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オーバークロック・ノア  作者: くじらちさと
この目に視るものは
31/57

section2『生きるための型──訓練初日』

現実と非現実の境界が曖昧になった今、日常は確かに“変わって”いた。

だが、ただ怖がっているだけでは、生き残れない。

“異世界”を知る者として、そしてまだ力を持たぬ者として。

彼らの訓練は、今日から本格的に始まる。

柔らかな夕陽が差し込む、木々に囲まれた山間の一角。


そこは、神瀬 かんせ・きょうの所有する山の中。簡易テントや木製の足場、丸太で組まれたターゲットなどが設置された、訓練場のような空間だった。


異世界からの帰還から数日が経ち、5人──真、凪、レイラ、隼人、そして鳴──はこの地で、訓練を行う。


「この一週間、お前らには“生きるための型”を叩き込む」


匡さんは淡々と告げる。


「ノアを使いこなすのが目的じゃない。異世界で生き延びるための判断、動き、呼吸。それを身体に染み込ませる」


そう言ってから、匡さんは各自の顔を順に見渡す。


「真、凪。お前らは補助に回れ。初転写組のフォローも兼ねてな」


「了解」


凪が即答し、真も無言で頷いた。


レイラと隼人、そして鳴──この3人にはすでに異世界やノアの存在についての説明がなされている。内容は端折られたが、それでも彼らにとっては信じがたい話だっただろう。


「じゃあ始めるぞ。まずは回避訓練だ」


匡さんの合図とともに、訓練が開始された。


---


「う、うわっ!」


レイラは投げられた木片をなんとか紙一重でかわし、よろけながら地面に膝をついた。


「隼人、お前は受け止めるな。今は“避ける”ことだけを考えろ」


「……つい、身体が勝手に反応しちまう」


隼人は悔しそうに歯を食いしばる。対照的に、レイラは呼吸を整えながら周囲を見渡し、不安げに訓練の流れを追っていた。


その一方、鳴は明らかに遅れていた。


動きが鈍く、目の前に飛んできた棒にすら反応できない。体の奥で何かが噛み合っていないような、そんな焦燥が漂っている。


(俺だけ、何もできてない……)


拳を握りしめ、鳴は悔しげに視線を落とす。


「鳴、今のは避けろ。目で捉えられたはずだ」


匡さんの言葉に、鳴はびくりと肩を揺らしてうなずいた。


「す、すみません……!」


---


訓練の合間、木陰で休む真と凪。


「……3人とも、まだ時間かかりそうだな」


「まあ、当然だろ。異世界に飛ばされて、帰ってきたと思ったら次はノアだの訓練だの。普通の感覚なら、ついていけなくても仕方ない」


凪の言葉に、真は目を細めて頷く。


ふと、視線を鳴の方へ。


「……あいつ、前回一緒にいたのか?」


「うん。ただ、目立たなかったんだと思う。俺も最初は気づかなかった」


「……不思議なやつだな」


---


訓練の終盤。夕陽が赤く地面を照らし、空気も幾分か冷えてきた頃。


鳴は1人、木の根に腰掛けて空を見上げていた。


「……俺だけ、置いていかれてる気がする」


その呟きは誰にも届かない。


だが、その背中を、匡さんは黙って見つめていた。


その視線の中にあったのは、期待か、それとも──。

最初の一歩は、不安と戸惑いに満ちていた。

うまく動けない。何もできない。けれど──それでも立ち止まらない。

それぞれの足元に芽生えた、“変わりたい”という微かな意思が、

これからの成長へとつながっていく。


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