67 父と娘の夢
ようやくエキナセアの本音がわかる章です。長かったです。
ブックマークをつけて呼んで下さっている皆さま、本当にありがとうございます。
「今からエキナセアを呼んできましょうか?」
カミーユ夫人がこう尋ねると、ペルクスは頭を振った。
「体調がまだ戻らず、もう休んでいるのだろう? 無理をさせたくないし、明日にするよ。」
「いいえ。エキナセアの体調はもう大分いいんですよ。そろそろ都へ戻るつもりでいたのです。子供達や大学の事もありますし。ねえ、アメリアさん。」
「はい。ただ今日はお客様がそれこそ沢山いらしたので、お疲れになってしまったのです。」
「沢山の客?」
リッカルドが不思議そうな顔をした。
「エキナセア様がこちらに戻っていらっしゃってから、毎日のようにお客様がお出でになるのですが、今日は初等科の子供達が、大勢で訪ねてきたのです。この半年間の成果をお嬢様に見て頂きたくて。」
クスクスとアメリアは笑った。
半年前、エキナセアがフィリアを離れて都へ行くと知った町の子供達は、行かないでと大泣きをした。するとエキナセアはこう言ったのだ。
「みんなが毎日頑張っているのを私は知っています。だから、次に会った時、みんながどう成長したのかを見るのがとても楽しみです。」
と。だから今日、子供達は自分の頑張りをエキナセアに見せたくて、集団でやって来たのだという。
そしてエキナセアは子供達の成長したところを一人一人ちゃんと見つけて褒めたので、子供達は大喜びし、また頑張るぞ、と約束して帰ったという。
「お嬢様ったら凄いんですよ。私から見たら、ただの食いしん坊で怠け者としか思えない男の子にも、
『まあ、随分と大きくなりましたね。毎日好き嫌いをせずに、沢山召し上がったのですね。偉いですね。こんなに大きくなったのですから、お母様のお手伝いももっと色々できそうですね。』
って。そうしたら、その子、
『今度、水汲みとお買い物の荷物運びに挑戦します。』
ですって。」
「「ほうっ。」」
「本当は敬老院のお年寄りの方々もエキナセアに会いたがっていたんですよ。
車イスだった方が松葉杖で歩けるようになった、松葉杖の方が少しずつ自力で歩けるようになった、お食事が以前より食べられるようになった、お嫁さんと仲直りできたとか。
まあ、色々報告したがっていましたよ。私が代理で伺っておきましたが。」
カミーユ夫人も楽しそうにそう言って笑った。
「エキナセア様はいつも真剣に子供達に向き合われるので、さすがに今日はお疲れになられたんだと思います。子供達のパワーといったら、物凄くて。」
アメリアの言葉にペルクスも嬉しそうに頷いた。エキナセアは、本当に素晴らしい子だ。私には出来すぎの娘だと。
私も、その子供達のように素直な心で娘に向き合おうと、心を新たにした。そして、アメリアにこう言った。
「アメリアさん、話は明日するとして、今晩、寝顔だけでも少し見たいと思うのだか、一緒に行ってもらえないだろうか。」
アメリアは驚いてカミーユ夫人の顔を見ると、夫人が頷いたので、
「解りました。どうぞこちらへ。」
と、客室の扉を開けて、ペルクスをエキナセアの部屋へと導いた。そして、一応確認の為に小さくノックをしたが、やはり応答がなかった。やはりもう疲れて寝ているのだろうと判断し、そっと部屋の扉を開けた。
「私はこちらで待たせて頂きますので、どうぞお入りになってください。」
「いいのかい?」
とペルクスはアメリアに尋ねた。本来なら実の父親が侍女にこんな事を尋ねる必要はないのだが、彼は自分が周りの者達にどう思われているのかを認識していた。
アメリアも先程の話を聞く前だったら、いくら父親だろうと、公爵様だろうと、ペルクスとエキナセアを二人だけにはしなかっただろう。
しかし、今なら彼を信じられると思った。この人は、自分の父親なんかとはまるで違う。本当は娘を愛しているのだと。
アメリアは気付いたのだ。そう。以前にも見かけたと思ったのは間違いではなかったのだと。もう何度となくこの方の後ろ姿を目にしていた。夜更けにお嬢様の部屋の扉の前で。
ペルクスは音をたてないように、静かに娘の部屋の中に入った。扉は少し開けておいた。
部屋の中の電気は消されてあったが、ベッド横の花の形をしたテーブルライトの照明灯がついていた。
エキナセアは窓の方に体を向けて寝ていたので、残念ながら寝顔を見る事は出来なかった。それでも、静かに寝息をたてている娘の姿を見る事ができてほっとした。
「リッカルドからお前が倒れたと聞いた時は胆が冷えたよ。でも、元気になって本当に良かった。明日、お前にきちんと謝るつもりだよ。今まで辛い思いをさせてしまった事を。そして、お前をずっと愛していたということを、信じてもらえるまで何度でも言うつもりだよ。」
ペルクスはいつものように毛布をエキナセアの首もとまで引き上げて、頭を優しく撫でながら小さく呟いた。すると、突然エキナセアが寝返りをうってペルクスの方に顔を向けると、パチッと目を開けた。
「一度言って頂けたから、それでもう十分です。お父様。」
「・・・・・エキナセア・・・」
ペルクスは驚いて中腰のまま固まった。
エキナセアは体を起こして宙に浮いていた父親の手を握ってこう言った。
「先程の皆様のお話しを聞いてしまいました。」
父親達がフィリア家の屋敷に到着した時、エキナセアは既にベッドの中に入ってはいたがまだ眠ってはいなかった。
慌てて着替えをして出迎えようとしたが、彼女が客室の扉の前まで行った時には、父とディルがやり取りをしていて、中へ入るタイミングを逃してしまった。
後で知られたら、またノアに盗み聞きしたと言われてしまうわ、と思ったが、どうしてもその場から離れられなかった。
フィリアに滞在中に、エキナセアは姉のナスタリアとアリーチェからの手紙を受け取っていた。その手紙には父が自分を嫌ってはいないらしい、という旨の事が書かれてあった。
姉とは長い間連絡をとっていなかったが、甥のマシュウがアトピーになったと知った時、いてもたってもいられなくなり、書物を調べまくり、専門医を訪ねて質問し、それらに自分の体験も加えてアトピー対策法を記したメモを作った。それを自分の名を伏せてカミーユ叔母の荷物の中に忍ばせた。
すると、思いがけず姉から礼状が届いたのだ。叔母とは別便で。その手紙にはアトピー対策のお礼と共に、子供の頃の詫びの言葉が綴られてあった。
姉から酷い事をされた記憶はなかったので、姉がそんな風に思っていた事が意外だった。それと同時に自分を気にしてくれていた事が嬉しかった。
しかも、たった二人の姉妹なのだから、一度ゆっくりと話をしたい、と書かれてあったので、エキナセアは夢心地になった。
姉と一緒にお茶を飲みながらお話をするなんて、なんて素敵なのだろう。そばには可愛い二人の甥が遊んでいて。想像しただけで胸の鼓動がおさまらなかった。
でも、直ぐに我に帰った。姉のご主人のツバイヘルツ侯爵は皇太子殿下のご親友で、かなりの役職に就かれている方と聞いている。
もし自分の事が王家の方に知られたら、きっと迷惑をかけしてしまうだろう。
エキナセアは深いため息をついた。そして差し障りのない手紙をしたためて、叔母の手紙と一緒に送ってもらったのだった。
大学へ入るために都へ行ってからも、姉には連絡をしなかった。生まれたばかりだという次男のノアールには会いたくてたまらなかったが、叔母経由で贈り物だけを送った。せっかく幸せに暮らしている姉の迷惑にだけは、絶対になりたくなかったのだ。
そして、数日前、エキナセアはフィリア家で姉からの手紙をまた受け取った。それには、父が自分をどう思っているかが綴られてあった。アリーチェからの届いた手紙の内容も似たような感じであった。
父はとにかく多忙だったために、接触が持てなかっただけで、決してエキナセアを嫌っていたわけではない。嫌、寧ろそれを申し訳なく思っていた事。
エキナセアの食物アレルギーの事は本当に知らされていなかった事。
エキナセアが倒れた時、父もショックでおかしくなっていた事。
半年ごとにエキナセアの様子を見る為にフィリアへ出かけながら、顔を会わせられずに帰っていた事。
エキナセアはその手紙の情報をどう捉えてよいのか、正直わからなくてここ数日悩んでいた。
しかし、先程聞いた会話の内容で、ようやく父の自分への愛情を信じる事が出来たのだ。それに、エキナセアはようやく気付いたのだ。
「お父様、私、幼い頃から何度もずっと同じ夢を見ていたんです。お父様が私の頭を優しく撫でてくださりながら、こうおっしゃる夢を。
『エキナセア、いつかお前がもっと元気になったら、一緒に旅をしよう。世界は広くて美しい場所が沢山あるだよ』
って。でも目を覚ますと私はいつも一人。見る事が出来る景色も、部屋の窓から覗ける庭だけでした。それが寂しくて悲しくて、夢を見る度に泣いていました。」
「エキナセア、すまない。」
ペルクスは顔を歪めると、思わずエキナセアを強く抱きしめた。
「エキナセア、許してくれ。それは夢なんかじゃない。
私は寝ているお前にいつもそう話しかけていた。愚かだった。お前が起きている時にそう言えば良かったんだ。そして、ちゃんと約束すれば良かったのに。」
「違うんです。あの夢が夢ではなく本当だったという事が、とても嬉しいのです。私はちゃんとお父様に愛されていたという事がわかって。」
エキナセアは父の背中に手を回して抱きつき、涙を流しながらこう言った。
親の愛などいらない。血の繋がりなど無意味だと口では言いながら、心の奥底では父に抱きつき、父からも抱きしめられる事をずっと願っていたのだ。
そして今、その願いがようやく叶った・・・・・
あまり出番がなかった父親が、子供達との誤解が解けた事で、これからどんどん行動を起こしていきます。
これからも読んで頂けたら嬉しいです!




