section4『兆し』
訓練三日目。
何も掴めない者と、少しだけ掴みかけた者。
光と影が交差する訓練場で、それぞれの距離が揺れ始める。
言葉にならない焦りの中、誰かの背中が遠く感じた──
けれど、見つめる目は、まだ諦めていなかった。
放課後の時間を使った訓練も、三日目に差しかかっていた。
神瀬の持ち山の一角、木々に囲まれた広場には、夕方の光が柔らかく差し込み、空が橙に染まりはじめている。
「……もう一度、やってみろ。力を抜け、レイラ」
凪の声が響く。鏡月レイラは小さくうなずき、額の汗を拭うと、慎重に手を前へと差し出す。
その掌の先──空気がゆらぎ、水面のようなきらめきが生まれる。反射する光の断片の中に、微かに彼女自身の姿が映っていた。
「これ……私のノアなのかな……わかんないけど、前よりは、見えてる感じ……」
「まだまだだが、手応えはあるな。お前は空間を“映す”感覚をつかめ」
凪がそう告げると、隼人もその場で肩を回しながら唸った。
「俺も、なんとなくだけど、拳が重くなる感覚ってのが分かってきた。あと、動きのキレも変わった気がする」
「それは“加速”の入り口だ。自分の限界を、どう崩せるかにかかってる」
神瀬は淡々と答えながら、真と共に2人の訓練を観察していた。
一方、真は訓練の補助にまわりつつ、自身のノアの応用展開について神瀬と情報を整理している。力の根源を探り、制御し、意図的に引き出す手順を復習する──教えることで、自らの理解も深まるようだった。
木々の影が少しずつ長くなる中、岩場の端にひとり離れていたのは白鐘鳴。
その小さな背中は、今日も訓練の輪に加わることなく、地面に膝を抱えて座り込んでいる。話しかける者はいなかった。けれど、それは無視しているわけではない。どう扱えばいいのか、皆が迷っていた。
「……なんで、僕だけ……」
ぽつりと漏れた声は、夜風にかき消された。
何もできない。怖い。置いていかれる。でも、どうすればいいかもわからない。
視線の先、仲間たちの動きはどんどん滑らかになっていく。その光景が、遠く、まぶしかった。
──その時。
「今日は、ここまでだ」
神瀬の静かな声が訓練場に響き渡る。
辺りには星の気配が現れはじめ、夜の帳が静かに降りようとしていた。
真、凪、レイラ、隼人──それぞれが訓練を終えて立ち上がり、息を吐く。小さな成長と達成感が、それぞれの顔に滲んでいた。
鳴は、誰にも気づかれぬように、そっとその場を離れようとした。けれど、ふと後ろを振り返ったその瞳に、何かが宿る。
──追いつきたい。あの輪の中に、戻りたい。
それでも、その一歩は、まだ踏み出せなかった。
できる者と、できない者。
その境界線は、残酷に思えるほどはっきりしていた。
でも本当は、まだ何も始まっていないのかもしれない。




