63 英雄との朝練
62 英雄との朝練は、63に変更となりました。
サポーターの親子の一章分を抜かしてしまいました。
本当に申し訳ありません。62章と63章をまた読んで頂けると幸いです。
「私は年に二度、エキナセアの顔を見るためにフィリアへ行っていた。名目上、銀色のカードの更新の為だとユーゴには言い訳して。」
「・・・・・」
「ユーゴには、エキナセアと顔を合わせて、きちんと話をすべきだと何度も言われた。だが、痩せ細ったあの子の寝顔を見ていると、合わせる顔がなかった。
それにようやく落ち着いてきたのに、私の顔を見てまた具合いが悪くでもなったら、と思うとその勇気が出なかった。ずっと私はあの子の寝顔ばかり見ていた。」
「あの子はもう達観してしまって、人にとって大切なのは血ではない、そう思っていますよ。とは言え、実の親に愛されていない、自分は不要なんだと思っているので、あの子は自己肯定感がとても低いんです。そして、この私も。」
リッカルドは父の顔を真っ直ぐに見た。
「自分でも気付かなかったのですが、自分も自己肯定感が低いらしいです。昨日、そう姉上に言われました。
周りの人達には確かに誉められていたかもしれませんが、エキナセア以外の家族に誉められた覚えがありません。母からも兄からも、無愛想で可愛げがない、と言われ続けていたし、貴方とは、そもそも会話らしい会話をした事がなかったので。」
英雄伝説の本にその名を連ねているあの父親が、情けない顔で自分を見つめている事に、リッカルドは少し可笑しくなった。
父はアリーチェや姉が言っていた通り、本当は心優しい人で、自分達子供の事も愛してくれていたのだろう。しかし、その表し方を知らなかっただけなのだ。こんなに優秀な人なのに、人として最も大切な愛情の情報伝達能力が欠如していたなんて。笑える。
「でも父上、今回私を誘ってくれたのは、こうしてコミュニケーションをとろうとしたからなんでしょ。それからエキナセアとも。」
「ああ。チャールズとキアラに教わったんだよ。人の話を聞く事、自分の思いを伝える事の大切さを。そしてそれを彼らに教えたのがエキナセアだって事を。だから遅すぎるかも知れないが、私もこれから実践してみようと思った。」
「ね、言ったでしょう。エキナセアには人の輪を大きくする特殊能力があるんですよ。私も、父上同様、勇気を振り絞ってエキナセアにあやまりに行きますよ。」
リッカルドはすっかり吹っ切れて、明るい顔をして父親に微笑んだ。
朝食をとった後、ベネフィット家一同は、朝の運動をするために宿を出た。そして昨日宿に着く前に見つけた広場へと向かった。侍女二人も誘ったが、荷物の整理、準備があるからと断られた。
「お祖父様、僕も一緒に訓練に参加してもいいですか?」
「もちろんだよ。」
チャールズは嬉しそうだ。まだ入学前なので、普段は執事に相手をしてもらっているが、執事はお年をめしている。そして執事見習いはまだ幼いと馬鹿にした態度をする。
フィリアにいる頃は、ノアやジョージが相手をしてくれていたが、もちろん加減はしていたが、本気で相手をしてくれていたのに。だから、都に来てからずっと不満が溜まっていたのだ。
キアラも髪を後ろで一つにまとめ、パンツ姿でやる気満々である。
体が基本なのは男女の区別無しが、エキナセアとリッカルドの教育理念である。もっとも、彼らの両親にはまだ内緒だが。多分、ペルクスが一言言えばすんなりと承認が出るだろうと、リッカルドは思っている。
広場にはまだ誰もいなかった。
ベネフィット公爵、息子のリッカルド厚生副大臣、そして騎士二人の対面に、孫のキアラにチャールズ、侍従、御者二人が二列が向かい合わせの横並びになって、まず動的ストレッチから始めた。
次に筋トレ。スクワットに股上げ、腕立て伏せ、腹筋等々。その後、広場の周りをグルグル走った。
大人達は軽い、軽いウォーミングアップ。子供達は息をあげながら必死でそれについていった。
その後深呼吸してから、キアラを除いてペアを組んで、体術の練習を始めた。
ペルクスとリッカルドが組んだのだが、二人の迫力に圧倒されて、騎士達も子供達も動くのを止めて見いってしまった。
壮年とは言え、かつての騎士道競技会の入賞者と、現在の無冠の帝王と呼ばれている若者だ。お互い一歩も譲らない。
リッカルドは初めて格闘が楽しいと思った。相手の強さに何だかワクワクしてきて、今まで感じた事のない闘争心が湧いた。絶対に負けたくないと思った。
二人の楽しそうな様子をキアラは驚いたように見ていた。祖父と叔父は会うといつも無表情で、必要最小限の会話しかしていなかった。それなのに、今の叔父はまるで少年のように笑顔を弾かせ、光る汗を飛ばしなから楽しそうに動き回っている。
そして、祖父もいとおしそな目で叔父を見つめながら、無駄の少い機敏な動きで相手をしている。
なかなか勝負がつかない。しかしそのうちに、さすがにペルクスの息があがってきたので、リッカルドが
「父上、このへんにしませんか?」
と先に声をかけたので、ペルクスも頷いて動きを止めた。
「リッカルド、なかなかやるな。これなら騎士道競技会に出たら間違いなく入賞できるぞ。」
「そうですか? では、来年の大会にはぜひとも参加しようと思います。父上、ご指導よろしくお願いいたします。」
「わかった。四国会議が終わったら、始めよう。」
にこやかに会話する父と息子の様子に、周りの者達は唖然として見ていた。昨日まではあんなにいがみ合っていたのに、急にどうしたのかと。
「お祖父様、リッカルド叔父様と仲直りされたのですか?」
チャールズが尋ねると、祖父は微笑みながら言った。
「元々喧嘩なんかしておらんよ。」
『嘘だ。大声で怒鳴り合っていてじゃないか。屋敷にいた者ならみんな知っている。』
キアラとチャールズ、そしてその他の大人達も思ったが、ペルクスは言葉を続けた。
「ただ私の言葉が足りなかったせいで、齟齬があったが、お前達の助言のおかげで、夕べ、たくさん話し合ったので、誤解が少し解けたんだよ。」
「少しなのですか?」
キアラが小首を傾げながら尋ねた。
「人は一度や二度話をしたくらいでは、お互いにわかりあえないだろう? これからもっともっと話をしてわかり合いたいと思っているんだよ。」
祖父の言葉にキアラも満面の笑顔を見せた。祖父の言葉には嘘がないと思えたので。
『一度で諦めては駄目よ。何度何度も話し合わないと心は通じないの。』
エキナセアは、心を閉ざした子供や老人の元に何度も足を運んでは、耳を傾け、仲良くなっていた。キアラはそれを思い出した。
「お祖父様は、お仕事でフィリアへ行かれるとおっしゃっていましたが、本当はエキナセアお姉様とお話しをしに行かれるのですか?」
キアラの質問に、ペルクスは驚いたように瞳を見開いた。まだこんなに幼いのに、なんて鋭いところを突いてくるのだろう。この子の感の良さ、頭の回転の早さに舌を巻いた。
エキナセアもこんな子供だったのだろうか。寝顔しか見ていないのでわからない事が、本当に悔やまれる。
「私は忙し過ぎて、エキナセアとはほとんど話ができなかったんだよ。それを今とても後悔しているのだ。もう許してもらえないかもしれないが、ちゃんと謝ろうと思っているんだよ。」
ペルクスは幼い孫娘に対して、正直な心の内を告げた。周りの者達は驚愕の表情をした。
我が国で国王の次(実際は国王より尊敬されている!)の地位にいられる公爵様が、実の娘に許しを請いたがっているなどと。そして、それを幼い孫や家来の前で口にするとは。
「お祖父様、大丈夫です。お祖父様が心を込めてお話しすれば、お姉様はきっとわかってくださいますわ。」
キアラがこう言うと、チャールズも続けて言った。
「僕もエキナセアお姉様に、お祖父様がとても優しくて素晴らしい方か、ちゃんとお話しします。」
「お祖父様は、優しいかい?」
リッカルドが尋ねると、チャールズは頷いた。
「お祖父様のお部屋は、お日さまが沈む方角で昼間でも薄暗いんです。とても偉い方なのだから、明るくて広い一番いいお部屋でもいいのに、それを僕達のために譲ってくださったのです。」
チャールズの言葉にペルクスだけでなく、リッカルドも驚きを隠せなかった。
こんなに幼い子供でさえ父の真の心根を見抜いていた事に。それなのに、自分はずっと一緒に暮らしていたのに、一体何を見ていたのだろう。いや、見てはいたがフィルターがかかっていたのだろう。
「それにお祖父様は、この国や、よその国の貧しい子供の為のに施設や学校を作ったり、本を贈ったりなさっています。とってもご立派だと思います。」
「何故そんな事を知っているの?」
姉の問いにチャールズは自慢気にこう答えた。
「書庫にあった『エンチャント王国のえいゆうでん』というご本に書いてありました。」
「「「えっ?」」」
ペルクスとリッカルドとキアラは驚きと共に少し引いた。特にペルクスはひきつった笑顔を見せ、何故そんな本がうちにあるんだと、ブツブツ呟いていた。




