77 予想だにしなかった事 その一
エキナセアに手紙とネックレスを送った翌日、リュカ王子は母親であるエリス王妃に呼び出された。
最近は何かと忙しく、母親に会うのは久しぶりだった。それにしても何の用だろうか。
「母上、ご無沙汰しております。お変わりはありませんか。」
「同じ城内にいるのにご無沙汰なんて、何か切ないわね。結婚しているわけでもないのに。」
とエリス王妃は言ったが、何故か嬉しそうに微笑んでいて、本当に寂しがっている様子でもなかった。
末っ子を溺愛気味の王妃は、以前は少し会えないだけで本気で拗ねていたが、今では孫も出来たので、可愛がる対象がそちらに移ったのかもしれない。もしそうなら有難いとリュカ王子は思った。
「貴方の今回の働きぶりは城内でも評判で、私も鼻が高いわ。
見る目のないあの方も、これでようやく自分の過ちに気づいたようで何よりだったわ。でも、もっと早く人を見る目を養っていたら、片腕、いえ、両腕を失う事もなかったでしょうに。後の祭りですわね。」
あの人とは夫である国王の事で、その両腕とはベネフィット公爵の事を言っているのだろう。
あの若さで引退とは何があったのだろうか。公爵がいなくなって、本当に父と兄達だけで大丈夫なのだろうか。自分が心配してもどうしようもない事だが。
それにしても、公爵の件以外で父が気付いた過ちとは何だろうかと、リュカが頭を捻った。すると王妃はにっこり笑った。
「陛下がね、ようやく貴方の縁結び婚を諦めて下さったのよ。そうしたら、早速縁談の話が来たわ。流石、私の自慢の息子だわ。
きっとこれからも山のように縁談の申し込みが来るわね。でも、残念ながら貴方は四国会議の事でとても忙しくて、そんな事に構っている暇なんてないのでしょう?」
母の言葉にリュカ王子は困惑の表情を浮かべた。
リッカルドの予想通り、自分の縁結び婚はなくなったらしい。それは確かに喜ばしいが、縁談話は非常に迷惑だった。
「もし、そのようなお話がきましたら、どうかお断りになって下さい。私には当分暇が出来そうもないので。」
リュカ王子がこう言うと王妃は、顔を覆った扇子の後ろからでもわかる意味ありげな表情を浮かべた。
「暇がないと言いながら、装飾品を選ぶ時間はあるのね。あのリュカ殿下に初めて気に入った娘ができたんじゃないかって、城内、いえ、既に都中大騒ぎらしいわ。」
王妃のこの言葉にリュカ王子は頭を抱えたくなった。しかし、
「貴方は、装飾品一つ買ったからといって、それがなんだと思っているのでしょうが、それだけ貴方の一挙手一投足が注目されているのですよ。もっと行動には気をつけなさい。
そうしないと貴方の大事な人も傷付けられてしまう恐れがあるのですからね。」
母のこの言葉にはっとした。その忠告は確かに正しい。
しかし、母は自分の事をどこまで知っていてこの話をしているのだろうか? リュカ王子が思案していると、王妃はそんな事は気にもせずに言葉を続けた。
「ああ、それとね、王家だからと言って、簡単には縁談を断れないわ。だから最初にきた縁談をさっさと受けて決めておしまいなさい。そうすれすれば、他は断れるから面倒はなくなるでしょ。」
「母上! 待って下さい。私には心に決めた方がいます。母上もご存じではありませんか! 私はその方以外と結婚する気は絶対にありません。」
普段穏やかで笑顔を絶やさない息子が、その仮面を外さずにはいられない程感情を露にしている。それは六年前と同じだった。
「こんな息子に縁結び婚させようとしていたのだから、本当に我が夫ながらあの方は駄目だわね。国際親善どころか、亀裂が入るわよ。」
王妃は扇子で覆った口元から小さくこう呟いてから、王子に一冊の釣書を渡してこう言った。
「とにかくこの中身を確認しなさい。これは命令です。」
いつになく厳しい母の言葉に、リュカ王子は眉間に深いシワを寄せてその釣書を開いた。そしてその瞬間、勢い良く顔を上げて驚きの表情で母を見た。
「これは・・・」
「このお話は大分前に申し込まれていたようなのよ。しかも言質をとられていたのにも関わらず、あの方は誤魔化そうとしていたらしいわ。本当に往生際が悪いのだから。
でも長いお付き合いで、あの方のそんな性格をお見通しだから、先日私も一緒に居る所にわざわざこの釣書を持っていらっしゃたのよ。公爵様自らね。
返事は早い方がスムーズに準備出来るだろうと、私が貴方に代わって返事をしておきましたが、何か問題はありますか?」
王妃の問いにリュカ王子は大きく首を横に振った。予想だにしなかった事が起こった。
一度無かった事にされたエキナセアとの婚約。それが新に婚約の話が持ち上がるなんて。
いずれ駆け落ちでもしようかと、真剣に考えていたので、まるで夢のようだ。
「母上、本当にありがとうございます。心から感謝します。」
リュカ王子は深々と王妃に頭を下げた。リュカ王子はこの時、ベネフィット公爵が二人の為に、国王を威し、絶対に邪魔をさせない為の最後の一手まで打っていた事を知らなかった。
国王は四国会議の成功を二人の婚約の条件にしたが、例え無事に成功させたとしても、又何やら言い逃れをして誤魔化そうとするか、結婚をたてに自分の引退の引き延ばしを要求してくるかわからない。
だから、釣書を手渡しながら、公爵は国王の耳元でこう囁いたのだ。
「陛下。
私の娘もリュカ殿下と同じように、金色のカードを持つ選ばれし者なんですよ。
ですから貴方がどんなに邪魔をしようと、二人が駆け落ちでもしたら、決して連れ戻す事は出来ません。
追っ手を差し向けても、そんな事は仲裁人様がお許しになりませんから。かつての私の父の時のように。それにレッドドラゴンが・・・」
そこまで聞いて、国王は真っ青になったのだった。




