75 仲間達の進路
結局ペルクスは娘の大好きな場所へは行けなかった。エキナペン製作のために、森林組合が非常に忙しいと聞いた為である。
しかし、これからは幾らでも行く機会はあるだろう。
その代わり、ペルクスは娘とエドモント通りをゆっくりと散策し、お土産を選び、喫茶店でハーブデザートとハーブティーを味わった。
確かに都で食するより数段美味しかった。まあ、初めての娘との食事だったからだろう。
フィリアの屋敷に戻る馬車の中で、エキナセアはたくさんの土産物を一つ一つ持ち上げ、渡す相手を思い浮かべながら、とても嬉しそうだった。
その中でも特に嬉しそう顔をして胸に抱きしめていたのは、多分リュカ殿下への土産物だろう。確か、エキナペンと消しゴム、それに経木で作られたノートと栞だったが、とても良い香りがする品ばかりだった。
ペルクスがそれらの代金を支払ったのだが、最初はエキナセアに固辞された。自分で働いた給金で買えるからと。
ほんの、そうベネフィット家にとってはわずかな金額なのに、娘は申し訳ない顔をした。そして今度はそれを見たペルクスが酷く辛そうな顔をしたので、エキナセアは仕方なくその申し出を受け入れたのだ。
こんなわずかな金額でさえも、父親に遠慮する娘に、自分との関係性の薄さを思い知り、ペルクスはいい大人のくせに、泣きたい気分になった。
「お父様も随分お買いになられたのですね。」
「ああ、仕事を辞めるし、そのお詫びに渡そうと思ってね。」
父の説明に娘は笑った。公爵で宰相であるお父様が、地方のお土産でお詫びだなんて、面白い冗談ですね、と。
しかし、ペルクスにとっては冗談でもなかった。購入した土産物は商品として素晴らしい物ばかりで、恥ずかしい物ではない。
もし、馬鹿にする者がいたら、それは我が娘の作った物だと自慢をしてやろう。どんな顔をするだろうかと、国王や長老達の顔を思い浮かべた。
「お姉様、喜んで下さるでしょうか?」
エキナセアは姉へのプレゼントを持ち上げながら、少し不安そうに呟いた。
誰に対する品物もエキナセアは心を込めて選んでいた。
しかし、姉への品選びには特に真剣に悩んだ。実の姉なのに、他の誰よりも接触が少ないので、姉の趣味嗜好が全くわからないのだ。
この半年しか一緒にいない、侍女仲間達の好みの方がよっぽどわかるというものだ。
最初の頃はアリーチェのお気に入りだから特別扱いをされているとか、女の癖に、使用人の癖に大学へ通っているとか、一緒に食事をしないで生意気だとか、かなりの嫌がらせや苛めを受けた。
まあ、当然の事だっただろう。しかし、エキナセアの真面目で正確な仕事ぶりや、素直な性格、その上聞き上手だった為に、次第に仲間達とうまくやっていけるようになった。
しかも彼女は控えめながら、頭が良くて物知りなので、今ではすっかり仲間の相談役となっていた。故に彼女達の性格や悩み、趣味、家族構成まですっかり把握していたのだ。
エキナセアは今更仕方ないと思いながらも、土産物を前にため息をついていると、ペルクスは優しくこう語りかけた。
「ナスタリアは結婚してからずいぶんと変わったんだよ。
そもそもエキナセアが倒れた時、自分がお前の世話をすると言っていたんだ。だが、悪阻が酷くなって出来なかったんだよ。
それ以来、ずっとお前の事を気にかけていた。そして会いたがっていた。だから、土産物の中身は気にする必要なんかないんだよ。」
父親の言葉にエキナセアは大きく瞳を見開き、両手で口元を押さえた。そして涙目で、初めて父に恨み事を言ったのだった。
「何故それをもっと早く教えてくださらなかったのですか? リッカルドお兄様だけではなく、お姉様やお父様にも愛されていると知っていたら、私は・・・・・」
翌日、フィリア伯爵邸の応接間において、ベネフィット公爵が催す四国会議の為の準備会議が開かれた。
メンバーは、フィリアガーデンの主要メンバーに、以前参加出来なかったフィリア辺境伯夫妻、ディル、レアム先生、そしてカミーユ夫人の兄で発明家のミシェル=オスカー氏、そして彼の妻であるミネエラだった。
ペルクスとエドモントによって会議は進められたのだが、思ったより随分と早く終了した。
レアム先生を含めフィリア家の若者達は、ペルクスの手腕を初めて目の当たりにして驚嘆した。
さすが我が国を導いてきた指導者だ。エキナセアも尊敬の眼差しで父を見つめた。
国王や長老達の邪魔が入らなかったら、この国はどんなにか良くなっていたことだろうと、リッカルドとエドモントは改めて深いため息をついた。
会議が終わると、会場だった応接間の大きいテーブルに、次々と豪華な料理が並べられ始めた。
フィリアガーデンメンバーであるフィリア家の使用人、領家の騎士や御者達が慌てて退席しようとしたが、ユーゴ伯爵がそれを引き留めた。
「ここで今から慰労会を兼ねたランチパーティーをしよう。無礼講だ。」
「慰労会って、四国会議はこれからですよ。父上。」
ディルが呆れて言うと、ユーゴは、
「四国会議を開催を決めた事に対する慰労会だそうだよ。本来なら国がやらねばならない事をこのフィリア領の者達により決定させたのだからな。私も本当に鼻が高い。
この料理はベネフィット家からの差し入れだ。思う存分食べくれ。まだ昼間だが超高級品の酒もある。ただし、未成年は葡萄ジュースだぞ。」
と言った。
ランチパーティーが始まると、ユーゴが若者グループに自ら近づいてこう言った。
「ノア、大学へ入るための準備を早めにしておきなさい。」
「「えっ!」」
思いがけない話ノアとディルが驚いて声をあげた。
「ノアにはディルの面倒を見てもらわないとね。それとペルクスの手伝いも頼みたい。君にとっても良い勉強になるだろう。」
「有難いお話ですが・・・・・」
ノアは少し複雑そうな顔をしてアメリアに目をやった。
確かに大学へ行けたら幸せだとは思うが、出来れば先にアメリアを行かせたかった。ジョージとずっと離れ離れにさせておくのは忍びない。
しかし、ユーゴは優しい微笑みを浮かべながらノアに言った。
「アメリアの事なら気にしなくてもいいよ。アメリアにも大学へ行ってもらうつもりだから。だが・・・」
「「「本当ですか?」」」
若者達は喜びかけて、後に言葉が続く事に気が付いて黙った。
「アメリアには急で申し訳ないのだが、来春とは言わず、明日都へ向かって欲しい。食事が済み次第荷物の準備をしてもらいたい。ああ、取り敢えず身の回りの物だけでいいよ。残りは後で送るし、さもなければ都で揃えてもいいしね。」
「「「・・・・・」」」
ユーゴの言葉にアメリアや他の仲間達は唖然とした。そこへペルクスがやって来た。
「本当に突然な事で驚くだろうが、アメリアさんにはベネフィット家に来て、エキナセアの侍女になって欲しいのだよ。」
「「えっ!」
少女二人が同時に声をあげた。
エキナセアがおずおずと父に向かって言った。
「お父様、もちろんアメリアさんには大学へ入ってもらいたいのですが、私の世話は必要ないですよ。ご存じの通り私自身が侍女として働いているのですから。」
するとペルクスは言った。
「明日都へ戻ったら、エキナセアには侍女を辞めてもらうよ。」
「はっ?」
エキナセアは思わず無作法にも勢いよく椅子から立ち上がった。
「どういう事ですか。」
「ブルブレアからエキナセアに戻ってもらうという事だよ。」
「何故今更そのような事をおっしゃるのですか? 私は今まで通りで構わないのですが。」
「いや、そうもいかないんだ。この秋からエキナセアは超多忙になるから、侍女の仕事を続けるのは無理だろう。」
超多忙になるとはどういう事なのだろう?
「ええと、何故忙しくなるのでしょう? 四国会議の準備の事なら、今までも並行してやってきましたし、勉強にもっと励めということでしょうか?」
エキナセアの疑問に、ペルクスはにっこりと意味ありげに笑ったので、エキナセアは思わず身構えた。
すると父は、みんなの前で思いがけない事を言った。
「四国会議の前に、お前を社交界にデビューさせる事になった。」
「はっ?」
「だから帰ったら、その準備を急ピッチで進めなければならない。ドレスやアクセサリーを作ったり、ダンスやマナーももう一度確認しなければならないしね。」
「・・・・・」
突然の話に、流石にエキナセアの頭でもついていけない。何故今更社交界にデビューしなければならないのか。自分の存分はベネフィット家及び社交界からは抹消されている。
いや、元々彼女の存分を知る者は僅かしかいなかったのだ。それなのに、今更公にして何の意味がある。余計な事を勘ぐられるだけで、ベネフィット家には何のメリットもない。
まさか、父の詫びのつもりなのか? いやいや、そんな詫びはいらないし、寧ろ迷惑なだけだ。
エキナセアとしては自由気ままに健康オタクとして、人の体の不定愁訴の研究を続けていく事が希望なのだから。
エキナセアが断ろうと口を開く前にペルクスは言葉を続けた。
「陛下が、リュカ殿下とエキナセアの婚約を発表する前に、エキナセアに社交界にデビューさせるようにおっしゃたんだよ。」
「!!!!!」
エキナセアはもう何がなんだかわからなかった。
「引退してのんびり過ごすつもりだったのだが、そうもしていられないようだ。
エキナセアの社交界デビューに、四国会議、エキナセアの婚約発表、リッカルドの武道競技会の指導、それに、孫達とも遊ぶ約束をしているからな。」
ペルクスがとても嬉しそうに笑った。
パーティーはエキナセアとリュカ王子、アメリアとジョージのカップルの話題で盛り上がったが、当の二人は思いがけない話に戸惑っていた。
勿論とても嬉しいし、ありがたい話なのだが、狐につままれているようで、思考が停止していたのだ。
エキナセアがフィリアに残ってから、リュカからは一日おきにフィリアガーデン経由で手紙が届けられていた。その内容は彼女の心身を気遣う優しい言葉で溢れていた。しかし、婚約の話など一切触れられてはいなかった。
そもそも、つい先日ようやくお互いに思い合っていた事に気が付いたばかりで、今後の事を話し合う余裕など全くなかったのだ。何故婚約などという急転直下な展開に至ったのだろう?
「お嬢様、おめでとうございます。これからはリュカ殿下と堂々とお会いになれますね。良かったですね。」
「ええ、ありがとう。アメリアさんもジョージさんとの遠距離恋愛が解消される事になって良かったわ。」
二人はひきつり笑いで、お互いにこう言い合ったのだった。




