76 それぞれの覚悟
フィリアの子供達にとって、大きな転換期がやってきます。
今後、それぞれの個性がより鮮明になってきます。恋のお話も。それを楽しみにして頂けると嬉しいです。
ノアはエキナセアとアメリア二人の様子を、複雑な表情で見つめていたが、ユーゴが小用の為に部屋を出て行くのに気が付いて、そっとその後に続いた。そして、こう声をかけた。
「旦那様、少し宜しいですか?」
「なんだね、ノア。」
「先程のアメリアの件ですが。
アメリアに何かあったのですか? 急いでここを離れなければならない事情があるのではないですか?」
笑みを浮かべていたユーゴの表情が、厳しいものに変わった。それを見たノアは、嫌な予測が当たったのではないかと体が震えた。
「まさか、あの男が現れたとか。」
「さすがだね、ノア。その通りだ。
先週くらい前から、この屋敷近くや以前アメリア達が住んでいた家の近くで、あの男を見たという情報があがっていてね。
五年姿を現さなかったから諦めたかと思っていたが、そう甘くはないね。
母子寮の方には護衛をつけた。彼らにあの男は興味は無いだろうが、アメリアを脅す材料には成り得るからね。」
ノアが青ざめた。
いつかこんな日が来るかもと危惧していたとはいえ、よりにもよって、アメリアがようやく幸せを掴もうとしているこんな時に舞い戻ってくるとは。なんて忌々しい父親だ。
「この屋敷も普段なら警備に抜かりはないと自負しているが、今は四国会議の件で人の出入りが激しくなっていて、完璧とは言えなくなっている。
アメリアを守るためには、都のベネフィット家が一番安全だろうとペルクスに相談したら、エキナセアの事を聞いたので、渡りに船だったというわけだ。
これならアメリアを移動させても自然な流れかなと。大学入学準備を理由にするには流石に早すぎるしね。
だが、やはり君は誤魔化せなかったね。」
ユーゴは子供達には秘密にして処理をしたかった。
あんな下らない下衆の為に、大切で優秀な自分の子供達を煩わせたくなかったのだ。ただでさえ、この国、いや、この大陸において重要な時に。
「旦那様はあの男をどうなさるおつもりなのですか?」
「今回追い払ったとしても、いつか又やってくる。あんな男に怯えて過ごすなどという事は馬鹿げている。だから、今回戻ってきたことを一生後悔させてやるつもりだよ。」
普段温和で暖かな優しい笑顔を絶やさない主が、なにか悪巧みをしているかのようにニヤリとした。
「旦那様、是非私にも何かお手伝いをさせてください。絶対にお邪魔は致しませんので。」
ノアの懇願にユーゴは、
「本当は君を巻き込みたくはなかったんだが、正直君が協力してくれると心強いよ。
今晩、エドモントや騎士達と計画を練るつもりだから、私の書斎に来たまえ。」
と承諾した。
「ありがとうございます。
それと、ええと、この事をディル様にもお話をしてもよろしいでしょうか? 後で知ったらきっとお辛いと思うので。」
ノアの言葉にユーゴは難しい顔をした。
ディルは母親に望まれずに生まれてきた。まるでそれがわかっているかのように、エキナセアに比べて恵まれた体格をしていたのに、わざと母親を困らすように泣いてばかりいた。
うんざりとした顔をしてディルを抱こうともしない姉を見て、自分が全力でこの子を守るのだとユーゴは心に誓った。
その思いは実子のハロルドが生まれた時と何ら変わらない。親子とは血の繋がりだけではなく情と決意なのだ。
しかしその思いが強過ぎて、逆に客観的に息子を見る事が出来ず、普段厳しく接している割りに、いざという時に甘くなってしまう。
エキナセア、ノア、ジョージ、アメリアの事だって同じように大切な自分の子供だと思ってはいる。それでも彼らの事はちゃんと冷静に見られるのに。やはり、ディルは自分にとって特別な存在なのだろう。
ノアも又、ディルとの関係に決意を持って臨んでいるように感じる。
しかし、一方的に守ろうとする自分とは違い、寄り沿い助け合いながら共に前へ進もう、という姿勢が垣間見える。これが親子とパートナーの違いなんだろう。
「わかった。あいつも近頃ずいぶんと大人になってきたし大丈夫だろう。まあ、ノアもいてくれるし。」
ユーゴの返答にノアは安心したようにホッとため息をついた。
カミーユ夫人とミリエラがアメリアの側にやって来た。
「アメリアさん、本当に突然で驚いているでしょうが、エキナセアさんをよろしくお願いしますね。
都ではエキナセアさんの味方はナスタリアさんとアリーチェさんくらいしかいないわ。だから、あなたが側で支えて欲しいの。
リュカ殿下の人気は知っているでしょう。女の嫉妬は男の暴力とは違って、心を攻めてくるからかえって怖いわ。そこの所忘れないで。」
カミーユ夫人の言葉にアメリアと、話題の当人であるエキナセアが青ざめた。
そう、リュカ王子は国内外関わらず絶大な人気がある。
飛び抜けた美貌にずば抜けた運動能力を持ち、本人の意思関係なくその微笑みには、人を魅力するカリスマ性がある。本人はいたって真面目で、人を惑わせようなどとは間違っても思ってはいないが。
しかも、老若男女関係なく人気者なので、誰に憎まれるのかわからない。
「カミーユ様、若いお二人が怯えてしまいましたよ。」
カミーユ夫人の直ぐ上の兄ミシェルの妻で、以前フィリア家の侍女をしていたミネエラが苦笑いをしながら言った。
しかし、カミーユ夫人は軽く方眉を吊り上げた。
「何を言ってるの、これくらいの事で。実際はもっと恐ろしいのよ。私はこれでもずいぶんとオブラートに包んで言っているのに。」
若い二人は更に青ざめた。
「エキナセアさん、本当にリュカ殿下を愛しているのなら、覚悟を決めて立ち向かいなさい。
それが出来ないのなら、ただの幼なじみでいたいなら、早めに婚約のお話はお断りしなさいね。」
いつになく厳しい言葉に、エキナセアは驚きながら叔母の顔を見た。
それからうつむき自分の胸元に手をやった。それは四葉のクローバーを象った、飾りのついた金色のネックレスで、昨日リュカ王子の手紙と一緒に届けられたものだ。
相手の幸せを祈る四葉。リュカ王子は幼い頃からいつも自分の幸せを祈ってくれていた。では、自分はどうなのか?
エキナセアは目をつぶった。するとまぶたの裏にリュカ王子の笑顔が見えた。エキナセアが一番好きな優しくて幸せそうな笑顔。
この笑顔を守るためなら、自分は何でも出来る。やってみせる。今の自分がまだ彼に相応しくないのなら、絶対に相応しい人間になってみせる。そして隣に並んで共に生きていきたい。
私はもう、不要な人間などではない。父からも姉や兄からも、叔父や叔母、友人達からもちゃんと愛され、必要とされている。
リュカ王子に求められているのなら、それに答えたい。相応しくないと自分を卑下して逃げるような真似はもうしない。したくない。
エキナセアは顔を上げると、叔母と目を合わせた。叔母は何も言わずとも、エキナセアの覚悟をわかってくれて、にこりと微笑んでくれた。
それからカミーユ夫人は、娘達の側でただ戸惑っている息子に顔を向けて、キリッとこう言った。
「ディル、これは他人事ではないのよ。来春ノアさんと都へ行ったら、貴方も相当な覚悟を必要とされるのよ。ノアさんはリュカ殿下同様に注目されるでしょうからね。
私の息子なのだから、ただ嫉妬しているだけの情けない男にだけは成らないでね。」
そして最後に穏やかにアメリアにこう言った。
「アメリアさん、こちらの事は心配しなくても大丈夫ですよ。あなたが戻るまでミネエラさんがハロルドの世話をしてくれますから。
しばらくは淋しがるでしょうが、まあ、これもまた試練です。それにミネエラさんの子供達、つまり甥姪達も来てくれるから、どうにかなるでしょう。
でも出来ればジョージさんと一緒に戻ってきてくれると助かるわ。あまり長く留守にされると坊やが顔を忘れてしまうから。」
顔は優しげだが、夫人の言っている言葉はなかなか鬼畜である。エキナセアの侍女をしながら大学へ通い、飛び級で三年で卒業しろと言っているのだから。
しかし、少々勝ち気なアメリアは、
「はい、わかりました。なるべく早く戻ってこれるように勉強にも励みます。ハロルド坊やに忘れられたくはありませんので。」
とにこやかに答えたのだった。
その後、ランチパーティーの後片付けが終わると、アメリアはエドモントの所へ向かった。二つの大きな質問をするめだ。
都に行った事もない田舎者の自分で本当にエキナセアお嬢様を守れるのか。自分とノアがいなくなって、お屋敷は困らないのか。
それに対してエドモントは的確な答えを即座に返してくれた。さすがエドモントである。
「あなたが、エドモント=トーマス=ハームとアリーチェ=ゾーイの弟子であること、そしてレアム=レア=イーサリアの教え子である事を忘れなけば良いだけの事です。
最初が肝心ですよ。ビシッといきなさい。
ああ、そうそう、あちらには私の息子のカイトがいますから、いざという時は頼りなさい。」
「それとノアの事ですが、私もそろそろ年ですからね、ノアには出来るだけ早く大学へ行って、可能な限り早く戻ってきて欲しいので、何の問題もありませんよ。」
「あっ、一つだけ心配なのはジョージの事ですかね。ちゃんと四年でこちらに戻ってこれるように、妻としてちゃんと尻を叩いてください。」
最後に、先程サロンで皆に言われた事をエドモントにまで言われた。
そう、フィリア家においてアメリアは既ににジョージの妻と認識されていたのだった。
ノアはどこへ行ったのだろう。
ディルが、いつの間にかサロンからいなくなったノアを探していると、ノアは納戸から荷物を抱えて出てきた。多分、アメリアへ持たせる品だろう。
ディルは荷物を持つノアの両手を掴みながら、勢い良くこう言った。
「俺は絶対に、お前の横に堂々といられる人間になってみせる。だから安心してくれ。」
ノアはディルが何を言っているのかわからず、小首を捻った後でこう言った。
「今晩、旦那様の部屋で秘密裏に会合が持たれます。私も参加を許可されたのですが、ディル様はどうなされますか?」
ノアの真剣な眼差しに、何か大きな、重大な事柄が動き出している事にディルも気が付いた。
そしてそれと同時に、そこに自分も誘われた事に、今まで感じた事のない喜びが沸いてきた。今までは何も相談されず、事が終わってから報告だけを聴いていたのだから。
ノアの横に居たいのなら、最初から共に苦楽を共にしなければ意味がないのだ。ディルは力強くうなずいたのだった。




