52 アグリ国の大火災
「アーノルドって名前、親父がつけたのか。信じられない。」
ディルが呟いた。実の父は親父、養父は父上と呼び方を分けていた。この呼び方だけで、ディルが二人をどう思っているのかがわかる。普通は親父の上に「クソ」がつくのである。
「なんか実の息子より、愛情を注いでいる気がする。別に僻んでいるわけではなく。
それなのに、何故祖父と一緒になって幽閉してたんだ?」
リッカルドが不思議そうに言った。
「私も後で知ったのですが、お父様も、アーノルド叔父様を逃がそうとしていたみたいですよ。でも、叔父様自身が逃げようとしなかったし、お祖父様の性分を誰よりもご存知だったから、様子を伺っていたそうです。」
「それ、親父から聞いたの?」
「まさか。あの方とはほとんど口をきいたことないですよ、貴方同様。特に私はお父様から嫌われていましたから・・・・・、アリーチェさんからお聞きしました。」
「そうか。」
ディルが頷いた。
それにしても、祖父の話はヘドが出そうだった。そいつの血が自分にも流れているのかと思うと、ゾッとした。兄と姉もそう思っているようだった。
ふと心配になってリュカ王子を見た。もしこれを聞いて姉の見方が変わったりしたら。
しかし、リュカ王子はディルの視線に気付いてふわりと微笑んだ。大丈夫。さっきの約束は守るよ。まるでそう言っているように。
ディルは安心して、初めてリュカ王子に向かって微笑み返した。
「君のご両親は火事で亡くなったんだね。」
リアムが心配そうにレアムの顔を見ながら言った。レアムは頷いた。
「ちょうど都の中心部で祭りの準備をしてたんだよ。火に焼かれたというより、逃げる人に押し潰されたんだ。綺麗な死に顔だったのが、せめてもの救いだった、って伯父が言ってた。
伯父が見つけた時には母にはまだ息があって、私をアリーチェさんに育ててもらいたい、と言い残したらしい。伯父達は私を育ててくれるつもりだったらしけど、都の復旧には時間がかかりそうだったから、アリーチェさんに預けた方が私のだめだと判断したらしい。
私は、君やアーノルド、そしてエキナセアに比べると、本当に恵まれていたよ。周りが優しい人ばかりで。」
両親を亡くしているレアム先生が、まだ親の庇護を受けて暮らしている自分達より幸せだという。周りの者達はなんと言ってよいのかわからなかった。
多分、人の幸せは血によるものではないと言いたいのだろう。それならわかる、とエキナセアとディルは思った。ノアもそう思っている事だろう。
「フランシスやアーノルドに初めて会った時、胸がポッと温かくなって、前から彼らを知っていたような気がしたんだ。だが、まさか本当に赤ん坊の頃に一緒に遊んでいたとは思わなかったよ。詳しい事は教えてもらっていなかったから。」
レアム先生は微笑みながら言った。しかし、すぐに顔を歪めてリアムにこう言った。
「君と初めて会った時も、昔から知っていたような気がしたんだ。あの二人の時と同じように。やっぱりどこかで会ってたのかな?
お願いだから、君は突然いなくなったりしないでくれよ。頼むから。」
そしてリアムにしがみついて涙をこぼした。
「大丈夫。僕は最強の魔法使いだから。魔法で姿を消したって、すぐに現れているだろう?」
友人の背を撫でながら、リアムは優しく言った。しかし、その美しいオッドアイの瞳からも涙がこぼれていた。そして、他の友人達の瞳からも。
しばらくして、アメリアがこう言った。
「先生はアグリ国にいる時もアーノルドさんと会っていたんですね。」
「ああ。よく一緒に遊んでいたよ。アーノルドは祖父母や身内の者にあまりよく思われていなかった。辛くあたられていたのを母が知っていたので、時々息抜きをさせるために家に呼んでいたんだ。私達は幼馴染みであり、兄弟だったんだ。」
「あの火災の日も、アーノルドは私の家にいたんだ。アーノルドの家は都の中心部にあって、一番火の勢いが強い所だった。鎮火の知らせが来るまで二人で抱き合ってたよ。そうしないと、母達を探しに飛び出してしまいそうだったから。」
火災の翌朝、伯父が煤まみれの真っ黒な姿で戻ってきた。そしていきなりレアム先生を抱き締めて泣いた。それで彼は悟った。
でも涙は出なかった。実際目で見ていないので、実感が沸かなかったのだ。
レアムがようやく我に返った時には、アーノルドの姿はなかった。
落ち着いてから伯父達とアーノルドを探しに行ったが、アーノルドの大きな屋敷は跡形もなかった。この辺りの住民は皆亡くなったよ、と警官に言われた。
街は震災孤児で溢れかえっていて、何日も探し回ったがアーノルドは見つからなかった。
「きっとどこかで保護されているよ。必ず連絡が来る。あの子の知り合いなんてうちくらいしかないんだから。」
と伯父にそう言われ、レアム先生は待つしかなかった。
そうこうしているうちに、アリーチェが会いに来てくれた。そしてアーノルドが行方不明になった事を知ると、必死に役所や各国の救援隊などを回って探してくれたが、結局彼は見つからなかった。
まさか、もうその時は既にユニフォーミティ王国へ行っていたとは思いもしなかった。
リアム先生はアリーチェと供に南トールキャッスルへ向かった。二人で認定申請をしたら、アリーチェの方は、
「銀色のカードをお持ちの方は半年間は申請は必要ありません。継続を希望する場合は半年ごとに申請してください。」
と言われ、リアム先生だけが申請をするために扉の中へ入っていったが、三十分ちょっとで銀色のカードを手にして扉から出てきた。
そしてこう言った。
「また会えましたね。今度はたくさんのお友達と来てください。と仲裁人様に言われました。」
「まあ。私はこちらに来る時に、今度はたくさんのお子様を連れてきて下さいね、と言われたわ。」
アリーチェはレアム先生の頭を優しく撫でながら微笑んだ。
「いつかみんなで旅をしましょう。貴方と、ライリーと、フランシスと。きっと楽しいわ。」
しかし、アリーチェのその夢は叶う事はなかった。




