71 森林資源とリンドンの町
昼食後、エキナセアは父を遠出に誘った。
「どこへ行くのかね? 目的地はあるのかな?」
ペルクスが尋ねるとエキナセアは
「はい、私がフィリアで一番好きな場所です。ですから、お父様に知って頂きたくて。」
と答えた。それを聞いてペルクスは嬉しそうに微笑んだ。四阿に続き、娘にとって大切な場所をまた共有出来るなんて、なんて幸せな事だろうか。
幸せそうに微笑み合う親子を見ながら、護衛に付いたギーも嬉しそうにその後に続いた。こんな幸福な景色を眺められるとは、思いもよらない事だった。
『行き先はあそこだな。』
と、ギーには思い当たる場所があった。幼い頃からお嬢様が好きだった町、そして、傷付いた心と体をいやした場所。
馬車置き場に着くと、業者のベンジャミンが準備を整えて待っていた。エキナセアは馬車に乗り込むと、ベンジャミンに目的地を告げるた。
「リンドンの町までお願いします。」
フィリア家はユーゴの祖父の時代に膨大な借金を作った。
それは大災害の折り、領民の為に私財を投じただけでなく、近隣の領主から借り入れをしたためである。それ以来、長い間重い負債に苦しめられてきた。
しかし三十年程前、幸運にもエドモントという大変優秀な男が執事になってくれた事で、その驚くような手腕によって、その当時破裂寸前まで膨らんでいた借金が、十年もしないうちに赤字から黒字に変わっていた。
初めてフィリア家を訪れた時、若干二十歳だったエドモントは、ユーゴの父である辺境伯に向かってこう言ったそうだ。
「南東街道に接し、しかも東トールキャッスルと目と鼻の距離に位置したフィリアは交通や流通の要なんですよ。
その上資源にも人にも恵まれているのに、今までまともな貿易をしてこなかったなんて、ご領主様は馬鹿なのですか?
私なら十年で借金を返済できますよ。」
と。さすが歯に衣着せぬ物言いのエドモント。そして、それに腹を立てる事もなく鷹揚な態度で受け入れた前当主、本当に天晴れであった。
確かにフィリア辺境伯の領土はかなりの田舎、僻地ではあるが、豊かな資源に恵まれている。
辺り一面の畑には多種多様のハーブが栽培されているし、ストリームラインとの国境を成す東大山脈には、スギやヒノキ、ナラ、ブナ、ケヤキ、サクラ、トチ、カエデなどの針葉樹、広葉樹が幅広くはえているのだ。
しかもこれらの樹木はユニフォーミティ側にしかない。反対側は気候が違うので、シラカバやモミノキ、ヒイラギ、ナナカマドくらいしかはえていないのだ。それらの木々では建築資材にはなりにくく、クラフトなどのインテリアや趣味の利用しかない。
大学を出てから世界中を旅行をしていたエドモントは、諸国の事情をよく知っていた。
何があって、何が足りないのか。そして何を必要としているのか。その事を考えれば、隣国のみならず、他の二つの国にだって、フィリアにはいくらでも売り込める資源がある。
都に残っていたら、まだ若くて、しかも子爵の身分の自分が、どんな有意義な提案をしたところで、到底上の者に取り上げてはもらえないだろう。
もし、万が一関心を持たれたとしても、また誰かの手柄にされてしまうだけだ。そんなことは学生時代だけで十分だ、とエドモントは思った。
たとえその利益が自分の懐に入らずとも、それが周りのためになり、且つ自分の実績として残るなら、その方がましだ。
それに、フィリア家の借金を返済できたら、思い人のシャーリーも喜んでくれるだろう。彼女は優秀な教え子のユーゴをいずれ、都へ留学させたいと願っているから。
フィリア家の執事になったエドモントは、まず、南東街道沿いの町リンドンにある、フィリア家の避暑地用の別荘の中に、新しく貿易と林業のための事務所を構えた。
そして、林業組合の親方達と植林と伐採の緻密な計画を立て、年間の伐採量とそれによって作れる木材の目安を出した。
次に、エドモントはストリームラインの木材加工用のマシーンを製造している工場へ行って、自ら交渉した。
そのマシーンを安く提供してくれたら、そちらの関連の建築関係者に、優先且つ特別価格で木材を融通しますよと。
ストリームライン共和国は寒冷地で寒い。しかし、地下熱利用のヒートポンプが国中の地下に敷き詰められているので、建物の中は一年中春の陽気だ。
とは言え、ほとんどの建物が石造りなので、床暖房にするために、石の土台の上に木の板をのせている。
ところが裕福な家以外の一般的な家庭では、フローリングと呼べるような床板はとても張れない。ただ粗末な薄い板を何枚か重ねて置いるだけだった。木材が非常に高価だったからである。
エドモントの提案にマシーンメーカーは二つ返事で乗ってきた。しかも木材加工場も造ってくれると言ってくれたが、それは丁重にお断りした。
そんなことをしてもらったら、他の国との貿易がしにくくなる。儲けが出たら次は正当な価格でマシーンを購入するつもりだった。加工木材を欲しているのは、ストリームラインだけではないのだから。
マシーンを譲り受けたエドモントは、早速東大山脈の麓の街道近くに木材加工場を建築した。もちろん、マシーンで加工した木材を使って。
ユニフォミティー王国の建物といえば石造りや煉瓦のものが多い。しかし、自前の材料があるのに、わざわざよその領土から買う必要はない。そもそもこれ以上借金を作るなんてとんでもない。
木材加工場が出来て製品を輸出出来るようになると、次々と注文が入った。しかし、エドモントは製品を全部を商品として出荷するような事はしなかった。
南東街道沿いに自前の木材で、旅行者や商人達のための休憩所やレストラン、土産物屋を建てたのだ。
そこの目玉は多種多様のハーブを使った健康食やデザート、お茶などだ。長旅の疲れがとれるし、土産物としても嵩張らなくて喜ばれるだろう。
それまでは、南東街道においてのフィリア領は、通行者にとってはただの通過点に過ぎなかった。
それは他の街道沿いに、有名な温泉地や風光明媚な観光地を有する宿場町がいくつも点在していたため、今更参入しても遅いと皆思っていたからである。フィリア領は美しいが、ただ単調にハーブ畑が広がっているだけだったのだ。
しかし、珍しい木造の建物は人々の目を引き、次第に旅行者が足を止めるようになった。
そして、そのお客との会話から、旅の途中で怪我をしたり、体調が悪くなった時に困った、という話を聞き、取り敢えず急いで薬屋を開いた。その後、診療所を開業すると、旅行者や運送業者に大変喜ばれ、フィリア領リンドンの町は、南東街道において、次第に重要な地となっていた。
最近では、リンドンは宿泊施設もある、美と心の健康で有名な宿場町になりつつあるが、それはエキナセアが大きく関与していた。
道中、エキナセアは自慢気にリンドンの町の話をペルクスに語って聞かせた。とても楽しそうに幸せそうに。まるでふるさとのように。
「今リンドンはリゾート地として有名らしいね。」
ペルクスがこう言うと、エキナセアは首を横に振った。
「そんな派手な町ではないですよ。私、あの町は『人と物の再生工房』だと思っているんですよ。」
「人と物?」
「つまり人間を含む動植物、それとそれ以外の無機物の事ですね。」
エキナセアは真面目な顔で父親の顔を見てから、視線を外の景色へと移した。
「人は一人では生きて行けません。どんなに人に傷付けられても、やはり一人では生きていけませんよね? 悲しい事に。」
「・・・・・」
父は何も答えられなかった。
「でも、かと言って人がいればそれでいいかと言うと、やはりそうでもなくて。
リンドンには人と人以外に必要なもの、大切なものが全てある場所なんです。
あそこへ行けば、傷付いた身体や心を癒し、また頑張ろうと思わせてくれる場所なんです。それは動物や植物、人工的な無機物にとってもそうなんです。」
「都ではもう役にたたないからと捨てられた動物でも、あそこではちゃんと世の中の役にたって感謝されているんですよ。
例えば早く走れなくなった馬だって、優しく老人や病人を乗せて運べます。歩けなくなった犬や猫だって、留守番をしていている子供や、家に閉じ籠っている人達の心を癒す事はできます。
不要だからと捨てられた物でも、違う人が別の使い方をしてくれれば、また生まれ変われます。又は作り替えて再利用する事も可能です。
フィリアにいると、そんな事を自然に教わる事が出来るんです。とても抽象的ないい方で申し訳ないのですが。」
エキナセアは暗い顔になった父親を見て、申し訳なく思った。
まるで自分が家族から都から捨てられ、フィリアによって再生できたと恨み事を言ったようで。決してそんなつもりはなく、事実を正直に語ったに過ぎなかったのだが。
そこで、今度は明るい口調で愉快な話を始めた。
エンチャントの時期皇帝候補であり、超美形の医療魔術師である、ジュール=リアム=エンチャント公爵との出会いとその後のやり取り。
そして、動物虐待をしてしまった自分の情けない失敗談などを。
そして、リンドンで療養した三ヶ月間の話を。




