section2『生きるための型──訓練初日』
現実と非現実の境界が曖昧になった今、日常は確かに“変わって”いた。
だが、ただ怖がっているだけでは、生き残れない。
“異世界”を知る者として、そしてまだ力を持たぬ者として。
彼らの訓練は、今日から本格的に始まる。
柔らかな夕陽が差し込む、木々に囲まれた山間の一角。
そこは、神瀬 匡の所有する山の中。簡易テントや木製の足場、丸太で組まれたターゲットなどが設置された、訓練場のような空間だった。
異世界からの帰還から数日が経ち、5人──真、凪、レイラ、隼人、そして鳴──はこの地で、訓練を行う。
「この一週間、お前らには“生きるための型”を叩き込む」
匡さんは淡々と告げる。
「ノアを使いこなすのが目的じゃない。異世界で生き延びるための判断、動き、呼吸。それを身体に染み込ませる」
そう言ってから、匡さんは各自の顔を順に見渡す。
「真、凪。お前らは補助に回れ。初転写組のフォローも兼ねてな」
「了解」
凪が即答し、真も無言で頷いた。
レイラと隼人、そして鳴──この3人にはすでに異世界やノアの存在についての説明がなされている。内容は端折られたが、それでも彼らにとっては信じがたい話だっただろう。
「じゃあ始めるぞ。まずは回避訓練だ」
匡さんの合図とともに、訓練が開始された。
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「う、うわっ!」
レイラは投げられた木片をなんとか紙一重でかわし、よろけながら地面に膝をついた。
「隼人、お前は受け止めるな。今は“避ける”ことだけを考えろ」
「……つい、身体が勝手に反応しちまう」
隼人は悔しそうに歯を食いしばる。対照的に、レイラは呼吸を整えながら周囲を見渡し、不安げに訓練の流れを追っていた。
その一方、鳴は明らかに遅れていた。
動きが鈍く、目の前に飛んできた棒にすら反応できない。体の奥で何かが噛み合っていないような、そんな焦燥が漂っている。
(俺だけ、何もできてない……)
拳を握りしめ、鳴は悔しげに視線を落とす。
「鳴、今のは避けろ。目で捉えられたはずだ」
匡さんの言葉に、鳴はびくりと肩を揺らしてうなずいた。
「す、すみません……!」
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訓練の合間、木陰で休む真と凪。
「……3人とも、まだ時間かかりそうだな」
「まあ、当然だろ。異世界に飛ばされて、帰ってきたと思ったら次はノアだの訓練だの。普通の感覚なら、ついていけなくても仕方ない」
凪の言葉に、真は目を細めて頷く。
ふと、視線を鳴の方へ。
「……あいつ、前回一緒にいたのか?」
「うん。ただ、目立たなかったんだと思う。俺も最初は気づかなかった」
「……不思議なやつだな」
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訓練の終盤。夕陽が赤く地面を照らし、空気も幾分か冷えてきた頃。
鳴は1人、木の根に腰掛けて空を見上げていた。
「……俺だけ、置いていかれてる気がする」
その呟きは誰にも届かない。
だが、その背中を、匡さんは黙って見つめていた。
その視線の中にあったのは、期待か、それとも──。
最初の一歩は、不安と戸惑いに満ちていた。
うまく動けない。何もできない。けれど──それでも立ち止まらない。
それぞれの足元に芽生えた、“変わりたい”という微かな意思が、
これからの成長へとつながっていく。




