51 残酷な真実 その二
決行日は王城で第一王子の二歳の誕生会が行われる日。
国中の貴族が王城に集まる為、警備も城の周辺が中心となり、市街地の警備は手薄になるはず、と踏んだ。
レアムの父がカモフラージュも含め、荷馬車を三台準備した。その一台にはライリー母子、もう一台にはレアム親子が荷物に紛れて乗り込んだ。
ライリー母子がいなくなれば、誰が逃走の手助けしたのか、公爵家が調べるに違いない。故にレアム親子も父親の実家があるアグリ連邦共和国へ、反時計回りの遠回りして避難する事にしたのだった。
そして目立たないように、人々が動き始めた頃、街道に向かって出発した。
夕闇迫る頃にようやく街道に出ると、一台の荷馬車は東トールキャッスルへ、カモフラージュを含むあと二台は南トールキャッスルへと向かったのだった。
そしてその翌々日アリーチェは、カモフラージュでアグリへ向かった人物から、無事にライリー母子が両親の元に戻れたという報告を受けた。さらにその四日後、レアム親子もアグリでライリー母子と無事に再会した、という連絡を受けたのだった。
オーランドはライリー母子がいなくなると、気がふれたかのように国中探し回った。
一月以上たっても見つからなかったので、アグリ国にも探しに行こうとしたのだが、本人も彼の命を受けた使者も、結局誰一人トールキャッスルからは認定証を受けられなかった。
その後も、アリーチェは友人達に援助をし続け、その交流はずっと続いていた。ところが、突然の不幸がこの二家族を襲った。
アグリ連邦共和国の都に大火災が起きたのだ。秋の収穫祭が催されている最中に、小さな火事があったのだが、そこに突然突風が吹き、あっという間に周りに火が広がってしまった。火は丸二日燃え続けて、ようやく消し止めた時は、都の半分以上が焼失していた。
その当時、ベネフィット公爵家は長男ペルクス(エキナセア達の父)が跡を継いで、情報部に所属していてた。そして国の代表としてアグリへ赴いた。
燐国の都の中心部は瓦礫の山となって酷い状態だった。特に問題だったのは、簡易テントに寝泊まりしている震災孤児達だった。我が子と同じような年齢の子供達が、煤けた顔でお腹を空かしている姿に、彼は胸を痛めた。
ペルクスは自ら音頭をとって、各国の代表と話し合い、急ピッチで簡易の養護施設を作り、出来るだけ多くの子供達を収容した。
そしてそこで収容しきれなかった子供達は、地方に人数を割り当て引き取りを要請した。それでも残された子供達は、各国が引き取る事になった。
各国が引き取る事になったのは、主に未就学前の子供達である。というのも、幼い子供ならばほとんどの子供がトールキャッスルの認定証が貰えるからである。少し年齢が上がると、なかなかそうもいかなくなり、自国に連れ帰るのが難しくなるのだ。
ユニフォーミティ王国が引き取る事になったのは、三十人ほどの子供達だった。
ペルクスは一足先に自国に戻っていたが、受け入れた子供達の詳細な資料を読んでいて、ある一人の子供の名前に目が釘付けになった。
『ライリー=アヴィス 六歳』
親の欄には彼が知っている女性の名前と、死亡の文字が書かれてあった。
間違いない。五年前に突然消えたあの子供だ。やはり、自国に戻っていたのか。彼は自分の父親にこの事を話すかどうか悩んだ。本来なら、実の親がいるのなら、その親が引き取るべきだろう。しかし。
ペルクスが悩んだのは、別に家庭内が揉めるとか、そういうことではない。あの父親に今さら愛人がいようと、他所に子供がいようと、大した問題ではない。今さらだ。
しかし、ライリーは違う。特別だ。父親のあの執着ぶりは端で見ていてもゾッとした。母親が子供を連れて逃げ出したのも納得できる。
もし隠した事がばれたら、父は烈火のごとく怒るだろう。しかし、やはり人として、そして兄として、あの子はあの男には渡せない。ペルクスはついにそう決心した。
ペルクスは急いで都の目立たない場所に一軒家を借り、家政婦を雇った。そして自ら南トールキャッスルへライリーを迎えに行った。馬車の中で待っていると、ベネフィット家の騎士のギーが、幼い男の子を連れてきた。
その子を見て驚いた。あの母親にそっくりの美しい子供だった。あの父親がこの子を見たら! 想像して冷や汗が流れた。
ペルクスはライリーを借りた家に連れて行き、二人きりで色々と話しをした。
まもなく七歳になるライリーは、年の割にしっかりしていて、頭の良い子だという事はすぐにわかった。そこで、ある程度正直に本当の事を話す事にした。彼自身が自覚して注意しないと、彼の身を守れないと判断したからだ。
自己紹介は馬車の中でしていた。ライリーはこの時点で、ペルクスが自分の年の離れた兄である事は理解したようだった。多分、母親か身内の者に父親の事は聞かされていたのだろう。名前を告げた途端逃げ出そうとしたのがその証だ。
ペルクスは咄嗟にライリーの腕を掴み、供の者に聞こえないように、彼の耳元で囁いた。
「安心しろ。父にはお前の事は知らせない。約束する。」
すると、ライリーはフウーッと大きく息を吐いたのだった。
「急だったので、準備がまだ整っていない。すまないが暫く我慢してくれ。初等学院入学までには何とかするからね。」
ペルクスがそう言うとアーノルドは素直に頷いた。
「それと、新しい名前を考えないといけない。申し訳ないが、今の名前は使えない。あの男に見つかってしまうからね。どんな名前がいいかな。自分の好きな名前でいいよ。」
ライリーはまた頷いた。そしてこう言った。
「できましたら、兄上様に名前をつけて頂きたいです。」
その言葉にペルクスは急に目頭が熱くなり、思わず幼い弟を強く抱きしめたのだった。
その頃、アリーチェは幼馴染み一家と、ライリー母子の事が心配でやきもきしていた。
すぐにアグリ連邦共和国へ行きたかったが、救援活動の妨げになるので、一般人にはトールキャッスルの認定証がおりなかった。
一ヶ月ほど経って、ようやく通行止めがなくなったので、アリーチェが通過認定証の申請をしに行くと、わずか三十五分ほどで認定証を得る事が出来た。
銀色のカードだったが、その意味は帰りの時にわかった。何故なら、帰る時は申請の必要がなかったからだ。最初に説明してくれればよかったのに、なんて不親切なんだろうと、アリーチェは思った。
それはともかく、アグリ国の都へ足を踏入れて、その凄惨な様子にアリーチェは言葉を失った。そして悪い想像が頭に浮かんできて、怖くなって身震いした。
一日中あちらこちら訪ね歩いて、夜になってようやく手紙の住所を見つけた。家は焼けずに残っていた。
アリーチェはホッとして扉をノックした。すると、扉が開いて、中から男の子が顔を出した。息子のフランシスと同じくらいの、茶色の巻き毛のかわいい男の子。見覚えがある。
「レアム君?」
そう尋ねると、男の子は頷いた。ああ、無事だった。良かった。アリーチェはその場にへなへなと座りこんだ。その時、背後から声がした。
「あんた、誰だい?」
振り向くと三十代半ばくらいの男女が立っていた。その彼らに向かってレアムが、
「伯父さん、伯母さん、お客様だよ。」
と言った。アリーチェは慌てて立ち上がりると、二人にお辞儀をしながらこう言った。
「突然夜分にお邪魔して申し訳ありません。私はユニフォーミティ王国に住むアリーチェ=ゾーイともうします。」
すると、まだ名前を名乗っただけなのに、そのご夫婦は破顔してアリーチェの手を二人で同時に握った。
「貴女の事はいつも弟夫婦から聞いていました。大変お世話になっています。」
「アリーチェおばさん?」
「そうよ、レアム君。」
レアムは顔色を変え、アリーチェに抱きつくと、声をあげて泣き出したのだった。




