69 幸せな朝食
またしても、一章分飛ばしてしまいました。本当に申し訳ありません。
67章「父と娘の夢」の後にこの「父の決意」を読んで頂いてから、再度、69章「幸せな朝食」を読んで頂ければ幸いです。
この68章では父親の切ない気持ちが出ているので、是非読んで頂きたいと思っています。
翌朝食堂に現れたエキナセアは、長めの睡眠をとったはずなのに、まるで睡眠不足のような顔をしていた。顔色は悪く、瞼は落ち窪んでいた。
リッカルドは驚いて、席についたエキナセアのまえで跪くと、エキナセアの脈をとった。
自分と父が現れたせいで、妹の体調がまた悪くなってしまったのかと思うと、申し訳なさで心が一杯になった。しかし、エキナセアは優しげな微笑みを浮かべた。
「お兄様、おはようございます。ご心配いりませんわ。夕べ色々あって熟睡出来なかっただけですから。私、今、信じられないほど幸福なんです。」
「エキナセア、この間は本当に申し訳なかった。
こんな所で謝罪など礼儀知らずな事はわかっている。だが、お前に嫌われたと思うと、もういてもたってもいられない。何度も繰り返しお前を傷付けてしまう、この愚かな兄をどうか許して欲しい。」
リッカルドは妹の両手を握り、二人の重なった手に自分の額を擦り付けながら、許しを請うた。
食堂には屋敷の使用人達がいたが、彼はそれを気にする余裕さえなかった。冷静沈着、天才の誉れ高いリッカルドのこの姿に皆瞠目した。
しかし、一番動揺し戸惑っているのは、勿論エキナセアである。
昨夜の父といい、この兄といい、いくら身内と言えども、この国の重要人物に頭を下げられ、許しを乞われるのはいたたまれない。正直に言えば寧ろ迷惑だった。
「お兄様、頭を上げて下さい。許すもなにも、私はお兄様を嫌いになった事など一度もありません。先日の事もお兄様は何も悪くはありません。色々な思いが重なって、私が勝手に感情を高ぶらせただけですから。もう、平気です。お迎えに来て頂かなくても、屋敷に戻るつもりでおりましたし。」
エキナセアは必死に兄に訴えたが、リッカルドは頭を上げない。
困り果ててエキナセアが周りを見回していると、キアラとチャールズが食堂に入って来るのが目に入った。
どうしよう、子供達に兄のこのような姿を見せるのは良く無い。慌てて自分の手を引っ込めようとした時、チャールズが大きな声で駆け寄ってきた。そして、
「わーい、エキナセアお姉さま、おはようございます。お会いしたかっです。叔父さま、ちょっとどいてください。」
こう言いながら、リッカルドを押し退けた。
リッカルドは目を大きく見開いたまま、仰け反って尻もちをついた。
エキナセアも目をぱちくりしながらチャールズを抱きしめ、キアラに顔を向けた。キアラは両手で口元を覆い、クスクスと笑いを堪えていた。そして、こう言った。
「叔父さま、お姉さま相手にプロポーズの練習ですか? 食堂ではムードが出ないんじゃないですか? ねー、お姉さま。」
「はぁ?」
「本当にそうですね。いくらあの王女様でも、食堂で妹相手に練習したのだとお知りになったら、興醒めするのではないですか? お兄様。」
「「えーっ? 叔父さま、あのお姫さまと結婚なされるのですか?」」
「ち が う !」
あの、クールキャラのリッカルドが顔を真っ赤にして、慌てて立ち上がった。
ちょうどその時、フィリア伯爵夫妻とペルクス公爵が食堂に入って来た。
「まあまあ、朝から賑やかな事。」
カミーユ夫人がにこやかに微笑み、リッカルドは必死に冷静さを装った。そしてエキナセアはアイコンタクトで、キアラに感謝をしたのだった。
その日の朝食は、エキナセアのこれまでの人生の中で、一番和やかで一番幸せな食事だった。
父と兄と弟、かわいい姪と甥、そして育ての親である優しい叔父夫婦と祖母。でもここにもし姉も加わっていたら、どんなに素敵だったろう。
食後のお茶を飲みながら、ふと姉のナスタリアの事を考えていると、リッカルドがエキナセアにこう言った。
「先日姉上が、エキナセアと話がしたいので、遊びに来て欲しいとおっしゃっていたぞ。」
「お姉様が? 本当ですか?」
「ああ。会いたいけれど赤子がいてはフィリアへはとても行けない。だから、エキナセアの方から来てはもらえないかって。大学へ入った事は言ってないから。」
「嬉しいです。でも、ご迷惑にならないでしょうか?」
エキナセアは嬉しくて涙がこぼれそうになりながら言った。
「姉上はエキナセアの事を、夫であるツバイヘルツ侯爵に話されているそうだ。だから何の問題もないそうだ。
もしベネフィット家に行くのが嫌なら泊まればいいとまでおっしゃっていたよ。」
「・・・・・」
まだ朝だというのに、エキナセアはとうとう涙を堪えられずに、両手で顔を覆った。リッカルドは優しい目で妹を見つめた後、子供達に顔を向けた。
「ナスタリア叔母様が、お前達にも久しく会っていないから、遊びにおいでとおっしゃっていたよ。」
叔父の言葉にキアラは瞳を輝かせた。
「本当ですか? ナスタリア叔母さま、ちっともお屋敷においでにならないので、マシュウ君やノアールに会えなくて寂しかったんです。早くお会いしたいです。」
「僕も会いたい。それで一緒に遊びたい。」
チャールズも言った。
フィリアに居る時は、使用人の子供達や初等学校の子供達など、遊び相手に事欠かなかった二人だが、都ではそうはいかなかった。
特にまだ学校へ上がっていないチャールズは。だから、二つ下の従兄弟と遊べるのははとても嬉しい事なのだ。そんな二人にペルクスは言った。
「来週、私が連れて行ってやろう。私も用があるのでね。勿論!エキナセアもね。」
「わーい!」
二人は大喜びだった。そしてエキナセアも。
ただ、リッカルドだけが、少し頭を捻った。父が姉に用事とは一体何なのだろかと。
「ところで、今日の予定はどうなっているのかね?」
ユーゴが尋ねるとペルクスがこう答えた。
「ああ、その事なんだがね、みんなには申し訳ないのだが、今日は私がエキナセアを独り占めしてもいいだろうか?
明日はこちらの方々と、四国会議について中身を詰めたいと思っているのだが、そちらの都合はどうだろう?」
ユーゴは側に控えていたエドモントとスケジュールの確認を始めた。
キアラは眉を寄せて、少し不安そうにエキナセアに尋ねた。
「お姉さまは、いつ都へ戻られるのですか?」
「帰るのが遅くなってごめんなさいね。この週末に帰るつもりだったので、一緒に戻りますよ。」
エキナセアがこう答えると、キアラはあからさまにホッとした顔をした。そしてチャールズもニコニコしてペルクスに言った。
「お祖父様はエキナセアお姉さまと、たくさんお話しがしたいのでしょ。僕たちはいつもたくさんお話ししていますから、今日はお譲りします。僕たちは大おばあさまとお話ししています。」
子供達がいつの間にか父とすっかり馴染んでいる様子に、エキナセアは目を丸くした。
そういう自分も、夕べの数時間で長い間凍り付いて関係が溶解してしまったが。彼女は父の威力にただただ驚愕した。
「エキナセア、お前のお気に入りの場所で話をしたいのだが。」
父の要望で、エキナセアは庭園の四阿へ向かった。
「フィリアは屋敷の中もお庭も、領地の隅々までどこもお気に入りです。
でも、四阿は五年前に私が新しい一歩を刻んだ場所ですから、とても大事な所です。」
小ぶりの秋薔薇が咲き乱れる庭はとても可憐であった。
ペルクスもこの庭が好きだったが、妻のサチを誘って散策しようとしても、いつも断られていた。
サチに言わせれば、田舎臭い地味でつまらない庭で、とても庭園などとは呼べないと言っていた。しかも虫が嫌いだから行きたくないと。何度もそう言われて、すっかり足が遠退いていたこの四阿に、愛娘と再び訪れる事ができるとは。




