74 リンドンの特産品 その二
ホランドさんの奥さんが、孫達に着せる祭りの衣装取り出すために、大きな杉材の箱の蓋を開けた。すると、まるで森の奥深くにいる時のような香りが漂ってきた。
「お嬢様、このドレスを見て下さいな。綺麗でしょう?」
奥さんが広げた子供用の祭りのドレスはとても華やかで、細かな細工の施された立派なものだった。
デザインといい、繊細な刺繍といい、どれだけ手間がかかっただろうか。それは高位貴族の着るドレスと大差ない程高価な衣装のように思われた。
「素晴らしいですね。レッドドラゴンをモチーフにしているのですか?」
「さすがお嬢様! よくおわかりになりましたね。」
奥さんは嬉しそうに言った。わかりますとも。実際にレッドドラゴンを間近で見たことがありますから。とは、エキナセアはとてもじゃないが言えなかったけれど。
レッドドラゴン。確かに全体が赤色なのは間違いないないが、ただの赤ではなかった。体が動く度に赤の中に金色銀色、紫色、オレンジ色の光が放たれていた。このドレスのように。
「今じゃ、こんな手間のかかるドレスはとても作れませんよ。昔の人はいい仕事をしましたよね。」
「昔と言いますと、どれくらい前にに作られたのですか?」
エキナセアが尋ねると、奥さんは少し考える仕草をしながらこう答えた。
「六十年くらい前ですかね。私の母が子供の時に作ってもらったと言いますから。」
「まあ、六十年前ですか? そんなに以前に作られたのに全く傷んでいませんね。凄いですね。」
エキナセアはとても感心した。
祭りの衣装は娘から娘へ、息子から息子へと踊りと共に引き継がれていくらしい。
「私の祖父が作ったこの杉の衣装箱にしまっておくと、衣類が傷まないみたいなんですよ。安い木箱なんかにしまっておくとすぐに虫に喰われてしまうのにね。」
「箪笥の中に入れておいても虫に喰われてしまいますか?」
「そうですねぇ。まあ、桐の箪笥なら他の箪笥よりはずっといいとは思いますが、完全に虫を避けるのは無理じゃないですかね。」
「それなら、杉材で箪笥をつくればいいんじゃないんですか?」
「そうできたらいいんでしょうが、杉材は桐と比べると、重いし細かな加工がしにくいんですよ。それに、杉は桐と違って生育に時間がかかるし、用途も多いので、箪笥を作るのはもったいないですね。」
「そうなんですか。」
なんにでも適材適所というものがあるのだな、とエキナセアは納得した。ただ、ぽつりとこう呟いていた。
「桐箪笥の中に一段だけでも杉材の引き出しがあったら、大切なお洋服をしまっておいても安心なのに。」
エキナセアのこの呟きでできあがったのが、通称『エキナ箪笥』で、最近のフィリアでは婚礼家具としての定番となりつつあった。
杉材の防虫や殺菌効果を利用して作られたのは、箪笥のような大きい物だけではない。保存食品をしまう収納箱、料理の味を高めるおひつやわっぱのお弁当箱、食材を包む経田など。
そして、木材の香りにも注目したエキナセアの呟きで作られた森林組合の檜風呂は、仕事で疲れた体を温め、癒してくれると皆に大喜びされた。
それが人の口から口へと広まり、街道沿いにまず足湯として作られ、今では療養施設の中に、これもまたエキナセアの提案で作られたハーブ湯と共に、檜風呂はお客様に大人気となっている。
もちろん、香りの方も風呂のような大物だけではなく、桶やら、栞やら、アクセサリーなどの小物なども作られた。そして、衣類や台所洗剤の香り付けにも入れられ、ハーブグッズとともに、町の女性や子供達の収入源にもなっているのだ。
「お嬢様はこの町でなんて呼ばれていらっしゃるか、ご存知ですか?」
サラティエにこう尋ねれて、エキナセアは不安になって、身構えながらわからない、と答えた。
すると、サラティエは満面の笑顔でこう言った。
「『フィリアの呟き姫様』です。」
「「呟き姫?」」
エキナセアとペルクスが驚いて声をあげた。しかし騎士のギーはその渾名を知っていたので平然とこう言った。
「それ以外にも色々ありましたよね?」
「ええ。エドモント様は『フィリアの救世主様』と呼ばれていますが、最近ではそれと対のように、エキナセアお嬢様は『フィリアの癒しの女神様』と呼ばれてますね。」
「「癒しの女神・・・・・」」
その他にもフィリアの広告塔とか、商売繁盛招き姫とか色々あったが、公爵令嬢に対してあまりにも失礼なので、サラティエはそれらを口にしなかったが、それは正しかったと、すぐに思う事となった。
「それにしても、やたら商品や料理や施設にお嬢様の名前を付けるはどうなんだろうね。いくら、愛称とはいえ。」
ギーがこう言うと、エキナセアは話の支流の方が気になった。
「私の愛称ってなんですか?」
彼女は周りの人に愛称では呼ばれていない。家族とは一歩距離を置かれていたし、同じような地位の友人もいないので。
しかし、その質問にギーとサラティエが驚いた顔をした。
「『エキナ』という呼び方はお嬢様の愛称ではないのですか?」
「エキナ?」
エキナセアは頭を一度捻った後でこう尋ねた。
「もしや、それって、リアム様がそう言っていらっしゃるのではありませんか?」
「ええ、そうです。リアム様はお屋敷にいらっしゃると、いつもお嬢様の自慢話ばかりなさっていますよ。
『これはエキナからもらった新商品なんだよ、いいだろう? 凄いだろう? 羨ましいだろう?』
とか。」
「貿易商人とかと一緒にこの辺のお店に立ち寄られた時も、わざと他の方々に聞こえるように、
『これはエキナが作ったんだよ。凄いだろう? エキナが作った物だから、この商品を選べば間違いないよ』
って。リアム様が宣伝して下さるので、私達はとても感謝しているんです。ですが、やはり、勝手にお名前で呼ぶ事はご迷惑でしたよね。申し訳ありませんでした。」
サラティエが頭を下げた。二人の話によると、商品名にエキナセアの名前を使っているわけではないのだが、皆自然にエキナ◯◯と読んでいるらしい。先程の『エキナペン』のように・・・
『エキナ箪笥』『エキナ風呂』『エキナ箱』『エキナ経木』『エキナ発案ハーブフルコース料理』『エキナ発案健康グッズ』とか、色々。
『エキナハーブ』にいたっては、それは何のハーブなんだ!と突っ込みを入れたくなったエキナセアである。
それにしても、リアム様ったら、次期皇帝候補が他国で何故サクラのような真似をしているのか。商品を売り込んでくれるのは、非常にありがたい事なのだが。
「もし、都にいらっしゃるベネフィット公爵様にこの事を知られたら、私達捕まってしまいますかね? 侮辱罪とか名誉毀損罪で。公爵様のご令嬢の愛称を勝手に使ってしまって。」
「「「・・・・・」」」
三人の目が泳いだ。
サラティエが真っ青な顔をして両手で顔を覆ったので、ペルクスが慌ててこう言った。
「あなた方を捕まえるなんてとんでもないですよ。私は娘をこんなに健康にしてもらって、この町の人々には感謝しているのですからね。」
サラティエが顔を上げて、ペルクスを見た。彼女の顔が更に青くなった事に、エキナセアとギーは気が付いた。
娘・・・
エキナセアお嬢様のお父上。ベネフィット筆頭公爵様。
我がユニフォーミティ王国を国王陛下に代わって治めていらっしゃる実質上国トップにおられる方。魔物から都を守った英雄。
道理でどこかで見た顔の筈だ。教科書にその似顔絵が載っていたし、新聞にも。
エキナセアがベネフィット公爵家の令嬢である事は勿論知っていた。
しかし長い付き合いの中で父親に関する話題が上がった事は一度もなかった。何となく触れてはいけないんだと感じていた。
だからこそ、二人でこうして並んでいても親子だとは、露にも思わなかったのだ。
サラティエは目眩を起こしてふらつき、ギーが慌てて彼女を支えたのだった。
今まで、去年末から作っていた話がストックされていたので、ほぼ毎日投稿してきましたが、残りも少なくなってきました。創作の方が追い付かなくなってきましたので、今後、投稿に間があくようになると思います。しかし、今後も引き続き読んで頂けたら嬉しいです。




