73 リンドンの特産品 その一
「そうか、ホランドさんのおかげでエキナセアは元気になれたのだね。遅ればせながら、お礼を言いに行かないといけないね。」
馬車の中でエキナセアの話を聞いたペルクスがこう言うと、彼女は頷きながらこう言った。
「森林組合に行く前に、街道沿いのお店に寄ってもいいですか?
ナスタリアお姉様や大学の先輩、それに侍女のお仲間にお土産を買いたいのですが。」
勿論だと、父親は大きく頷いた。
フィリア領リンドンの町の北端を通る南東街道の沿道沿いには、旅人を日射しから守る並木がずっと植えられている。
そしてそれに並行して続く歩道の両脇には花壇が造られていて、一面に特産のハーブの花が咲いている。
そのハーブの花壇の世話をしているのは、そこに面している、明るく優しい木造の建物の関係者達だ。
土産物屋や休憩所、食堂や喫茶店、医療施設や療養施設などの。
三十年前まで、街道には何もなかった。見渡す限りハーブ畑が広がる、美しいがただ単調なだけの街道だった。
それを今のように旅人や商人や運送業者達にとっての、心休まる安らぎの場所、領民にとってはやる気と収入を与えてくる場所に変えてくれたのは、エドモントである。
故にこの街道は通称エドモント通りと呼ばれている。本人が嫌がるので、地図などには記されてはいないが。
エキナセアは父と騎士のギーを伴って、エドモント通りの一番端に建っている、ログハウスの中へ入って行った。
店の名前は『リンドン・ウッズ』。そこは森林組合のアンテナショップで、木製の商品が小さな物から大きな物まで取り揃えてある。
「こんにちは、サラティナさん。」
「あら、エキナセアお嬢様。いらっしゃいませ。ご無沙汰してます。いつ、都からお戻りに?」
「先週です。明後日また都へ帰るので、お土産を買いに来ました。何か新作はありますか?」
この店の店員のサラティエは、森林組合の樵であるトマスの妹であり、エキナセアとは幼い頃からの友人である。
「お土産でしたら良い物がありますわ。実用的で嵩張らず、軽くて、しかも、お手頃な物が。
今月から売り出しているんですが、今一番の人気商品で、すぐに完売してしまいます。それが、先程納品されたところなんです。丁度良かったです。」
サラティエはそう言うと、店の奥に一度引っ込み、手にいくつかの木箱を持ってすぐに戻ってきた。
彼女はその木箱をカウンターに並べて、蓋を次々と開けていった。
エキナセアはその木箱の中を覗いて、思わず両手で口元を押さえ、興奮を少し押さえるようにして、うれしそうに呟いた。
「あれがとうとう出来たのね。」
「はい。出来上がった事をご連絡もせずに申し訳ありませんでした。もっと早くこの商品と共に、お手紙を差し上げたかったのですが、とにかく生産に追われて忙しくて。」
頭を下げるサラティエに、エキナセアはとんでもないと頭と手を振った。
「私の事を気にする必要なんて全くないですわ。」
「そんな、滅相もありません。このエキナペンはお嬢様が生み出して下さったのですから。」
「エキナペン?」
エキナセアが思いがけない言葉を耳にして驚いていると、娘の背の後方から覗き込んだペルクスが尋ねた。
「これは筆記具かな? これをお前が作ったのかね?」
「いえ、私が作ったというより、提案しただけで、設計したのはミシェル伯父様で、実際にこの商品を作ったのは、サラティエさんのお兄さんのトマスさんですわ。」
ただの客だと思っていた紳士が、エキナセアの知り合いだとわかって、サラティエは初めて紳士の顔をしっかりと見た。会った事はないが見知った顔だと思った。どこで?
「建築用の加工木材を作った残りの、端材の利用法について皆さんと考えていた時、加工木材に炭棒で印をつけているのを見て、この炭棒をもっと硬く、細くして端材で覆ったら、筆記具になるのではないかと、思い付いただけです。」
エキナセアの言葉にサラティエはとんでもない、という顔をして、
「お嬢様の発想がなければ、こんな素晴らしい文具は生まれてこなかったのですから、間違いなくお嬢様がお作りになった物ですよ。
エドモント通りの土産物屋だけではなく、都の高級品店からも注文がどんどん入って、今組合じゃ、増産体制をどうするかでもうてんやわんやなんです。」
と鼻息荒く語った。エキナセアはそれに圧倒され、小さな声で呟いた。
「これから組合へ行こうと思っていたけれど、この分では辞めた方が良さそうね。忙しいところをお邪魔してはいけないものね。」
と。
「この町でエキナセアは役にたっているのですね。」
ペルクスの問いに、サラティエは何を言っているのだ、この人は。という顔をした。
「役に立つか? ですって! なんて失礼な。この店だけでなく、エドモント通りのほとんどのお店は、エキナセアお嬢様に助けて頂いているんですよ。」
五年前、エキナセアは森林組合長のホランド親方のところでお世話になって、三ヶ月もの間療養生活を送った。
その当時は既に大概の事は自分で出来るようになっていたとは言え、親方の奥さんさんや、近くに住む娘のミリエラさんにはとてもお世話になった。そして、組合の人、エドモント通りの人々にも。
エキナセアが貴族令嬢なのに庶民感覚も備わっているのは、その時身に付けたものだった。
エキナセアは森が好きなので、毎日叔母からもらった帽子をかぶり、騎士のギーと共に森の中を散策した。
高低さのあるところを上り下りしていたので、そのうちに次第に足腰が鍛えられ、心肺機能も改善していった。
そして、滝の飛沫や木々の木漏れ日を浴び、美味しい空気を吸い込んでいるうちに、気分まで落ち着いたというか、前向きな思考が出来るようになっていった。
森には人を健康にする何かパワーがある。エキナセアはそう確信するようになった。それは決して目には見えないけれど。
そうこうしているうちにエキナセアは、目には見えない何かを形に表したい、と考えるようになっていった。そしてその最初のきっかけになったのは、秋の収穫祭の時だった。




