68 父の決意
またしても、一章分飛ばしてしまいました。本当に申し訳ありません。
67章「父と娘の夢」の後にこの「父の決意」を読んで頂いてから、再度、69章「幸せな朝食」を読んで頂ければ幸いです。
この68章では父親の切ない気持ちが出ているので、是非読んで頂きたいと思っています。
半年前、エキナセアが大学へ入学するために都の屋敷に戻ってきた時、ペルクスは嬉しくてたまらなかった。今度こそ出来るだけの愛情を注ごうと思っていた。
ところが、娘は演技ではなく本当に使用人として自分に接してきた。名前を呼ぼうとして、はっきりした視線でそれを拒絶された時は、頭をハンマーで殴られたようなショックを受けた。
しかも使用人の相部屋では、こっそりと会いに行く事も出来なかった。
リッカルドとは接触しているようなので、それとなく橋渡しを頼もうとしたが、リッカルドにまでそれを無視をされた。ペルクスに出来る事はアリーチェにエキナセアの見守りを頼む事くらいであった。
そして、悶々とした日々を過ごしていた時、エキナセアが再びリュカ殿下と会った事をアリーチェから知らされた。しかも、二人は互いにずっと思い合っていたというではないか。
五年前の事はリュカ殿下の一方的な思いだと思っていた。エキナセアは殿下との婚約に戸惑っていた様子だったから。
だから、二人が連絡を取れないようにしていたのだ。しかし、エキナセアは自分の遺伝と病弱な事で、リュカ殿下には相応しくないと思い悩んでいただけで、本当はリュカ殿下を慕っていたのだという。
自分はどこまで娘の邪魔をすれば気が済むのだ。
ペルクスは決心した。これからの自分の人生は娘の幸せの為に尽くそうと。
決意してからのペルクスの行動は早かった。早々に、何の前触れもなく国王に隠居する旨を告げた。
最初のうち国王はそれを信じなかった。ペルクスは国王よりも八歳も年下で引退にはまだ早すぎる年齢だったからである。
しかし、彼が本気だとわかると今度は必死で思いとどませようとした。それはそうだろう。二十年以上、この国の舵取りををしてきたのは国王ではなくペルクスだったのだから。そのおかげで国王は勝手気ままに、やりたい放題に過ごせてきたのだ。
そして一旦引退を決意表明すると、今までの不平不満が英雄であるペルクスでさえ、ムクムクと心に沸き上がってきて怒りがおさまらなくなってきた。
六年前に魔物との戦争を引き起こした事、その後始末を自分を含め家臣に丸投げした事。幾多の国内の災害にも何の対策も予防もしなかった事。数え挙げたらきりがない。
しかし、その中でもどうしても我慢のならないのが、個人的な事ではあるが、例のエキナセアの破談の件だ。
そもそも、エキナセアとリュカ殿下を引き離したのは国王だ。エキナセアが例えあの時倒れていなかったとしても、こちらに何か落ち度あると難癖を付けて結局破談していたに違いない。国王はリュカ殿下を縁結び婚させたがっていたから。
その上、エキナセアの存在を世間から消せと暗黙のうちに迫ってきた。
もちろん自分はそれに従ったわけではない。エキナセアをフィリアへ行かせたのは養生の為だったのだから。
ペルクスは自分にとって一番大切な子供達とろくに触れ合う事が出来ないほど、国の為に必死に働いてきたというのに、国王のこの仕打ちはなんだ。
今更ながらペルクスは、もっと早くエドモントさんの事を見習えば良かったと酷く後悔した。そして、このまま大人しく言いなりになっているものか、と強く思った。
国王が独断で進めた、アディール王女の縁結び婚の失敗のせいで危うくなった国際関係をどうにか修復できたのは、リュカ殿下とリッカルドのおかげであった。実際はエキナセアやフィリア家の者達との協力によるものだったらしいが。
ペルクスは二人の功績を盾にリュカ殿下とエキナセアの仲を認めるように国王に迫った。リュカ殿下がエキナセアを思い続けている事は明々白々な事実なのだから。しかし、
「何を言っている。一度破談になったのだぞ。そんな事出来る訳ないだろう。」
国王がこう言ったので、ペルクスは毅然とこう言い放った。
「それはこちらの台詞です。何をおっしゃっているのですか? 五年前の事を何も無い事になさったのは、陛下ご自身ではないですか。何もなかったのですから、つまりは何の問題もないではありませんか。」
「・・・しかし・・・」
「今回の件でさすがに陛下も、リュカ殿下の能力はお認めになったでしょう。まさか、この期に及んでもリュカ殿下を他国へ出されるおつもりですか?」
「いや、それは無いが。」
「リュカ殿下を他国へ出されるつもりもないのに二人の仲を反対されると言う事は、私の娘の方に問題があると言う事でしょうか?」
筆頭公爵家令嬢である我が娘にご不満ですか? リュカ殿下と我が娘は再従兄弟同士。これ以上の釣り合った相手は無いでしょう。と、暗にこう告げたのである。
ペルクスは国王の従兄弟だったが、今まで一度として身内だと口したことも、態度で表した事もなかった。ただただ臣下として仕えてきた。その彼が初めて強い態度に出たので、さすがの国王も腰が引けた。
ベネフィット家を敵に回して国を回せる訳がないのだから。それでも往生際の悪い国王は渋った。
「そなたの娘に不満があるわけではないが、そなたの娘には荷が重すぎるのではないか? 学校へ通えないくらい体が弱いのだろう? それに社交界に出てもいないし、大変ではないのか?」
「ご心配には及びません。体はもう大分良くなりました。それに学校なら娘は今、大学へ通っていますよ。まだ十五ですが。それにあのアリーチェから淑女教育も受けておりますので、何の問題もありません。寧ろ、娘のエキナセア以上の淑女がおるのでしたら、是非ともお会いしたいものです。」
ペルクスの言葉に国王は絶句した。
筆頭公爵家令嬢。十五歳で大学に入った才女。我が国の淑女教育の第一人者のアリーチェの教え子。文句のつけようがない。
現在の容姿はわからないが、五年前の彼女はとても愛らしい、可愛いい娘だった。そもそもあの公爵夫妻の娘なのだから、器量が悪いはずがないだろう。
国王はついに観念した。しかしどこまでも図々しい国王は最後に条件を一つ付けたのだった。
「そなたがリュカの補助について、四国会議を開催し、無事に終了させる事が出来た暁には、二人の婚約を公約しよう。それまでにエキナセア嬢を社交界デビューさせるように。」
と。
結局ペルクスの力無しに四国会議を無事に催す自信など、ユニフォーミティ国王には全くなかったのである。
「エキナセア、今直ぐでなくていい。どうか父を許して欲しい。これからの私の残りの人生を全てお前の為に使わせておくれ。」
父の言葉にエキナセアは酷く驚いて体が大きく跳ねた。そして、抱きしめられたまま顔を上げて、父の顔を見上げた。
「お父様、何をおっしゃっているのですか?」
「国王に引退すると伝え、認めさせた。四国会議が終了したら、グリークに爵位も譲る。」
「お父様が国王陛下をお支えしなくても、この国は大丈夫なのですか?」
エキナセアでも知っている。リュカ王子は申し訳ないが、国王陛下が問題の多い方だということは。
そして、実質父がこの国を背負っているという事も。そんな父が自分の為に辞めるだなんてとんでもない。恐れ多い話だ。
「私がやらねばと気負っていたが、それが寧ろ陛下には良くなかったのだ。安心し過ぎて、己が責任を取る事を辞めてしまった。だから、無責任に好き勝手をしている。私は今、一歩引いて見守る方がよいのだ。」
「でも、お父様には、お父様でしか出来ない事がまだまだ沢山おありになるでしょう。私の為に時間をお使いになるなんて滅相もありません。
私は、お父様のお気持ちを伺えただけで、それだけでもう十分幸せです。恨んだりしておりません。本当です。」
エキナセアは必死で訴えた。しかし、父はエキナセアの言葉に嬉しそうに微笑みながら、もう決めた事だ。お前は何も気にする事は無いと言ったのだった。




