64 意外な母の告白
2日目の馬車の中は、前日とは違いとても和やかだった。
朝早く起きて運動をしたせいか、それとも長旅の疲れが出たのか、まだ昼前だというのに子供達は途中で眠ってしまった。チャールズは祖父、キアラは叔父の膝の上に頭を乗せて。
「かわいいな。お前達ともこうして旅をしたかったよ。本当に。」
ペルクスは孫の頭を撫でながら言った。その時、リッカルドは何故かむず痒い感覚に襲われた。自分も頭を撫でられているかのような。
難しい顔をしている息子にどうしたのだ?と父が尋ねると、彼は少し困ったような顔で言った。
「父上、私にも同じような事をなさっていましたか?」
「同じような事とは?」
「だから、その、頭をこう撫でる・・・事を。」
いつもクールで表情を変える事のないリッカルドが、照れるように言うと、ペルクスは平然な顔で頷いた。
「ああ。毎日のように夜中にお前の寝顔を見に行って、頭を撫でていたよ。気付いていたのか?」
リッカルドは頭を振った。気付いてはいなかったが、頭を優しく撫でられていた感覚が何故かあるのだ。そして、毛布をかけ直してもらったよう記憶が。あれは母でも乳母でもなく父だったのか。
リッカルドは深いため息をついた。ああ、どうしてその愛情をもっと解りやすく表に出してくれなかったのだろう。
「父上、今更なのですが、もう少し、言葉というか、せめて表情で愛情を示してくれていたら、こんな誤解というか、面倒な事になっていなかったと思うのですが。」
「すまん。」
「お忙しかったのは、今なら理解できます。しかし、せめてたまに会った時だけでも今のようににっこりと微笑んでくれていたら、エキナセアも嫌われていると思い込んだりしなかったと思うのですよ。」
「今は年をとったから、柔和になれたのだよ。若い時は難しかったのだ。グリークを見れば解るだろう。身の丈にまだ合っていない役目を任されていると、気負ってなかなか余裕が持てないものなんだよ。心も体も時間も。」
「・・・・・」
「本当はグリークに、もっと肩の力を抜け、たまには休みをとって家族と過ごせ、後で私のように後悔するぞっと言ってやりたいんだが、それがなかなか難しいのも解っている。だから、せめて私が孫達の相手をしようと思っているんだ。あれはまだ本気にはしていないようだがね。」
兄の事もちゃんと考えているのだなと、父の子供に対する愛情の深さを思い知った。
馬車がフィリアに着いたのはその日の夜だった。朝は晴れていたのに、昼過ぎに突然大雨が降り、その上突風が吹いて多くの木々をなぎ倒した。そのために街道が通れなくなり、迂回しなくてはならなくなり、時間がかったのだ。
子供達は既に寝ていたので、そのまま寝室へ運んで寝かせ、ペルクスとリッカルドは客室へ向かった。
お茶を持ってきたアメリアは、ペルクスを見て少し驚いた表情をした。
「父上、彼女がアメリアです。エキナセアの世話をしてくれている子です。そして、一番の友人です。」
リッカルドがアメリアを父親に紹介した。
「ああ、君がアメリアさんか。いつも娘が世話になってありがとう。」
「いいえ、とんでもありません。こちらこそお嬢様にはとても良くして頂いております。」
アメリアは頭を深く下げながら慌てて言った。しかし、この方があの高名なベネフィット公爵か。王様の片腕、騎士道競技会の優勝者、戦後復興の父、震災孤児の救援者。わがユニフォーミティ王国の英雄として名高い方。そしてエキナセアお嬢様をずっと苦しめてきたお父上様。
アメリアが想像していた人物像とはかなりイメージが違う。もっといかつくて頑固そうな、気難しそうな老紳士をイメージしていたのだが、全く違っていた。
確かに立派な逞しい体格はしていたが、とても柔和そうで、老人というよりまだ青年と呼べるほど若々しい紳士だった。とても孫が四人もいるようには見えない。
それに、このお屋敷でお見かけした気がする。それも一度や二度ではない。いつだろう? 公爵様がいらしゃったのなら忘れるはずがないのに。
アメリアが部屋を出ようとした時、フィリア辺境伯夫妻とディル、執事のエドモント、そして執事見習いのノアが入ってきた。
「やあ、いらっしゃい、大変だったね、ペルクス。」
「遅くなって申し訳ない。迷惑をかけるね、ユーゴ、カミーユ夫人。」
「天気が急変したので心配していたのですが、無事に着かれてなによりでしたわ。」
カミーユ夫人が優しく微笑みながら言った。ペルクスが息子を伴って、堂々と訪問してきた事を嬉しく思った。いつもは、こっそりと闇に紛れて、人目に付かないようにやってきていたので。
「エキナセアが世話をかけているのに、私達まで押しかけてきて本当に申し訳ない。」
「エキナセアはこの家の人間だから世話をするのは当たり前です。キアラ達も。」
ディルが答えた。暗に貴方達二人、父と兄は迷惑だと言わんばかりりに。しかしそれを口にしなかったのは、成長の証だろうか。
「ディル、久しぶりだね。また大きくなったようだね。遅くなったが、大学合格おめでとう。来春、お前と過ごせると思うと嬉しいよ。ユーゴには申し訳ないないが。」
ペルクスが笑みを浮かべながらこう言ったので、ディルは瞠目した。
「今更お前の父親ぶるつもりはないが、これから少しでもお前の役に立てる事があるのなら、何でもさせてもらいたい。」
「僕はここでたくさんの愛情を授けて頂いたので、別に今更貴方にして頂く事は何もありません。」
「・・・・・」
「ただ、捨てた僕にもそんな気持ちを持って下さるのなら、それをエキナセアに向けて下さい。」
ディルは冷静にそう言った。
ディルはもう、感情のままに話し、行動する子供ではなかった。ペルクスは冷たい言葉を投げ掛けられているにも関わらず、息子の成長に目を細めた。
「ああ、わかっているとも。エキナセアにもお前にも今までの事を詫びて、償わせてもらいたいと思ってここに来た。」
思いがけないペルクスの言葉に、ディルのみならずリッカルド以外の人間は、驚愕の表情を浮かべたのだった。
「あの、ディル。一つだけあなたに話していなかった事があるのだけれど。」
カミーユ夫人が長く続いた沈黙の中でこう言った。
「なんですか、母上?」
ディルが問うと、夫人は少し困ったような顔をした。
「あのね、ずっと本当の事を言わなくてごめんなさいね。貴方はペルクス様に捨てられたわけではないのよ。私達が、いえ、私が貴方が可愛くて可愛くて、自分の息子にしたくて、それでペルクス様に養子に欲しいとお願いしたの。」
「えっ?」
カミーユ夫人はディルを養子にするまでの経緯を初めて話し始めた。慌てて席を外そうとした使用人達に向かって、夫人は微笑みながらこう言った。
「貴方達も一緒に聞いていて下さいね。貴方達は家族も同然なのだから。」




