調子が悪いな……。まあいい、次の一撃で決める!」


レオンは聖剣を大きく振りかぶった。

刀身が金色の光を放つ。だがその光の奥底で、どす黒い瘴気が渦巻き始めていることに、彼はまだ気づいていなかった。

アレンという防波堤を失った魔剣が、その牙を剥こうとしていることに。


俺はふと足を止め、振り返った。

森の風が、不穏な空気を運んでくる。


「……始まったか」


小さく呟き、俺は再び前を向いた。

もう、振り返らない。俺の隣には今、俺を心から必要としてくれる存在がいるのだから。

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